婚約破棄された悪役令嬢は、実は身近に潜んでいた貴公子に求婚されました
オーヴ王国の王侯貴族の子女が通う学園のガーデン・パーティーにて、それは起こった。
「イレイナ・リースト! よくも、サヨリに毒草を教えたな! 魔女だといううわさは、本当だったか!」
わたくしはいきなり婚約者の伯爵令息マルクス様に糾弾され、きょとんとした。
あやうく、手に持っていた、パイが一切れ載った皿を落とすところだった。
「マルクス様? どういうことですか?」
「しらばっくれるな! サヨリが、僕に訴えてきたんだ」
「……サヨリ」
わたくしはマルクス様によりかかる、青ざめた顔の少女を見やる。黒い髪はつややかで、目は黒曜石のよう。顔の彫りは浅いが、それでもかわいらしい作りの顔立ち。
異世界ニホンとやらから来た乙女。オーヴ王国に幸せをもたらす、という伝承の少女。
彼女は国王に庇護され、特別にこの学校に通うことを許された。
……彼女の事情はどうでもいいとして。
彼女の顔色は、たしかに悪かった。
そして、先日わたくしが彼女にハーブについて教えたことは事実だ。
「わたくしは、最近よく眠れないという彼女のために十六夜草について教えましたわ。おそらく、彼女はそれによく似た十七夜草を間違えて摘んで、ハーブティーにしてしまったのでしょう。ふたつはよく似ていて、お茶にしても同じ薄紫色になってしまいますから。でも、わたくしは見分け方についても、きちんと説明しましたわ。十六夜草は細かなギザギザの葉っぱ。十七夜草には、ギザギザは一切なし……と」
そこまで言ったところで、マルクス様は「黙れ!」と叫んだ。
「そうなのか、サヨリ?」
一応確認しているあたり、マルクス様の育ちのよさがわかる。
しかし、サヨリはとんでもないことを言ってきた。
「いいえ。見分け方なんて、教わりませんでした! だから私は昨夜、毒草で作ったお茶を飲んで、高熱を出してしまったのです」
「そうか。僕はサヨリを信じる。幸福の乙女が嘘をつくはずがないからな。……イレイナ! この場でサヨリに謝れ!」
幼いときに婚約して、何度も顔を合わせていたわたくしより、先月この学校に入ってきたばかりのサヨリを信じるというの……?
我が婚約者は、これほど愚かだったのか。
絶句したわたくしの肩に、手が置かれた。
「お嬢様。無理ですよ。お嬢様の言い分は、誰も信じてくれません。相手が幸福の乙女ではね……」
五年前からわたくしの世話係をしてくれているヴィンセントが、耳にささやいた。
「そんな――」
わたくしの周りから、学友が離れていく。
追い打ちのように、マルクス様が「君との婚約は破棄させてもらう!」と告げた。
わたくしが棒立ちになっていると、ヴィンセントが進み出た。
「やれやれ。マルクス、君の魂胆はバレバレだよ」
「……なんだ。ヴィンセント。使用人の分際で、口を出してくるな」
「君とサヨリはいつからか、恋仲になっていたんだろう。それで、先日イレイナお嬢様にハーブのことを聞いてきた。イレイナお嬢様がハーブに詳しいのは有名だ。間違えやすいものを、あらかじめ本で調べておいて、『寝不足がひどいんです』とでも訴えたのだろう? マルクス、君は初めから婚約破棄したかったんだ。サヨリと結ばれたいからって。お嬢様に何も問題がないのに親に言うと話がこじれるから、こうしてサヨリを傷つけた……と、お嬢様を糾弾しておいた。わざわざこの場を選んだのも、目撃者を増やすため。どう? 合ってる?」
ヴィンセントがまくしたてると、マルクス様は真っ赤になっていた。
「言いがかりだ! みんな、サヨリを信じるぞ。なあ、みんな?」
マルクス様が問いかけると、周囲の生徒は迷いながらうなずく。
「それよりヴィンセント。イレイナの付き人風情のくせに、その口調は何だ。お前は、処分してやる――」
「申し遅れました。俺の名前はヴィンセント・フォークスではなく、ヴィンセント・ルートゥス。ルートゥス公爵家の長男だ」
にっこり笑ってヴィンセントが一礼すると、わたくしもマルクスもサヨリも、他の生徒も仰天した。
ルートゥス公爵家といえば、古くから王家に次ぐ権力を持つと言われる公爵家だ。
な、なぜそんな身分の高いひとが、わたくしの世話役なんてやってたの――!?
「マルクス様が婚約破棄を望んだので、今度は俺がお嬢様――イレイナと婚約をさせていただきます。俺と結婚してくれますね?」
いきなり求婚されて、わたくしは呆然としながらも、うなずいていた。
あのあとすぐ、心労のため、という名目でわたくしは休学届を出し、実家の伯爵領に戻ることにした。
しばらくはうわさの的だろうし、お父様に婚約破棄された旨を伝えなくてはならなかったからだ。
馬車のなかで、正面に座るヴィンセントが頬杖をついて微笑む。
そうしていると、嫌になるほど美形だった。黒い髪は背中まで伸ばされ、青い目は深い海のよう。
見目麗しい世話役が初めてついたとき、ドキドキしたのを覚えている。
「ヴィンセント。あなた、本当に公爵家の長男なの?」
「そうですよ」
「敬語は止めて。あなたの正体を知ったいま、むずがゆいわ」
「はいはい」
「どうして、わたくしの世話役に?」
「俺の家は、王以外には『仕えられる』立場。だからこそ、『仕える』者の気持ちを知り、治世に生かすように――と、子供たちを身分を伏せて他の貴族の家に送り込み、仕える仕事をやらせるんだ」
「よりによって、わたくし……なんて」
わたくしは六年前までは、辺境の村で育てられていた。
わたくしは、いまのお父様――リースト家当主の姉の、娘に当たる。彼女は使用人の男と恋に落ち、駆け落ちしてひっそりと村で過ごしていた。
しかし、お嬢様に慣れない農村生活は厳しかったのか、本当のお母様はわたくしを産んですぐに亡くなった。
実のお父様も、連れ合いを失った寂しさのせいか、あとを追うように亡くなったという。
そして孤児になったわたくしを引き取ってくれたのが、魔女と呼ばれていた初老の女――リナだった。
リナはわたくしにハーブの見分け方や、使い方を教えてくれた。
村の人々は、リナを頼ってよく訪れてきた。
最近腰が痛い、頭が重い、よく眠れない……などなど。
わたくしがリナの手伝いをそれなりにこなせるようになったとき、高級な馬車がわたくしを迎えにきた。
それが、いまのお父様。リースト伯爵。
当時十歳だったわたくしを見るなり、伯爵は泣いた。
『お前は、姉上にそっくりだ……。その金髪も、紫の目も』
知らない男のひとに抱きしめられて、わたくしは呆然としていたっけ。
伯爵はリナにお金を渡し――リナは固辞したが、強引に受け取らせていた――わたくしを、引き取った。
貴族としての教育を受けていないわたくしに世話役としてつけられたのが、彼――ヴィンセントだった。
ヴィンセントは基本は優しく、ときには厳しく、わたくしに貴族のマナーや立ち振る舞い、話し方や社交術を教えてくれた。
わたくしが堂々とした立ち振る舞いができるのは、ヴィンセントのおかげだ。
勉学も、三年前に学校に入るまではヴィンセントが見てくれていた。
わたくしより二つ上というだけなのに、ヴィンセントの知識はかなりのものだった。
「お父様は、知っていたのね」
「もちろん。俺の父が話を持ちかけたとき、ちょうど教育したい娘を引き取ったばかりだと言って浮かれていたよ」
「……そう。ところでヴィンセント。あのときは、わたくしの名誉を守るためにああ言ってくれたのでしょうけど、早く否定しないとうわさになってしまうわよ」
もう遅いかもしれないけれど。
「いいんだよ。元から、いつかかっさらうつもりだったから。あの坊ちゃんが、サヨリにめろめろになって婚約破棄を言い出してくれたときは、お嬢様には悪いけど嬉しかったな」
そんなことを言われて、わたくしは頬が熱くなるのを覚えた。
「い、一体いつから!?」
「さあ……。慣れないドレスでぎこちなく歩いてきて、『よろしくお願いしましゅ!』って、挨拶でかんだときあたりかな」
「それって、初対面のときじゃない! かんだ台詞を再現しないで!」
わめくと、ヴィンセントはからから笑っていた。
わたくしはため息をついて、背もたれに体重を預ける。
実はわたくしも初めて会ったときから、ヴィンセントに密かに憧れていたけれど、婚約が決まったから、その想いを封印していた。
ガーデン・パーティーで糾弾されたときは、どうなることかと思ったけれど……。
結局、この優しくて少し意地悪な世話役と婚約できるみたいだから、悪くはないのかしら?
(了)




