ハニーポット
エリカは営業部の女王蜂だった。
何人もの男が彼女から発されるフェロモンによって、虜になっていた。
大学のミスコンに選ばれた容姿と、誰の話でも興味を持って聞く姿勢。同じ会社で働く男なら、一度は恋に落ちた。
彼女の周りには、いつしか取り巻きができていた。忙しそうにしていると、働きバチが仕事をしてくれる。重い荷物を持つことは当然。営業先の資料作成までもオスがしていた。
彼女の仕事は、存在なのである。
エリカがいることで仕事も決まり、オスは食っていけるのだ。
エリカには彼氏がいるようだった。毎週金曜日、定時で仕事を終えて帰宅する。
会社の同僚が見たらしかった。その時は、神戸の夜景が見える店で、イタリアンを男と楽しんでいたらしい。
人のプライベートなんだから、どうでもいいじゃない。思いながらも気にしてしまうのが人間というものだ。
エリカの金夜ご飯は、社内でもかなり有名で、毎回、同席している男が違うという噂も出ていた。
社内の共通認識はフットワークが軽い女性だった。
それでも、女王蜂ぶりは変わらなかった。出勤すれば、不満があっても皆んな可愛さにやられてしまう。女の武器を完全に理解して戦っていた。
他人の週に一回の晩御飯なんて、自分の5日間の労働に比べたら興味の対象外になりやすかった。
エリカは自分に批判が来ない様に逸らしていた。彼女は賢かったのだ。
社内では男を使い、外では男に使わせる。彼女の作り上げた巣は、大きくそして堅牢だ。
蜂の巣はハニカム構造という特徴を持つ。正六角形の形で構成され、軽くて丈夫である。
実際、私たちの世界でも航空機の部品などに使われている。
彼女は、自分を守ために社内を完全にハニカム構造にしていた。丈夫すぎる巣は壊しにくいものだ。
そこからの数年間、私たちの部署は恐ろしく業績を伸ばしていた。営業利益は目標額の100%を超える月もあった。全てが順調だった。
彼女のおかげで、全員が甘い蜜を吸っていた。
容姿には、さらに磨きがかかり他を追随させなかった。女性社員からも羨望の眼差しを向けられていた。
そんな彼女は、ある日会社の屋上から飛び降りた。自分の巣から旅立ったのだ。
会社の机の上には、遺書が残されていた。そこには、こう記されていた。
『完璧すぎる人生。面白くない』と。
何でも自分のものになる人生を嫌っていたのかもしれない。
女王蜂の最後がこんなものでよかったの?と私は、彼女に問いかけたかった。
エリカの自殺後、会社は蜂の巣を突いたような騒ぎだった。記者が押しかけ、まともに活動できなくなった会社は半年後に破産した。
社長よりも女王蜂であるエリカの力が強かったことを結果的に証明してしまった。
ハニカム構造が破れる音が近くに来た時、社員全員が同じことを思った。
これはエリカが会社に残したハニーポッドだったということに。
(終)