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La・Garden   作者: ジョンセンフン
2/2

No.2 合同任務

 “ブーー“


「蓮くん! 早く起きて下さい。急がないと学校に遅れてしまいますよ?」


「アイリか……。朝早くから起こしてもらって悪いな……」


 起きたばかりの俺は半分寝た状態でアイリにそう言った。


「いやそんな事より早く起きて下さい、本当遅刻しますよ。もう朝の8時12分ですよ!」


「嘘だろ、もうそんな時間かよ。昨日遅くまで起きてたせいで、まだ眠いんだよな」


 俺はそんな寝言を言いながらも、制服に着替え学校の支度を始めた。ついでにメールも確認したが何んの連絡も無かった。


 俺はすぐに部屋を出ると荷物を持って階段を降りた。すると玄関には腕を組み仁王立ちで立つ日向がいた。


「お、おはよう日向……」


「おはようじゃない‼︎ 今何時だと思ってるの、私何回も起こしに行ったよね? はぁ……みんな、もう先に行っちゃったし。早く朝食だけでも食べてから行こう」


「お、おう」


 日向は優しいのか何だか俺が朝食を食べ終わるまでずっと待っていてくれた。これが噂のツンデレと言う奴なのだろうか。


「ほら食べたんなら早く行くよ。私だって蓮のせいで遅刻するのはごめんだからね」


「なら先に行けば良いだろ……」


「ぁあ? 今何か言った?」


「何も言って無いです」


 コイツ案外耳良いんだな。ちょっと今のは怖かったは。


「そっ。じゃ学校行くよ」




 ”キーンコーン” ”カーンコーン”


「それじゃ皆さん気をつけて帰って下さいね。ではさようなら」


「おお。やっと終わったーー! なぁ蓮、今日こそ一緒に帰ろうぜ……って蓮のやつどこ行った?」


 俺は帰りの会が終わるとすぐに教室を出て急いで玄関へと向かった。悪いが今は聖夜のやつにかまってる暇は無い。急がないとまた日向に捕まって部活に付き添わなくちゃいけなくなる。


 そしてまだ誰もいない玄関に着いた俺はある事に気が付いた。


「あれ? 俺の靴がない、確かに朝ここに入れといたはずだぞ(まさか誰かに盗まれたのか?)」


 俺はあっちこっち探したが見つからない。こう言う急いでる時に限っていつも何か起きるんだよな。


「ねぇ、そこで何してるの?」


 一瞬、後ろから聞こえてきた声が日向だと思いビクッとした。だが恐る恐る振り向いて見るとそれが日向では無い事が分かった。


「ま、真穂さん……?」


 あの長い黒髪、人を下に見ているような目つき間違いない真穂だ。それに何故か真穂は俺の靴を手に持っていた。


「私の質問に答えなさい。そこで何をしようとしてたの?」


「何って、今から家に帰ろうとしてただけだけど……」


 俺は少し弱腰だった。まぁ靴を取られているんだ仕方ない。


「あんた、今何の時間か知ってる?」


 あれ? 下校の時間じゃなかったけ? 俺なんか間違った事してる?


「今は部活の活動時間よ」


 あーー。そう言えばそうだったな、あのバカどもが暇つぶしに時間を無駄にするあの時間か。でもそれが俺に何の関係があるんだ?


「ほら早くいくはよ」


 え。行くってどこに? 地獄?


「ちょっと待ってくれ。行くってどこにだよ。俺どこの部活にも属して無いっ……」


「何言ってるの。あんた昨日言ったはよね、自分は万部の部員だって。今から部室でミーティングしに行くはよ」


 あの時か……。俺は昨日、女子トイレであった事を思い浮かべた。


「いや、あれはただその場の流れで言っただけで別に本気で言った訳じゃ」


「じゃ何。万部の部員でも無い'ただ'の男子生徒が女子トイレに侵入して女子生徒のカバンの中身をあさってたって事でいいかしら?」


「……」


 なるほど……最初から積んでた訳だ。どうせこの後、何か言い訳を言っても証拠の写真があるとか言ってくるんだろうな。


「蓮君は万部の部員ですよね」


 真穂はニッコリと笑いながらそう言ってきた。なんだろうアッチは笑ってるのに俺は全然笑う気になれない。


「ね?」


 案の定、真穂は昨日撮った俺の写真を見せつけてきた。仕方ないこうなったらあれしか無い……


「ふぅ……。


 当たり前じゃ無いですか! こうしちゃいられない早く部室に行きましょう!」


 開き直る。


 「やる気満々じゃない。なら私に着いてきて今から部室の場所を教えるから」


 ちくしょう……。完全に弱みを握られちまった。もし俺が逃げようものなら真穂は間違いなくあの写真を学校中にばら撒くだろう。


「蓮君。逃げたら分かってるよね?」


 ほらな。真穂は相変わらず不気味な笑みを浮かべた。とりあえず今は黙ってついていく事にした。


「ほら着いたはよ。ここが私たち万部の部室よ。少し狭いかもだけれど、そこは我慢してちょうだい」


「あの……あんまり言っちゃあれだけど、ここって物置部屋だよなっ」


「部室よ!」


 真穂は俺の話を遮るようにハッキリ部室だと言い切った。どう見ても狭い物置部屋にしか見えないが真穂さんが部室だと言うなら部室なのだろう。


「さぁ。鍵はいつも開いてるから勝手に入っていいはよ」


 どうやら防犯意識と言う概念は喪失しているようだ。


 言われるがまま部室の中に入ると中は薄暗く、予想通りめちゃくちゃ狭かった。1LDKもないんじゃ無いかここ。


「なんか部室って言うか倉庫って感じですね。いや良い意味で(なんだよ良い意味でって馬鹿か俺は)」


 ”ガチャッ”


 部室の鍵が閉まった。いや違う真穂が閉めたのか……


「なぁ……」


「座って。そこの椅子に座ってくれない?」


 そう言うと真穂は部室の真ん中にある長机と側にあった椅子を指差した。危険を感じた俺は黙って椅子に座った。


 ”バンッ”


「ここに学年組、氏名を書いてちょうだい。はい、ボールペン」


 真穂は机に叩きつけるように赤い紙を置くと俺に記入を求めてきた。真穂はまるでヒロインが闇堕ちした時のような目で俺を直視していた。


「あの。こ、この赤い紙は何でしょうか……」


「'契約書よ'」


 入部届じゃない!? じゃ本当に何なんだよこの紙、マジで契約書としか書いてあるし……悪魔とでも契約させる気かよ。


「'ああ、あと言い忘れたけど書いたら最後に血印をしてもらうからそこの針に親指を当ててね'」


「お前やってる事マジでやべぇぞ。何、俺今から死ぬの?」


 俺は必死に抵抗した。正直こういうオカルト的なのは嫌いじゃ無いけど今は別だ。


「悪魔と契約とか洒落にならな……」


「フッフフッ……プッ! ハハッごめんちょっとカラかっただけ。本当ごめんなさいね」


 普通の女の子の笑いだった。驚いた真穂も普通に声出しながら笑うんだな。真穂は手を口に添えながら部室の鍵を開けた。


「はい。こっちが本当の入部届間違えないようにちゃんと書いてね」


「何か意外だなお前もああいうイタズラとかするんだな」


「……ねぇ。その……あんたとかお前とかって呼ぶのやめない? せっかく同じ部活に入ったんだし、ちゃんと名前で呼び合いましょ?」


 真穂はなぜか頬を赤く照らしながら少し恥ずかしそうに言った。


「じ、じゃ真穂さんでいい?」


「何でさん付けなの? 私たち同学年なんだから呼び捨てでいいはよ!」


 同学年だったのか。てっきり先輩かと思ってちょっと気使ってたんだけどな、これでちょっとは楽になったは。


「じゃ真穂! 入部届はもう書けたから今日はもう帰って良いか?」


「それはダメよ蓮。今から仕事があるの早速手伝ってもらうはよ」


 俺の願いは即断られた。正直このまま返してもらえるとは思っていなかったけど。


「それじゃ今日の依頼を確認しに万箱に向かいましょうか」


「依頼? 万箱? 何の事だかさっぱりなんだが……」


「ああ。そう言えばまだ言ってなかったはね。私達の部活の役割は簡単に言うと生徒たちの頼み事を聞いて、それを依頼として手助けしてあげる事よ」


「つまり人助け……か?」


「まぁそうなるはね。で、万箱ってのは依頼内容を記した紙を入れてもらう箱の事ね。今からその箱の中にある依頼書を回収しに行くのよ」


「なるほど。でその箱はどこにあるんだ?」


「すぐ下よ。さっき横通ったのに見なかったの?」


 真穂はそう言うと着いてこいとばかりに部室を出た。俺は真穂に言われるがまま階段を降りた。


「ほらこれ。これが万箱よ、見た目はちょっとアレだけど……」


 ああ確かに見た目はアレだな、まんま郵便ポストだな。


「さぁ今日はどれくらい入ってるかしら……。えっと1、2、3、3枚だけね、まぁ上出来な方ね」


 万箱の中には3枚の紙が直で入っていた。万箱の名前に合わない枚数でちょっとウケた。


「それじゃ……れ、蓮。最初の仕事を与えるはよ、その依頼書の内容を読んで、それで今日どの依頼を受けるか決めるは」


 真穂は俺に3枚の依頼書を手渡した。わざわざ俺に仕事を与えないでほしいものだ……


「じゃまず一つ目読むぞ『1年3組河合春菜。万部の皆さんこんにちは、忙しい中私の依頼を聞いていただきありがとうございます。さっそくで悪いんですが、私の依頼は同級生の田中圭吾とどうやったら付き合えるかアドバイスを……』」


「破り捨ててちょうだい」


「えっ? 今なんて言った?」


「破り捨ててそのままトイレに流してと言ったの」


 いやそこまでは言ってなかっただろ。てかまだ途中なんだけどな。


「な、なんでだよ。大切な依頼書だぞ? それにまだ全部読んで無いし……」


「いい? 私はこの世で嫌いな人間が二種類いるの。一つは頭お花畑なバカなリア充どもよ。あと二つ目は普通にデブね、なんか生理的に無理なの」


 二つ目はただの悪口じゃねぇか。真穂はかなりお怒りのようだった。


「まぁとりあえずこの依頼は保留にしといて次の依頼いくか」


「はぁ……。そうねそうしましょう」


 真穂は少し落ち着きを取り戻して冷静になってくれた。まぁリア充が嫌いな気持ちは分からんでも無いが。


「じゃ二つ目の依頼だ『匿名。万部の皆さんこんにちは。僕はこの依頼が誰かにバレないように匿名で送っていますが許してください。では単刀直入に言います。僕から皆さんへの依頼は同級生のある女の子に告白する手伝いをして欲しいんです』(コイツらまだ学校始まったばかりなのに恋し過ぎだろ)と、とりあえず最後まで読むぞ『その女の子は1年3組にいる河合春菜です』」


「フフッ。本当、可哀想な人ねその子ならさっき好きな人がいるって言ってたのに。そんな事も知らずにやっぱり馬鹿ね……フフッ」


 真穂は嬉しそうに笑った。まあ確かに可哀想だけどこの春菜という生徒はさっきの依頼でも書いてあった通りもう好きな人がいるんだよな。


「『失敗しても構いません。だからどうか手伝って下さい。匿名じゃ分からないと思うのでニックネームを教えます。もし手伝ってもらえるならそのニックネームを頼りに僕を探してください。ニックネームはTKです』以上みたいだな……」


「どうしょうかしら。せっかくだからその依頼書、部室にでも飾ってあげようかしらフッ」


 真穂は相変わらず嬉しそうに話していた。いやでも、まさか……これって。


「どうしたの? そんな悩んだような顔して、別に欲しかったらあげるはよ?」


「いやそう言う訳じゃ無いんだけどさ……このTKってまさか……」


 俺はそう言うと一つ目の依頼と見比べた。


「どうしたの? そっちも欲しいの?」


「なぁ真穂、コイツのニックネームのTKってさ。最初の依頼人の春菜ってやつが好きって言ってた田中圭吾ってやつの事じゃねぇか?」


 俺がそう言うとさっきまでずっと笑っていた真穂の笑顔がきえた。


「え? それってまさか……」


「コイツら最初っから両思いなんじゃね?」


「「……」」


 数秒の間、その場の時間が止まったように俺達は固まった。


「蓮……」


「分かってる」


 俺はその場で二枚の依頼書を破るとそのまま男子トイレの便器に流した。


「よし! 今日の依頼は一つみたいだし、さっさと内容を確認して任務を遂行しよう!」


「流石ね蓮。やる気満々じゃない、そういう人、私嫌いじゃ無いはよ」


 俺達は何か良い事でもあったかのか満面の笑顔で話やった。


「じゃ本日一つ目の依頼を読むぞーー!」


「フッ、おーー!」


 真穂は恥ずかしがりながらもこのノリに乗ってくれた。


「ええっと『3年2組有山桃華。万部の皆さんこんにちは。いきなりで申し訳ないんですが、単刀直入に言います。現在、私のクラスでイジメが起きています……』」


「『……これが今の私のクラスの状態です。だから皆さんには出来る範囲で良いので、同級生の寺田大輝を止めて欲しいです。私の依頼は以上です。何かあれば図書室に来てください。』終わった。どうする? 結構な大事な気がするけど」


「まぁつまりはその寺田大輝って人が最近クラスで暴れて人に当たったりするせいで、不登校者が出たからどうにかして欲しいって事ね……。他にやる事も無いしやれる事だけでもやってみましょう」


 やるのかよ……。正直、相手は先輩だからあんまり関わりたく無いんだよな。


 ”キーンコーン” ”カーンコーン”


 部活の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「もうこんな時間……。あとは私一人でやるから蓮は帰って良いはよ。初日の仕事お疲れ様、明日はお昼休みから活動するから準備しておいてね」


「お、お昼?」


 いや流石にそこまで鬼じゃないよな?


「何言ってるのこの部活は昼も活動するのよ、お昼休みになったらちゃんと部室に来てね。いい?」


 真穂は下から俺を覗き込むように俺の目を見ながらそう言った。こりゃマジのやつだな……


「わ、分かったよ。じゃとりあえず今日は帰るからなまた明日な」


「そうね。じゃ……バ、バイバイ……」


 真穂はそっぽを向きながら小さく手を振った。


「あっそうだ。これ返し忘れてたは、はいどうぞ」


 真穂はそう言うと俺の靴を投げるように返してくれた。俺はそれを受け取るとすぐに履き替え、何食わぬ顔で玄関そして校門をこえた。


 テニス部はまだ部活を続けているみたいだが、俺にはまだやる事があるからな今日も先に帰らしてもらうぜ日向。


 ”ブーー”


 ケータイに着信が来た。


「蓮くーーん。また着信があったみたいですよ。今度は……ガーディアン本部って人からメールが来てますよ」


 どう見ても人じゃ無くて何かしらの組織名だろ。アイリも一応人工知能なんだからそこら辺は理解してほしいな。


 いや、そんな事より本部から直接メールって事はどっちかだな。一つは新しい依頼の詳細報告。まぁ依頼と言ってもやるかやらないかは本人の自由だが。


 そして二つ目は……


『本部より連絡。


本日、日本時間17時06分にBランク12位ヒメユリの死亡を確認。なおヒメユリが遂行していた依頼は未だに達成されておりません。


 これによりBランク13位以下のガーディアンの順位を一つ上げる事とする。


 以上、本部から全ガーディアンへの報告を終了します。』


 ガーディアンの死亡報告だ。


 そうだよな……。もし今日失敗したら助けてやるなんて言ったけど、俺は最初っから助ける気なんて無かったのかも知れないな。


 俺達ガーディアンが失敗するって事はそれはそのまま死に繋がる。俺は知っていた、本当はアイツにBランクの実力なんてない事を。何度も何度も俺が手伝ったせいで、俺はアイツに変な期待を持たせたのかもしれない……。俺がいつでも助けてやるって期待を……


「アイリ。ヒメユリが受けてた依頼、今すぐに探せるか?」


「で、出来ますけど、探してどうするんですか?」


 俺はうっすらと笑みを浮かべた。


「俺がその依頼を継承する」


「通り魔?」


「はい。ヒメユリさんが受けていた依頼は最近この辺りに現れた通り魔を見つけ、その後殺害もしくは重症を負わせ活動を出来なくさせる。と言う依頼でした」


「依頼遂行期間はいつまでだ?」


「はい。期間は今日を含めて三日間です。依頼の継承を行うのでしたら今日やら無いと、明日には出来なくなるかもしれません。それに失敗したらバツもついてしまいますよ!」


 なるほど……。通り魔か。もしかしたら今日、涼先生が言っていた奴と関係があるのだろうか。


「構わない。依頼を継承してくれ」


「分かりました。ではその通り本部に伝えておきますね」


 アイリはそう言うとどこか画面の外へと消えてしまった。消える意味があるのかは正直分からない。


 しばらく帰宅路で突っ立っているとS4から一件のメールが届いた。Sランク4位の男アザミは俺達の情報屋のような奴だ。


『クローバーさん頼まれてた件、調べが終わったので報告しますね……』


 アザミには昨日、ヒメユリが受けている依頼とその内容、さらに現在分かっている依頼の状況を調べてもらった。


 そして俺はアザミからのメール全てを確認すると、その情報を頼りに次に事件が起きるであろう場所へと向かった。




「なぁアイリ。アザミの送って来た座標の場所ってここであってるよな? この商店街久しぶりに来たけど、未だに人通りも多いし通り魔が出るとは思えないんだがな」


 俺は学校から歩いて15分ほどの場所にある少し大きな商店街に来ていた。アザミの情報によれば犯人は良くこの商店街に現れるらしい。特にこの今俺がいる裏通りには間違いなく現れると言うが……


「アイリにはその情報が正しいか判断出来ませんが、あのアザミさんからの情報です! 信頼して良いと思いますよ?」


 まぁそれはそうなんだが。でも俺はまだ不審な点が一つある。なぜこんな通り魔一人捕まえるだけの依頼がレベル4なのかだ。どちらにせよ油断は禁物だ。


 俺はしばらくの間、裏通りに背を向けながら犯人が来るまで待っていた。しばらくすると商店街を通る人は減り数人ほどになっていた。裏通りに至っては完全に誰も通らなくなった。


「そう言えば思ったんだけどさ。ヒメユリが死んだのってついさっきだよな」


「そうですね。死亡の報告があったのは今から1時間ほど前でしたね」


「お前……ここにくるまでにアイツの死体見たか……?」


「どう言う……こと?」


 俺達ガーディアンは死亡するか、心臓が30秒以上停止すると自動的に心臓につけられたSCボムと言う爆弾のタイマーが起動し、それがゼロになると爆破するようになっている。なのに、この商店街はさっきから静か過ぎる。騒ぎが起きるどころか警察すら来ていない。まるでSCボムが爆発しなかったみたいに……


「少しまずいかも知れないな。相手がただの通り魔だと思って少し油断してたかも知れない。もしかすると相手はこっちの情報を何かしら持っているのかもしれない。例えば……SCボムを体内から取り出せば、簡単に爆破を止められる事とか……」


「それってまさかガーディアンの存在を相手が知っているって事……?」


「現にこの事件、まだ公には報道されていないらしい。どうやら死体が一つも出ていないみたいでな。依頼が出されるまで誰もこの事件の事を知らなかったみたいだ」


 俺は正体がバレない為にポケットにしまっていたマスクを取り出し身に付けた。


「れ、蓮くん! 念のためサングラスも付けたら? 絶対に似合うと思いますよ?」


 アイリはなぜかちょっと楽しそうにそう言った。少し悩んだが、俺はアイリに言われた通りカバンからサングラスを取り出し、身につけた。変装用にいつも持ち歩いてはいたが使ったのは今日が初めてだ。


「お、おぉ……。に、似合ってますよ? なんていうか、こう一般人とは違うオーラを感じます!」


「もう正直に不審者みたいって言えばいいだろ。俺だってどうせ似合わないと思ってたよ」


 黒マスクにサングラスを付けた高校生なんて不審者の極みじゃねぇか。


「あっそうだ! 帽子、帽子も付けましょう。そうすれば犯人に遭遇しても絶対に正体がバレる心配がありません! ほらあそこに良い店がありますよ。帽子を買いに行きましょう」


「お前、絶対遊んでるだろ。それにそんな事したいよいよどっちが通り魔か分からなくなるぞ」


 俺がそう言うとアイリは少し不満そうな表情を浮かべたが、ごめんなさいとだけ言って落ち着きを取り戻した。


「もうすぐで6時半か……。今日はこのへんにして一旦帰るか。どうせまだ、あと二日ある明日から本格的に見つけるとしよう」


 そろそろ日向が部活を終えて寮に着く頃だ、帰りにプリンでも買ってあいつの機嫌でも取るか。


「蓮くん。そこを通って帰るよりもこっちの裏道を使った方が早く帰れますよ? それにこの先にはプリンを売っているコンビニもあります。まぁ特に深い意味はありませんが」


「アイリお前いつ人の心を読める機能なんて手に入れたんだよ……。でも確かに今は早く帰りたいし、こっちから帰るか。何かあったらそん時はそん時だな」


 俺は人気が全くない裏道をアイリと二人で進んだ。日が暮れ始めた事もあり裏道は真っ暗でほぼ何も見えなくなっていた。流石にサングラスは外した。


「道狭くなってきたし、本当にこっちであってんのかよ。もう真っ暗でどこ歩いてるのかさっぱり分かんねぇぞ」


「大丈夫安心してください、道は間違いなくこっちであってます。それに……」


 アイリは少し間を空けると、機械のくせに恥ずかしそうに続けて言った。


「こんな暗い中、2人っきりでいるとちょっとだけドキドキしちゃいますね。なんだかデートしてるみたい……」


 こいつギャルゲー要素まで組み込まれてるんじゃねぇのか?


「俺はこんな真っ暗でいつ誰に襲われるかも分からない状況でそんな事、言えるお前のデータが心配だよ……。っあ! ほら言っただろ? 絶対、今なんか油みたいなヌメっとした物踏んだぞ」


「大丈夫ですよ。どうせ野良猫のオシッコか何かですよ」


「全然、大丈夫じゃねぇよ。あぁ……。仕方ないもうバッテリーも少ないけどちょっとだけライトつけてくれ」


「ダメですよ。あと16%しかバッテリーないんですよ? ライトなんて付けたらすぐに減っちゃいますよ」


 アイリはどうしてもライトをつけたく無いのか何かと難癖を付けてライトを付けるのを拒んでくる。


「頼むよ。このまま外に出て犬の糞なんか付いてたら最悪だろ。犬の糞つけたまま寮に帰るとか何の拷問だよ。何が付いてるか確認するだけだからすぐに終わる」


「もーー。ちょっとだけですよ?」


 アイリはしぶしぶケータイのライトを付けてくれた。とりあえず靴に付いた汚れだけでも確認しておくか……。


「どうでしたか? 黄色いオシッコでしたか? 黒い油でしたか?」


「……」


「どうしたんですか? それとももしかして茶色でした?」


「赤……」


「えっ……」


 真っ赤だった。俺の靴にはドロっとした赤い液体がぎっしりとこべり付いていた。


「赤ってどう言う事……?」


 俺はケータイのライトで今さっき踏んだ何かがあったであろう場所を照らした。


 ”……ッ!”


 犬でも猫なんかでもない、そこにあったのは紛れもない人の死体だった……

 


「酷いな……」


 俺はすぐに自分が踏んだ物が、その死体から出た血溜まりだと気づいた。


「これは酷いですね。体中に無数の切り傷、何で引っかいたような跡、それに胸が……」


「……心臓をえぐり取られてる。……まさか」


 俺はその死体の顔を見るやいなや、昨日の帰りにあったあの男の顔を思い出した。しかしその死体の目は、もうすでに光を失っていた。


「アイリ。本部に連絡しておいてくれ。今日、死亡が確認されたヒメユリの死体を発見したってな」


 まだ死亡して時間が経っていないおかげで腐敗が進んでおらず、人物の特定が出来た。俺達ガーディアンの死亡は心臓に取り付けられたSCボムによって判定される。


 心臓が一定時間停止するか爆弾が起動するかのどちらかで死亡が判断される為、実際にその死体を見つける必要が無いのだ。だから俺達は仲間の死体を発見しだい本部に連絡しなくてはならい。死体の処理の為に。


「今日の被害者はこいつだけみたいだな。悪い……助けてやれなかった。短い間だったけどお前と任務をやれた事、光栄に思うよ」


 俺はそう言うとその死体の前に立ち、手を胸に当て静かに目を閉じた。せめて俺だけでもこいつを見送ってやらねぇとな。


「蓮くん。本部への連絡そしてここの座標を送り終わりました。あとそろそろバッテリーがヤバいのでライトを消しますね」


「分かった」


 ケータイのライトが消えると同時にヒメユリの姿は闇の中へと消えていった。まだ15才なのに残念だ……


「あとは本部の奴らに任せて、俺達はそろそろ帰るか」


「また何か踏んだりしなければ良いんですが……」




「た、ただいま……」


「あっ! お帰りなさい蓮先輩。今日は帰ってくるの遅いんですね」


 寮に帰るとさっそく久美が俺を出迎えてくれた。昨日はすぐに寝てしまったから会うのは一日ぶりだな。


「な、なぁ久美、その……日向はもう帰ってきたか?」


「っえ? 日向先輩ならまだ帰ってきていませんよ」


「良かった……。じゃもし日向が帰ってきたら俺は体調が悪かったら学校おわってすぐに帰ったって言っておいてくれ。頼む!」


 今帰ってきた何てバレたら何されるか分からないからな。


「わ、分かりました。でも……」


「ん? どうした?」


「……私が帰ってきたら何だって? ねぇ蓮君今日は帰りが遅いみたいだけど、どこで何してたのかな?」


 もうすでにそれは後ろにいた。日向は不気味な笑みを浮かべながら俺にそう問い詰めた。それを見るや否や久美は何かを察したのか奥へと消えていった。


「あ、いやさ……。そのなんて言うか部活やってたんだよな」


「蓮、部活なんか入ってないでしょ。何でそんなすぐ分かる嘘つくかな。それに約束はどうしたの?」


「実はさ、俺今日から部活に入る事になったんだよ」


 日向は俺を疑っているのか、鋭い目つきで俺を睨んだ。ていうか機嫌を取るためのプリンを買い忘れた。


「へぇ〜〜そうなんだ。で何で言う部活なの? 蓮が体育系の部活に入るとは思えないし多分、文化系だと思うけど」


「万部って言う部活に入ったんだけど」


「万部? 何その部活。初めて聞いたんだけど」


 知名度ゼロかよ万部。まぁ俺も昨日まで存在自体知らなかったしけどな。


「それに何で私との約束より部活入ることを選んだの? ねぇ何で? ねぇ何でって聞いてるでしょっ!」


「ちょっ、ちょっと待てお前掴みかかってくんなよっ。分かった俺が悪かったから一回離れろ」


 突然、俺に襲いかかってきた日向と取っ組み合いになった。もうこいつの性格が良く分かんねぇよ、急に怒ったり笑ったり怖すぎだろ。


「おいおい。お前達そこで何やってるんだ? 痴話喧嘩なら後にしてまずは夕食を食べたらどうだ?」


 奥から覗いてきた飛鳥先輩がそう言うと日向はそっと俺から離れた。こいつ先輩の言う事だけは素直に聞くんだよな。


「フンッ。まぁいいや話はまた今度にするけど、次約束を破ったら今度こそ許さないからね!」


「お、おう……」


 今度こそ許さない。俺はそれを今まで何回聞いた事か。



「カレーライスにチャーハン、グラタンに唐揚げ大盛りそして健康に気を遣ってくれたのかサラダまで! これぞ、この寮の夕飯だよ」


 やっぱり飛鳥先輩の作る飯は質も量も格別だな。どっかの悪臭肉じゃがとは大違いだ。


「そんなに急いで食べるな。まだまだ沢山あるんだゆっくり食べるといい。あと、痴話喧嘩は玄関じゃなくて部屋でやってくれ」


「べ、別に痴話喧嘩なんてして無いです。ただ、蓮が……ほら蓮も何か言って!」


「うるせぇ。今、食事中だぞ静かにしろ。それに喧嘩も何もお前が始めたんだろ。それに関しては俺は被害者だぞ」


 俺は夕飯を食べながら日向に反論した。まぁ俺が百悪いんだけどな。


「はぁ? 何その言い方、私が全部悪いみたいじゃ無い。そもそも蓮が昨日の約束を破らなければ……」


「あら、少しうるさ過ぎるんじゃ無いかしら。食事の時は騒がない決まり忘れたのかしら? それにそんなに喧嘩したいんならベットの上で朝まで戦っていれば良いじゃない」


「……ごめんなさい」


 静かに夕飯を食べていた舞先輩が日向の話を遮るようにそう言うと、日向は少し顔を照らしながら静かに座った。


「もし勝負が着きそうに無かったら私を呼んでくれて良いはよ。すぐに日向ちゃんを勝たしてあげるは」


「おい舞。お前も少しうるさいぞ」


「あら、残念。私はもう食べ終わっているから多少うるさくても問題ないはずなのよ。それじゃ先にシャワー浴びてくるはね。ご馳走さま」


 舞先輩はそう言うと席から立ち、そのままシャワー室に直行していった。なんかいつもより張り切ってるな。


「……それで明日はどうなの」


 日向は俺の服の袖を掴むとそう一言だけ言った。


「明日? あ、お前まさかさっき舞先輩が言ってた事、真に受けてんのか?」


「ちがう! そうじゃなくて、明日は部活あるのか聞いてるの。いくら舞先輩が言ったことでもあれはちょっと……」


「ああ。多分これから毎日あると思うぜ、なにせうちの部活はかなりブラックらしいからな」


「もう。なんでそんな部活なんか入ったの? 蓮そう言うの嫌がってたのに」


 日向は少し寂しそうな表情を浮かべていた。まぁ部活入るか人辞めるかって言われたら誰だって嫌でも部活にはいるぜ。


「まぁ一応明日、休みが貰えないか部長に聞いてみるは。休みが取れたらまた一緒に帰るからさ」


「分かった。私もちょっと言い過ぎだったかも。じゃその時はちゃんと言ってね。それまで待ってるから」


 機嫌が良くなったのか日向はいつものように明るい表情になった。やっぱりマジでこいつ情緒不安定だな。


「ほぉーー。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものだ。羨ましい限りだな」


 両手に顎を乗せながらこちらを見ていた飛鳥先輩がそう呟いた。


「べ、別にそんな羨ましがられるような物じゃありません……。ちょっと仲がいいだけです」


 日向は少し恥ずかしそうに顔を照らしながら言った。


「あの……」


 ずっと黙っていた久美が急に口を開いた。


「ずっと気になっていたんですが、先輩達って付き合ってるんですか?」


「「……」」


「な、な、何言ってるの久美ちゃん! そ、そんな訳ないでしょ! 変なこと言わないでよ……」


 久美の言葉に戸惑いを隠せないのか日向は分かりやすく慌てふためいた。


「全く、久美ちゃんはデリカシーがないなぁ。そう言う事は裏でこっそり聞かないと」


「あーもー、飛鳥先輩まで何言ってるんですか。あー、私もう部屋に戻るから! ご馳走様でした!」


 そう言うと日向は席を立ち逃げるように自分の部屋へと戻って行った。


「すみません……てっきりそうなのかなと思ってしまって……」


「そんなわけでないだろ。あんなやつ彼女にするぐらいならイボガエルと結婚するは」


「おいおい蓮、それは流石に酷すぎるんじゃないか? あとでそれも含めてしっかり謝っておくんだぞ」


「分かりましたよ。ご馳走様でした。」


 俺はそう適当に返すと日向のお皿の分まで片付け、階段を登った。


「あら、蓮君。悪いんだけど私これから少し出かけるから皆んなに伝えておいてくれないかしら?」


 階段を上がる途中、誰かと電話しているのかケータイを耳にあてていた舞先輩が俺にそう言った。


「もう夜なのにどこに行くんですか?」


「あら。そんなに気になるの? でも残念ね、これは秘密なの。分かったら蓮君は早くこの事をみんなに伝えて、一人ベッドでコソコソするといいは。それじゃ」


 そう言うと舞先輩はいつになく気合いの入った服装で寮を後にした。ちょっと心配ではあるけど舞先輩ならどうにかなるだろ。


「おい日向! ちょっと言いたいことあるからドア開けてくれ」


 俺は自分の部屋の隣にある日向の部屋のドアをノックしながら言った。


「何?」


 ドアが軽く開き中にいた日向がそう言った。


「いやなんかさ、いろいろ悪かったは。約束破ったり……なんかごめんな。一応謝っとくは」


「それだけ?」


「まぁそれだけだな。すまん……」


「そう。じゃお休み、明日は寝坊しないように気お付けてね」


 日向はそれだけ言い残し部屋のドアを閉じた。俺は少しため息をつくと自分の部屋に戻った。


「蓮くん! 今新しいメールが届きましたよ」


 部屋に入るや否やアイリが言った。


「いきなり現れるなよ。急に出てくると結構ビビるんだぞ。で、誰からだ?」


「ガーディアン本部からです。内容を読み上げましょうか?」


「ガーディアンの死亡通知以外なら読み上げてくれ」


「……」


 俺がそう言うとアイリは黙ったまま、こちらを見つめた。しかし、その表情はとても穏やかだった。


「はぁ。今日はもう寝るから明日はちゃんと起こしてくれよ。じゃおやすみ」


 俺はそう言うとケータイの電源を切った。


「おやすみなさい」





「それでさ、あいつマジでやばくて……」


「おい。飯食いながら喋るな汚ねぇぞ」


 翌日。俺はいつもと変わらず昼休みに聖夜と一緒に弁当を食べていた。弁当は購買で買った。


「あれ? なんかアイツお前のこと見てないか?」


「アイツ?」


 聖夜が俺の後ろの方を覗き込むように言ったため、俺はゆっくりと振り返った。


「蓮の友達?」


 振り向くと教室の入り口で眉間にシワを寄せながら仁王立ちする真穂がいた。何やってるんだアイツ。


「いや、知り合いだけどまだ友達ではないな」


「へーー。でも何かこっちに向かってきてるみたいだけど……」


「ねぇ蓮。何のんきに弁当なんて食べてるの? まさか昨日、言った事忘れたわけじゃないはよね?」


 真穂はそう言いながら俺に近づくと自身のケータイの画面を俺に見せつけて来た。そこには女子トイレで他人のカバンをあさる馬鹿な男子生徒が写っていた……


「ん? どうした蓮。お前急に顔色が……」


「悪い聖夜。ちょっと用事思い出したから、また後で話そう。行くぞ真穂!」


 俺は昨日、真穂に昼休み部室に来るように言われた事を思い出し、真穂の腕を掴み急いで教室を出た。


「ち、ちょっと離して! なんで呼びに来た私が遅刻したアンタに引っ張られなきゃ行けないの! それに場所は部室じゃなくて図書室よ」


「あ、悪い。ちょっと焦ってたは。あと別に忘れてた訳じゃないからな。弁当食べ終えたらちゃんと行くつもりだったからな!」


 俺はあの写真をバラされまいと必死に言い訳をした。


「そう。まぁいいは。初めてだから今日は見逃すけど、もし次忘れたら……分かってるはよね?」


 真穂はそう言うと鬼の様な形相で俺を横目で睨みつけた。遅刻すら許されないなんて、ブラック過ぎるだろこの部活。


「……そ、それでなんで図書室なんだ? みんなに聞き取り調査でもやんのか?」


「フッ。半分当たりね。今から待ち合わせしてるある生徒に話を聞くの。それから私たちの役割分担をするは」


「ある生徒?」


 その後、俺達はしばらく歩き図書室についた。


「あの人よ。 ごめんなさい桃華さん、蓮のせいで遅れてしまったは」


「桃華? ってあの手紙を出した人か?」


 真穂について行くと、そこには一人図書室で本を読んでいる桃華先輩がいた。初対面だけどな。


「遅かったじゃない真穂さん。お昼休みが終わってしまうかと思った」


 桃華先輩はそう言うと読んでいた本をパタッと閉じた。眼鏡のせいでよく見えないが先輩は少しおこのようだ。


「それで、わざわざ先輩に来てもらって何を聞くんだ?」


「別に来てもらった訳じゃないはよ。ここにいたのを私が見つけたのよ。それで桃華さん、依頼の事で色々と聞かせて欲しいんだけど」


「それなら依頼書にも書いたように私のクラスにいる寺田大輝という男子生徒が最近、問題を起こすようになったんですよ」


「問題って言うと、具体的にどんな事したんだ? パンツ盗んだとか?」


「そんな事なら良かったんだけど。大輝の奴、あれこれ文句を付けては他の生徒に暴力を振るってるの。私の友達もそれが原因で不登校になった……」


「前からそんな感じだったの?」


 真穂は真剣に答えた。


「いえ。以前はあんな人じゃなかったの。でも一週間ぐらい前から急に人が変わったみたいになって」


「……それを私達に止めて欲しいと。ねぇ蓮、あなた一回その人と喧嘩して勝ってきなさいよ。そしたら相手もこれに懲りて、もうやらなくなるでしょう」


「いきなり実力行使⁉︎ なんかこうもっと、色々あるだろ。てかなんで俺がやらなきゃいけないんだよ。やる訳ないだろ」


 平然と俺にそんな事を言ってきた真穂に俺は強く反発した。


「まぁそう言うとは思ってたけど。とりあえず他の策を練りましょう。桃華さん、その大輝先輩は今はどこにいるか分かりますか?」


「最近はあまり教室にはいないは。いつもなぜだかイライラしてるし、もう何がしたいのかさっぱり」


「なるほどね。ならまずはその大輝さんって人から直接事情を聞きましょう。そっちの方が速く済みそうだしね」


「お前、正気かよ。相手は何かある度すぐに喧嘩売ってくる奴だぞ? 聞き行くだけ無駄だろ。それに危ねぇよ」


「大丈夫よ。もし何かあったら蓮が守ってくれるから。その為に蓮を雇ったのよ」


 真穂は何食わぬ顔でそんな無茶苦茶な事を言った。まあでも確かに何かあれば俺が出る事になるかもな。


「何かあればって、何も起きないようにしろよ。自分から喧嘩売ったりしても俺は知らねぇからな」


「問題ないはその時は嫌でも守ってもらうから。とりあえずもうそろそろお昼休みが終わるから、この続きは放課後の部活でやりましょう」


「……ああ。それなんだけど、今日はマジで外せない用事があって行けそうに無いんだよな。頼む明日はちゃんと行くから今日だけ休みを貰えないか?」


 通り魔の依頼が期限スレスレになっている以上、そっちを優先しなくてはならない。出ないと俺にバツが付いてしまう。


「はぁ……。分かったはよ、今日だけは見逃すって言っちゃったし好きにしていいはよ。本人への聞き取りは明日にして、今日は私一人で色々探ってみるは」


 意外にも物分かりの良い真穂は少し嫌そうな顔をしながらもそう言った。


「悪いな本当。でも明日はちゃんと働くからそんな落ち込むなって」


「何その言い方何か煽られたみたいで、ちょっとウザいんだけど。打つはよ?」


 別にそんなつもりで言った訳では無かったんだが真穂さんはおこのようだ。


「なんだよ。さっきは俺に助けを求めてきたくせに、今度はそいつを打つって頭おかしいだろお前」


「は? 私に文句でもあるの?」


「ねえ。二人とも、喧嘩するなら場所を変えてくれない? ここ図書室よ」


「「あ、すみません」」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 日の光が届かない薄暗い部屋に男が一人、上を見上げながら優しい笑みを浮かべていた。その後ろには5人の人物が綺麗に整列している。


「やぁ、みんな久しぶりだな。元気にしていたかな?」


 男は振り返りながら後ろの5人に話しかけた。しかし、その問いに答える者は誰一人いなかった。


「まったく……。つれないなぁ君達は、もっとコミュニケーションを大事にしないと。……まぁいいさ、今日は君達にある知らせがあるんだ。以前、私が言っていた計画を次のステップに移行する事にした」


 その男の言葉に驚く者はいなかった。男は続けて言った。


「少し遅れたけど、ちょっとずつ計画を進めていくよ。頼んだよ」


 それを聞いた5人の内の一人が反応を示すように眼鏡を正した。


「了解した」


 そして答えた。男はそれに続くように呟いた。


「はぁ……。ボーマン、君を失ったのは大きかったよ。一体、誰のおかげで君は死んだんだろうな」


 その一言に周りにいた5人は初めて反応を示した。そして、しばらく誰も口を開かなかった。


「……なーー、悪いんだが、これ以上話が無いんだったら俺は先に帰らしてもらうぞ」


「ああ。すまないなキラー、話は以上だよ。みんな今日はこれで解散だ。わざわざ集めて悪かったね」


 そのキラーという人物の言葉に男は優しく答えた。そして、男は再び前を向いた。


「それじゃまた会おう。ウィザーのみんな」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「今日こそ会えると良いですね、通り魔」


 昨日と同じく商店街でマスクにサングラスなどを付け張り込みをしている俺にアイリが話しかけた。


「ほんとうにな。今日、現れてくれないと明日なんて言い訳して部活休めばいいか分かんねぇよ」


「その時はアイリも一緒に頭を下げてあげますよ!」


 何で俺が頭下げる事、前提なんだよ。あんな奴に下げるほど俺の頭は安くないぞ。そんな高くも無いけど。


「にしても、この時間帯は人が多いな。こんな早く来る必要無かったかもな」


「なら少し商店街を見て回りませんか? アイリこういう所で一回買い物してみたかったんです」


「買い物って、アイリはただ電子決済するだけだろ。ここで買い物するぐらいならヤマゾンで調べた方が品揃え豊富だぞ」


「それじゃダメなんです! ちゃんと色んなお店を見て回りたいんです」


 アイリは可愛らしくほっぺを膨らませながら言った。何これめっちゃ可愛い。


「まぁしばらく何も無さそうだし、あの店にでも入るか……」



「……逃げろーー! 通り魔が出たぞーー」


 少し離れた場所から人々の悲鳴が聞こえた。


「悪いアイリ、少し予定変更だ。思った以上に早く出たな」


「そう言えば蓮くん、何か武器は持ってるんですか? 相手は通り魔ですよ。きっと刃物か何を持ってますよ」


「なら大丈夫だ。相手の武器を借りれば良い」


 そう言うと俺は声がした現場へと走った。こちらに向かってくる人混みからして、ガチみたいだな。


 にしても、今まであんなに公になる事が無かったていうのに、今回は随分と大胆にやってくれたな。


「蓮くんそこを右に曲がって下さい。さっきそこから逃げてくる人がいました」


「わ、分かった。てかアイリお前こんなにケータイ揺らしてるのに良く見えたな」


「フンッ! これでもスーパーコンピューター並の頭脳を持ち合わせてるんですよ」


 逆にスーパーコンピューター並でこの性能かよ。俺はアイリに言われた通りに曲がり裏通りに入った。


「た、助けてくれグハァッ……」


 俺が裏通りに入るとすぐ、目の前で人が刺された。心臓を一突きだった。


「アイリ、本部に今の状況を伝えてきてくれ。これから戦闘に入るかもしれない」


「分かりました。気をつけて下さい!」


 アイリそう言い終えると、俺はケータイをポケットにしまった。俺に背を向けていた通り魔はゆっくりと立ち上がりながら、振り向いた。


「仮面?」


 両手に包丁のような物を持った通り魔は、目と口に穴が空いただけのシンプルな仮面を付けていた。


「なぁ少し話さないか……」


「うぁぁぁあああ‼︎」


「クッソいきなりかよ。話し合いは無理か」


 俺を見た途端、通り魔は俺に襲いかかった。それにこの感じ本気で俺を殺しに来てるな。命懸けの依頼は久しぶりなんだけどな。


「死ねーー!」


 通り魔はそう叫びながら、持っていた包丁を大きく縦に振り下ろした。まるで素人の様に。


「避けるんじゃねえよ。死ね!」


 俺が最初の一撃をかわすと相手は怒り狂ったように包丁を振り回した。


「だからちょこまか避けてんじゃ……」


「分かったから、ちょっと静かにしろ」


 俺は相手の攻撃の隙をつき懐に潜り込んだ。


「クッ!」


 驚いているであろう相手の顔を下から見上げると、俺はその無表情な仮面ごと相手の頭を壁に叩きつけた。


 “ドンッ“


「ちょっとやり過ぎたか…… ッ!」



「クソがーー」


 コイツ、あの勢いで頭を叩きつけられてもまだ動くのかよ。クッソ。


 油断していた。俺は相手の攻撃を左腕で受けると、瞬時に背後に回り込んだ。その際、左腕に切り傷を負ったが、幸い傷は浅かった。


「だから…… ッ!」


 通り魔の右手に持っていた包丁が手から滑るように落ちた。それに続くように赤い水滴が落とした包丁にポタポタと溢れ落ちた。


「な、なんだよこれ。……てぇいつのまに」


 通り魔がそう言うと俺の手にはさっきまで、あっちが持っていたであろう血の付いた包丁があった。


「そんな事より早く腕を止血した方が良いぞ。出来るだけ浅く切ったつもりだけど、そのままにしておくと最悪、死ぬぞ」


 顔を壁に叩きつけた時に相手の武器を奪っておいて正解だったな。通り魔は俺に言われた通りに右腕をおさえた。


「くそ、くそ、クソクソクソ。クッソがーー! 死ねぇーー!」


 通り魔はそう叫び散らすと、すぐに落ちていた包丁を手に取り何の躊躇いもなく俺に投げつけた。


「ハッ!」


 俺は一直線に飛んでくる包丁を極限まで上体を仰け反らせる事で、ギリギリでかわした。しかし……


「くっそ。アイツ逃げやがった」


 あの一瞬で通り魔はどこかへ逃げてしまった。あの怪我でこんな早く逃げられるとは。


 俺はすぐに後をつけようとしたが、なぜか途中で出血が止まったのか血痕が無くなっていた。


「まだ遠くには逃げてないはずだ。今ならまだ探し出せるかもしれない」


「れ、蓮くん大変です!」


「どうした? こっちも今忙しいんだぞ」


 アイリはいつになく慌てていた。


「急いでそこから離れて下さい。警察がここに来ています」


「警察……マジかよ。もう来やがったのかよ仕事が早いなまったく。分かった、仕方ない今日はこの辺りで撤収するか……」


 やばいな依頼の期限は明日が最後になっている。何としても明日には見つけ出さなきゃならない訳か……


「大丈夫ですよ。そんなに落ち込まないでください。きっとどうにかなります」


「じゃ何か良い策でもあるのか」


「ないです」


 超スーパーAIコンピューターであるはずのアイリは考える事を放棄した。


「なら、まず近くにいる他のガーディアン達に通り魔を見つけ次第、俺に報告するように伝えておいてくれ」


「全世界にいるガーディアンにですか?」


「日本だけでいい。なんなら今、千葉にいる奴だけで良い」


 流石はスーパーコンピューター物分かりが良い。今度、アザミに頭のメンテナンスをしてもらおう。


「今、千葉にいるのはAランク2位のエリカさん一人だけですね。伝えておきます」


「エリカ? 知らない奴だな。まぁいい頼んだぞ」


 俺はさっき殺された死体を横目に見ながらその場を後にした。すまない、助けられなかった……




「ただいま……ってまだ誰もいないか」


 多分みんな今は部活か何かしてるんだろ、寮には誰もいない。これはこれで静かで良い。


「あら。蓮君、今日は随分と早いのね」


 いや、いた。舞先輩は浴室の扉の隙間から顔を覗かせながら言った。


「あれ、なんで舞先輩がいるんですか? 今は部活やってるはずじゃ」


「言ってなかったかしら。私、今日は学校に休みを貰ったのよ、ちょっと外せない用事があったから。机の上にお土産置いておいたからみんなで食べてちょうだい」


「お土産ってどこまで行ってたんですか」


「ちょっと東京に行ってたのよ。何? そんなに私の事が気になるの? でもちょっと待ってね服を降ろすのを忘れちゃったから、しばらく目を瞑ってくれないかしら」


「何で持って来ないんですか。目閉じてるから早く上がって下さい」


 俺は目を手で覆った。


「ねぇちゃんと目閉じてる? 本当は指の隙間から覗いてたりしてないかしら」


「覗いてないですよ。ほら後ろ向いてるから早くして下さい」


 俺がそう言うと扉がゆっくりと開く音がした。それから一歩ずつ、しっかりと足音が聞こえた。



「絶対に…… 見ちゃダメだからね……」


 耳元で舞先輩はそう呟いた。いつになく真剣な声だった。いつもあんな事、言うくせにいざ見られそうになると恥ずかしいのかよ。


「もう目を開けて良いはよ。着替えたらそっちに行くから、リビングで待っててね」


「だから何で俺がリビングで待つことが前提なんだよ。まぁ待つけどな」


 俺はそう言いながらも、言われた通りリビングへ向かった。ん? あれか舞先輩が言ってた土産は。リビングの中心にあるテーブルの上にあった土産を手に取る。


「東京バナナじゃねぇか。なんでみんな毎回、東京に行くと買ってくるんだよ。もうこの一年で6箱は食べたぞ」


 とりあえず箱を開け、一つだけ手に取り口に入れた。もう飽きるほど食べたってのに、なぜいつも初めて食べたみたいに美味いんだよこのお菓子。


「お待たせ蓮君」


 舞先輩はパジャマに着替えて降りて来た。さらに、その手には刺繍箱が……


「そこに座りなさい。制服に切り傷が付いてるは直してあげる」


「バレてたんか」


「あら、私が気付かないとでも思ったのかしら」


 隠していたつもりだったんだが既にバレていたようだ。まぁ血は止まっているから、そんなに問題はないだろう。


 舞先輩は刺繍箱から針そして糸を取り出すと、制服のキズを塞ぐように縫い始めた。なんかちょっと照れるな。


「かなりザックリと切ったみたいだけれど、何があったの?」


「そんな大したことじゃないですよ。

       ……猫に引っかかれました」


「……嘘ね。なんで蓮君はそんなに嘘をつくのが下手なのかしら。まあ、言いたく無いなら言わなくてもいいは」


「なら最初から聞くなよ……」


「何か言ったかしら?」


「すみません。何も言ってないです」


 不意にも愚痴をこぼしてしまった。


「ん? あれって、久美のバッグだよな。もう帰ってるのか?」


「あーー。久美ちゃんなら帰って来たと思ったら、すぐにどこかへ出かけてしまったは。 それより蓮君、最近ニュースは見てる?」


「ニュース? いや最近は見てませんけど、何かあったんですか」


「今日、五十嵐総理が会見で辞任を発表したみたいよ。あんな支持率じゃそろそろ辞任すると思っていたけれど、まさか今日だとはね」


「総理が辞任って大ニュースじゃないですか。もしそれが本当なら、次の総理って……」


「次の総理はまだ正式には決まってないけれど、今後は神谷副総理が代理を務めるそうよ」


 やっぱりか。この国で神谷副総理の名前を知らない人はいないからな。彼はそれほどの有名人だ。特に若者からの人気が高い。政治の透明化、若者が政治に関心を抱くきっかけを作った人物でもある。


「蓮君はどう思う?」


「ああ別に。正直、誰が総理になっても俺には関係ないですからね」


 本当はそんな訳無いんだよな。俺達ガーディアンは国絡みの組織だ。俺達の情報を知ったり指示を出せるのは総理だけだ。もし総理が代わるとなると、組織的には一大事だろう。


「そう……。蓮君はやっぱり変わってるはね、この国で彼を支持しない人アナタぐらいよ」


 舞先輩は優しく微笑みながら言った。


「別に支持しない訳じゃありませんよ。ただ興味ないだけです」


「今時、政治に興味がないのも珍しいけれどね。はい、出来たはよ。ちょっとケガしているみたいだから、中のシャツは捨ててしまいなさい。血が付いたシャツなんて着たくないでしょ」


 そう言うと舞先輩は、なぜか俺と腕を組むように自身の腕を絡め、俺に密着してきた。いろいろと近いんだよな、この人は。色々と!


「ま、まぁ元からそのつもりでしたから心配しなくていいですよ。あとちょっと近いんで、どいて下さい」


「あら。蓮君、顔が赤いはよ? もしかして……照れてるのかしら」


 そんな露出の多いパジャマ着た女子が、こんな近くにいたら誰だって照れるは! 特に胸元の露出がひどい、いやすごい。


「それに今は私と蓮君しか、この寮にはいないのよ。少しぐらい…… ね?」


「ちょっと舞先輩……」


 舞先輩はそう言うと照れる様子も見せる事なく、ゆっくりと手で俺の胸元をさすり始めた。


「蓮君、こんなに顔が赤いのにあまり心臓はバクバクしないのね……」


 舞先輩はそう言いながら耳を俺の胸元に当てようと、少しずつ近寄ってきた。


「ち、ちょっと……」



 “ガチャッ“


「……すみません遅れました!」


 玄関のドアが開いた。どうやら久美が帰って来たようだ。舞先輩はその声が聞こえた途端に席を立ち、久美のもとへ向かった。


「あら、久美ちゃんずいぶんと早かったのね。てっきり家出してしまったのかと思ったは」


「そんな事しませんよ! ちょっと急用が出来ただけで……。あれ? 蓮先輩もう帰ってたんですか?」


「なに、まだ帰ってきてほしくなかった感じ?」


「い、いえ。最近は帰りが遅いので、珍しいなっと思っただけです。すみません」


 そう言うと久美はペコリと頭を下げた。こいつにプライドは無いのかよ。


「そう言えば言い忘れていたのだけれど、今日も恵理奈遅れて来るそうよ。だから今日は私がお夕飯を作る事になったのだけれど、あなた達、何か食べたい物はあるかしら?」


 舞先輩はパジャマの上からエプロンを付けると、包丁を手に言った。


「だったら私、今日はガッツリお肉料理が食べたいで……」


「久美!」


 久美の話を遮るように俺は言った。


「今日は俺がコンビニで弁当奢ってやるから大丈夫だぞ」


「え? でも舞先輩が作ってくれるって」


「たまには先輩らしい事しないとだからな、遠慮しなくていいぞ。てな訳だから舞先輩、俺達今日、夕飯いらないから他のみんなと食べて下さい」


 なんとか後輩を守る事が出来た。そして自分も守れた、一石二鳥だ!


「まぁ、別に構わないはよ。でも、舞さんの料理がまた食べられるとは思わない事ね」


「あ、大丈夫です。それじゃ行くぞ久美」


「は、はい!」



「……あの、蓮先輩?」


「どうした?」


 俺はコーヒーの入ったカップを手に取り口に運んだ。


「コンビニに行くんじゃなかったんですか? ここってカフェですよね?」


「どうせならコンビニよりカフェの方が良いだろ? 好きなもん何でも頼んでいいから、どんどん注文しろよ」


 このカフェは俺の行きつけで、ミス・カフェインという名前だ。カフェとは言っているが、和食に中華、洋食まで大抵なんでも売っている。もはやレストランだ。


「先輩がいきなりカフェに行こうなんて言うからてっきり誘っているのかと思いましたよ」


「誘ったよ? カフェに」


「そう言う誘うじゃ無いです……。あ、あの定員さん注文したいんですけど」


 久美は奥にいる女性店員に向けて手を振りながら言った。机の上にあるベルが見えていないのだろうか。


「はい。今注文をうかがいますね。それで注文は……あ、蓮君じゃ無いですか。今日も私達に会いに来てくれたんですか?」


 俺達とそう年齢の変わらない女性店員は可愛いらしい笑顔で言った。


「蓮先輩、知り合いですか?」


「はい。蓮君は良くこの店に来てくれる常連さんなんですよ。それで注文は?」


 ちなみにこの店の店員は皆メイド服、それに高校生ほどの年齢だ。しかも、みんな女子だ。まぁつまり、普通なら行くのをためらいそうな店だ。


「先輩……」


「なんだ、タダで飯食えるだけ感謝しろよな。それにここ結構美味いんだぜ」


「ふぅーーん。じゃ店員さん、私このステーキ200グラムと……」


 俺は久美が注目をしている間にケータイに連絡が届いてないかの確認をした。すると、メールが一件だけ来ていた。


『Aランク2位エリカ


言われたように通り魔の調査を行いましたが、それらしき人物を見つけられませんでした。すみません。           』


 最後の望みが途絶えた。もう、こうなったらあとは運頼みだ。


 明日もまたアイツが商店街に現れるとは思えないし、もう一度見つけるのは難しいだろうな。


「……それとマルゲリータMサイズにクリーミードリア、あとサラダ二人分、それから……」


「おいおいおいおい。お前どんだけ注目してんだよ、馬鹿じゃねぇのそんな食える訳ねぇだろ!」


「ちゃんと食べられますよ! それに何でも頼んで良いって言ったの先輩ですよ?」


「まぁ言ったけどさ。食えなかった分は自腹だからな」


「大丈夫です! 今日は財布、持ってきてませんので」

 

 久美は親指を立てると、誇らしく言った。払えなくても、あとで請求するから問題ないけどな。


「そう言えば蓮先輩と日向先輩って、どういう関係なんですか? どうせだから聞いておきたいと思うんです」


「ああ、別にそんな面白い関係でも無いけどな。ただ中学が同じで、ちょっと仲が良い、いや知り合いってだけだよ」


「へーー。そうなんですね。あの中学の頃の日向さんって、どんな感じでした? やっぱり今みたいにしっかりしてたんですか?」


 しっかり? コイツは日向のどこを見てそう思ったんだ? ただ面倒くさいだけだろ。


「知らね。正直、あん時の事はあんまり覚えてないは」


「そうなんですか?」


「……ただ。昔の方が日向としては楽しかったかも知れないな」


「でも、蓮先輩は昔から変わってなさそうですね。いっつも周りに迷惑ばかりかけて、みんなを困らせてそう」


「まぁ、確かに俺は良くみんなを困らせたりしてるかもな。初対面の後輩にパンツ一丁で挨拶したりとか」


「もーー。あれは本当にびっくりしたんですからね! もう辞めてくださいよ」


 久美は少し恥ずかしそうに言うと、注文したオレンジジュースを飲んだ。コップを両手で持つ姿は実に可愛い。


「お客様、ご注文の品をお届けに来ました。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」


「ああ、ありがとう。じゃそこに置いておいて…… って、えぇぇぇええ⁉︎」


 俺は自身の目を疑った。4人ものメイド服を着たjk店員が手一杯に料理を持っていたのだ。まさか、久美のやつこれ全部注文したのか、いやまさかな……


「あれ? あとカルボナーラが足りないみたいなんですけど」


「これでまだ足りないのかよ! お前の胃袋どうなってんだよ。ブラックホールでも付いてんのか?」


「食べられる時に食べておかないと、次またいつ食べられるかわかりませんからね」


「まぁ、そうなんだけどさ……。8460円って俺コーヒーしか飲んでないんだけど。何、お前、明日死ぬの?」


「かも知れませんね」


 そんな怖い事を久美はいたって平然に言ってみせた。


「さすが蓮君ですね。可愛い後輩の為に、こんなに奢ってあげるなんてかっこいいです!」


「「流石ね」」


 店員達がそう言うと俺は分かりやすく照れた。まぁ、悪くないな。


「ま、まぁ……とりあえず食えるだけ食ってけ、今日は俺が全部支払ってやるから」


「先輩……。単純過ぎますよ。 ……ん? 先輩あれってもしかして……」


 久美はそう言うとガラス張りの壁を見つめ出した。俺は久美の視線の先を確認すると、誰かが外からこちらを見ていた。


「あれって日向先輩じゃないですか?」


 あ、終わった……



「いらっしゃいませ……」


 店員の言葉を無視するように一人の女子高生は、なんのためらいもなく真っ直ぐ、こちらへ向かって来た。


「ねぇ蓮。私、何も理解出来ないんだけど」


 日向は無言で俺の隣に座ると、そう話を切り出した。


「あ! そう言えばお前、今日部活どうしたんだよ。いつもなら部活やってる時間だろ?」


「それはこっちのセリフっよ!」


「痛って!」


 日向は俺の足を勢いよく踏みつけた。


「今日はたまたま早く部活が終わったの。それで蓮の部活の様子を見に行こうとしたの……そしたら、何あの真穂って女。蓮の部活仲間だって聞いたから、『今日蓮来てますか』って聞いたら『忙しいから、喋りかけないで』の一点張りで……。もう、話にならないの!」


 確かに真穂ならそう言いそうだな。なにせ、今の真穂は俺が休んだ分、働いてるから仕方ないんだよな。


「それでなんとか、粘って聞き続けたら『来てませんけど、何か?』って。 ……何もないはよ! こっちはそれが知りたかっただけよ。あーもーー、イライラするーー」


「た、大変だったんですね、舞先輩」


 久美はちょっと申し訳なさそうに言った。


「で、それは良いとして。蓮! わざわざ部活を休んで、ついでに私との約束も破っておいて、なんで久美ちゃんと二人でお食事なんてしてるのかしら」


 日向はそう言うと、人を見下すような目で俺を見つめた。正直、ぐうの音もでねぇ。


「まぁ、食事してるって言うか逃げて来たって言うかなんて言うか。その、ごめんなさい」


「ねぇその、ごめんなさいは何に対してのごめんなさいなの? 私、別に久美ちゃんと二人で食事してる事に怒ってるんじゃないんだけど」


 あーーもーー、こいつ面倒くさいな。日向は腕を組みながら、そう言うと少し怒り気味だった。


「全部だよ。今回に関しては完全に俺が悪かったから、それの謝罪だ」


「ふーーん。分かってるんなら良いんだけどさ。じゃ私も一緒に食べて良い?」


「っえ? 食べるって今から?」


「何? 迷惑にでもなるの?」


「いや別にそう言う訳じゃないけど」


「なら良いじゃない。あともちろんだけど、全部蓮の奢りだからね。良いはよね?」


 おいおい、勘弁してくれよ。こっちでら、久美の飯代だけで、もう精一杯なんだぞ。


「あの先輩……。こんなに頼んだ私が言える事じゃ無いんですけど、大丈夫ですか?」


「そこにある、レシート見てお前が驚かなかったら大丈夫だ」


 俺は肘を付き、手で顔を抑えた。誰が見ても絶望しているのが分かるようにな。


「それで、蓮明日はちゃんと部活行くの?」


「行くよ……。明日はちゃんと行くから心配するな」


「それなら良いんだけど、あの真穂って女には気を付けてね。私あの人の事、良く思ってないから」


「大丈夫。俺もあんまし良く思ってないから」


 久美は箸の手を止めると、まじまじと俺達を交互に見つめた。


「あの! 私はお似合いだと思いますよ?」


「ち、ちょっと急に何言ってるの久美ちゃん。私達、本当にそんなんじゃ……ちょっと蓮も財布ばっか見てないで何か言ってよ」


「お前がここ全部支払うんだったら考えなくもないぞ」


 俺は財布から諭吉を取り出すと、机の上に叩きつけるように置いた。諭吉……お前の事は忘れないからな。




「ねぇ。いつまで、そんな顔してるつもり? そろそろ昨日の成果について話したいんだけど」


 翌日。放課後、俺は真穂に連れられ部室にて作戦会議をしていた。


「とりあえず、諭吉が帰って来るまでかな……」


「何意味分かんない事言ってるの? まぁいいは、話だけでも聞いてて。昨日、残っていろいろ調べてみたんだけど、大輝って人どうやら先月からお母さんが行方不明になっているみたいなの」


「先月って、まだ冬休みの時か」


「ええ。それが、これとどう関係しているかは分からないけど、相当なストレスを抱えているのは確かね」


 真穂は大輝先輩の相関図が書かれたホワイトボードの前で腕を組んだ。俺はお利口にも席に座って話を聞いている。


「それで、これからどうするんだ? こんな事が分かっても、依頼が達成された訳じゃないだろ」


「そうね。本当なら昨日のうちに私が本人に事情聴取を行う予定だったんだけど、大輝さんが思っていた以上に早く帰ってしまったから出来なかったの」


 こいつ、危ないからやめろって言われてたのに、一人で行こうとしてたのかよ。


「だから、今から聞きに行きたいと……でも、もう遅いんじゃねぇか昨日みたいにもう帰ってるかもしれないぞ」


「そこは大丈夫よ。今、桃華さんに大輝さんの行動を監視してもらってるの。それによると今は校舎裏で一人、蹲っているそうよ」


「先輩に何やらせてるんだよ! そう言う危ない事は自分でやれよ」


「文句ばっか言ってないで、早く行くはよ。それに、危ない事は目上の人がやる。これ常識よ」


 非常識を常識と偽る真穂に呆れながらも、俺達は校舎裏へと走った。


「てか、話を聞いてそのあとはどうするんだよ。もちろんその後の作戦とかあるんだろうな?」


「無いはよ、そんなの。話の分かる相手なら、それで済むし、そうじゃ無かったら蓮が何とかしてくれるし」


「何とかって……結局、実力行使かよ! お前、昨日何してたんだよ本当」


 俺は廊下を走りながら、真穂にそう問い詰めた。


「仕方ないでしょ。私だって昨日あんな邪魔が入らなければ、もっといろいろと調べれたのよ」


 あんな邪魔って、もしかしなくても日向の事じゃねぇか。てか、日向も日向で真穂に迷惑かけてたんだな。


「確か、この辺にいるはずなんだけど…… っあ、いたはよ。桃華さーーん」


「しーーっ! 静かに来てって言ったでしょ? それにいつまで待たせるの!」


 校舎裏の壁に蹲るように隠れていた、桃華先輩は真穂に強く警告した。


「ご、ごめんなさい。蓮がなかなか動いてくれないから遅れてしまったは」


 こいつ、何でもかんでも俺のせいにしやがって、お前の説明が遅いからだろうが!


「で、その大輝先輩はどこにいるんですか? もう帰ってくれてたりしませんか?」


「大輝のやつならそこで、さっきから一歩も動かずに蹲ってるはよ」


 そう言われて、俺達は校舎の影からそっと顔を覗かせた。すると確かにそこには一人、蹲るように居座る男子生徒がいた。


「あれが大輝先輩か、なんか思ってたより普通なやつだな(ちょっと体がゴツい事を除けば)。てかあんな所で何やってるんだ?」


「きっと今まで自分がやってきた事に対して一人で反省してるのよ。今なら話し合いだけでどうにかなるかもしれない。蓮、行くはよ」


「ち、ちょっと待って! 行くって、まさかこのまま行くつもりなの? 私はここに残るはよ」


 桃華先輩は何かに怯えるようにそう言うと、奥の方へと下がった。ついでに俺も下がろうとしたが、真穂に見つかり失敗した。チキショウ!


 そして、俺と真穂は校舎裏で蹲る先輩のもとへと向かった。


「聞きなさい、そこの男子生徒!」


「ぁあ? なんだお前達?」


 真穂の言葉に反応を示した大輝先輩は、こちらを振り向くと鬼の様な形相で俺達を睨み付けた。


「私達は万部。今日はあなたの悩みをわざわざ聞いてあげに来たのよ。ほら、早くあなたの悩みを言いなさい」


「ちょ、お前なんでそんな上から目線なんだよ。もっといろんな言い方があっただろうが」


 俺はいきなり馬鹿な事を言い出した真穂を必死に注意した。こいつなら上手くやってくれると思った俺が馬鹿だった。


「テメェら、ぶん殴られたく無かったら早く失せろ」


 当然のごとく大輝先輩は激昂した。


「す、すみません。いきなり真穂が変な事、言っちゃって。俺達、本当は大輝先輩から少し話を聞きたいだけなんです」


「話? 何の話だよ」


「あなたが最近、学校で暴れてる事についてに決まってるでしょ。」


 俺達の話に割って入ってくるように真穂が話した。頼むから口だけは滑らせないでくれよ。


「チッ! お前らには関係ねぇだろうが、それに言ってもお前らには分かんねぇよ」


「言っても分からないなら、何も言わなくて良いですよ。ただ、学校で騒ぎを起こさないで欲しいだけです」


「俺だって好きでやってる訳じゃ……」


 大輝先輩はそう優しくつぶやくと、ゆっくりと腰を上げた。その表情はどこか寂しそうにも見えた。


「まぁ、そう言う事だから理由は何せ、もう学校で騒ぎを起こすのはやめる事ね」


「真穂、いちいち相手を刺激するような事言うなよな。お前、さっきからちょっと失礼だぞ」


 俺は真穂の態度が先輩の気に触る前に、なんとか真穂を静止させた。こいつ初対面の相手に対する態度がひど過ぎるんだよな。


「悪かったな騒ぎばっかり起こして。でも安心しろ、もうすぐ終わるからよ……」


 なんだよ、話せば意外と分かるやつじゃねぇか。俺は内心、少しほっとした。


「まぁ、なんて言うか、俺達も急に来て説教みたいな事してすみませんでした」


「いや、別にそんな気にしてねぇよ。それに少し感謝してるぐらいだぜ。俺とこんな正面から話をしてくれたのお前達ぐらいだぜ」


 先輩はそう言うと、僅かながら表情が穏やかになった。きっと相談できる人がいなくて、一人で悩んでいたのだろう。


「いや、そんな感謝されるほどの事じゃありませんよ。それに、もし何かあったら俺達にでも相談して下さい」


「ありがとうな」


 大輝先輩はそう言うと初めて笑みを浮かべた。それを見た真穂が突然、口を開いた。


「ほんと、もう騒ぎは起こさないでよ。あんまり暴れてるとお母さんが心配するはよ」


「……」


 先輩の顔から笑みが消えた。やりやがった、真穂のやつ先輩の前では禁句とも言える母親の話をしやがった。


「あ、あの先輩……」


「おい、テメェ今なんて言いやがった」


 先輩は俺の話を無視するように真穂に鋭い視線を送りながら言った。そして拳を強く握りしめた。やべぇ。


「な、何よ急に……」


「さがれ真穂!」


 俺がそう言うと先輩は、つかさず距離を詰め、不安定な叫びと同時に拳を振り上げた。その拳の矛先は真穂へと向けられていた。


「調子乗んな! クソがーー‼︎」


 真穂は恐怖のあまり体を動かす事すらできず、ただそこにぼーーっと立ち続けていた。


「え……」


 真穂がそう呟いた時、俺はすでに二人の間に割って入っていた。結局こうなるのか……


「ッ!」


 先輩は突然の事にハッと驚いた。しかし拳の矛先は自然と真穂から俺に変わっていた。


「悪い……」


 俺はそう言うと、向かってくる拳を片手で横に流した。俺は前のめりになると先輩を下から見上げた。


「テメェ……」


 先輩はそう言いながら俺を見下ろすが、不安定な姿勢で何も出来なかった。


 俺は踏み込むように片足を前に突き出す。本能的に戦闘モードに入った俺は我を忘れていた。


 気づけば、俺の拳は反射的に先輩の顔面を完璧に捉えていた。


 “バンッ“


「……あ、ぁぁあ、、、」


 久しぶりに人を殴った。先輩は殴られた衝撃で地面に倒れ込んだ。


「ちょっと蓮! な、何やってるの」


「いざって時にやれっつったのお前だろうが。それに助けてやったんだから、まず感謝しろよ」


 俺は殴った衝撃で痛めた拳を撫でながら、真穂に向かって言った。


「ハハッ……ッハハハハ! 痛ぇなおい。まったく……良い拳だ」


 先輩はなぜか笑いだした。そして体を起こし俺を褒めるような事を言った。


「悪くねぇ。初めてだぜ、俺にこんな堂々と拳を打ち込んだやつ。お前、名前は?」


「熊谷蓮です……」


「そうか、蓮か。気に入ったぜ。俺は寺田大輝だ、よろしくな」


 先輩はそう言うと、地面に座ったまま手を前に突き出した。


「頭がクラクラして、うまく立てねぇからちょっと手伝ってくれ」


「ああ、すみません」


 俺はそう言うと、突き出された手を握り先輩が、体を起こす手伝いをした。


「おお、ありがとうな」


「ッ! ……真穂。悪いんだけど先に帰っててくれないか。後は俺でどうにかするから」


「どうにかって、どうするつもりなのよ。私が無しじゃ……」


「いいからもう帰ってくれ、また口滑らされたらたまったもんじゃないからな。それに、こっからは男同士の話だ」


 俺は少し強い口調で、そう言うと真穂は不満げな顔で言った。


「何それ。まぁ別に良いんだけどさ、ちゃんと上手くやってよね。それじゃ私は他に依頼がないか見てくるは」


 真穂はそう言い残すと、来た道を戻るように部室へと帰って行った。


「チッ! やっと行きやがったなあの女」


「先輩。少し話しませんか? ここじゃあれですし、学校の外で」



「お前、ファッションセンス無さ過ぎだろ。流石にそのチョイスはねぇは。ハッハッ」


 俺はいつもの商店街で大輝と一緒に買い物を楽しんでいた。


「先輩知らないんですか? 今、短パンにヒョウ柄のシャツを着るのが流行りなんですよ?」


「なんだそれ。流行ってるのはお前の頭の中だけだろ。なぁ、俺はこれ買ってくるからちょっと待ってろよ」


「先輩も先輩で人の事言えないじゃないですか。なんですか、その金ピカなジャージ、いつ流行るんですかそれ」


「これから俺が流行らせるんだよ。見とけよ、明日には学校中の奴ら全員金ピカになってるからな」


 もし本当にそうなったら、それはそれで面白そうだな。


「なら流行りに出遅れる前に俺も一着買っておきますね。てか、本当に流行るんですかこれ」


「知らね……」


「「クッ、ハハッハハッ!」」


 大輝がそう言うと、俺達はあまりにくだらな過ぎる話に笑いを堪えられなかった。


「仕方ねぇな。俺が二着、買うから一つお前にやるよ。だからちゃんと明日、学校に来てこいよ。ハハッ」


「それは遠慮したいところですね」


 大輝は同じ金ピカジャージを二着手に取るとレジで支払いを済ませた。


「まいどあり」


「ほらっ! 一着やるからちゃんと着ろよ」


 俺に金ピカジャージを投げつけると、大輝はそう言い店を出た。


「今日はもうそろそろ帰るとするは。なんかいろいろありがとうな」


「なら、帰る前に最後に行きたいところがあるんですが、少しだけ行きませんか?」


 俺は帰ろうとする大輝を足止めするように提案を出した。大輝はいいぜとばかりに、その提案に乗り俺について来た。


「どうだ蓮。このジャージ案外似合ってるだろ? お前も着てみろ……よ」


「どうしました先輩」


 大輝は商店街の奥の方を見た途端、だんだんと声が薄らいでいった。視線の先にあったのは昨日、通り魔が出た事件現場だった。


 今はブルーシートなどで覆われており、中の様子を伺う事は出来ない状態になっていた。無論、立ち入り禁止だった。


「昨日、通り魔が現れたそうですよあそこ。それに死者もでたそうです」


「そうか……」


 大輝はどこか落ち着かない様子だった。当たり前の反応だろう。


「先輩、こっちです」


「ああ、悪りぃ。てか、今どこに向かってるんだ? そんなに遠くじゃ無いだろうな?」


 大輝は早く帰りたいのか、やたらとこれから行く場所について聞いてくる。しかし、俺は目的地をいっこうに答えようとしなかった。


「そう言えば、さっきは真穂が変なこと言ってすみませんでした。一応、俺からも謝っておきます」


「ハッ、なんだよ。今さらそんな事謝らなくても良いぜ。俺も少し短気なところがあるからな、急にお前の彼女を殴ろうとして悪かったよ」


 は?


「彼女って……。あいつはただの部活の仲間で、別にそんなんじゃないですけどね」


 俺達は話をしながら、商店街の裏通りへと入っていった。


「隠さんでも良いって、あれはどう見ても彼女を守る彼氏の姿だったぜ。あれで愛人関係じゃない方がおかしいぜ」


 どっちかと言えば、主従関係に近いと思うけどな。ボスを守る手下的な。


「じゃ俺達は変人ですね」


 裏通りをしばらく進むと、人気は無くなり奥に行くにつれ辺りは暗くなっていった。


「ちょっと暗過ぎねぇか? これじゃ、また通り魔が出たりしたら、アイツらみたいに殺されちゃうぜ。ハハッ」


 俺は途端に足を止めた。


「先輩、あとは一つ謝っておきたいんですが、あの時はケガさせてすみませんでした」


「あの時……って、ついさっきの事だろうが。それに殴られた事ならもう気にしなくて良いって言っただろ?」


 大輝は俺の言葉に余裕な笑みを浮かべながら答えた。俺には分からなかった、なんでこんな奴が……


「おい、どうしたんだよ。急に止まったと思ったら、今度は黙りかよ」


「その手首の傷、昨日は本当にすみませんでした……」


「は? お前、急に何言って…… ッ!」


 ……その瞬間、裏通りの壁が血飛沫で赤く染まった。大輝の胸には刃物で斬られたような深い傷。傷から流れる血が大輝の服を赤く染めた。


「何してんだよ…… お前……」


 大輝は唖然とした顔で俺に言った。頼むからそういう顔で俺を見ないでほしい。


 大輝の視線の先にいた俺の手は真っ赤に染まっていた。そして、その手には鋭く研がれたナイフが握られていた。


「先輩……いや、寺田大輝さん。これより、あなたを殲滅対象として ……排除します」


 人気のない真っ暗な空間に、俺の眼だけが紅く輝いていた。


「排除って……何だよ。どうして、どうしてだよ蓮。なんでこんな事するんだ、ッウ!」


 大輝は痛みに耐えきれず、胸の傷を抑えるようにして、少し前かがみになった。通り魔とは思えない発言だな。


「おい…… なんか言えよ。蓮!」


「黙れ……」


 確かな確信は無かった。しかし、それ以上に時間がなかった。


 俺は大輝の言葉を何一つ聞く事なく、距離を急激に詰めた。大輝の俺を見る目は、さっきとは比べ物にならないほどに絶望に満ち溢れていた。


「また、同じ手を喰らうと思うなよ!」


 大輝がそう俺に罵声を浴びせた時、俺のナイフはすでに大輝の胸を貫いていた。


「はぁ……。こ、こっの野郎ーー!」


 大輝は血管が浮き出るほどの形相で俺の顔目掛け拳を振るう。その表情にはさっきのような余裕は無くなっていた。


「先輩……。少しうるさいです」


 俺は向かってくる拳を軽々と掴むと、刺さっていたナイフを勢いよく抜きとった。傷口から流血する大輝の姿を見ながら、俺は追い討ちをかけるように蹴りを入れた。


 “ドンッ“


「クハッ!」


 大輝は後ろに倒れた反動で、壁に全身を強く打ちつけた。その衝撃で体をびくとも動かせなくなった大輝はゆっくりと口を開いた。


「頼む蓮……。もう許してくれよ…… せ、せっかく俺達、友達になれたと思ったのに……」


 大輝はそう言うと、頬を濡らした。その姿はまるで虎に襲われる小鹿のようだった。


 俺は壁を背もたれに寝そべる大輝の下へ近寄った。すでに大輝の周りには、大量の流血により血溜まりが出来ていた。


「先輩、最後に聞きます。なぜ、昨日この商店街であんな事をしたんですか」


 俺は目線を大輝と同じところまで下げると、問い詰めるように質問した。


「フッ……。分かったぞ、お前……あん時の奴か。クソ……通りで強い訳だ」


「質問に答えろ。何人殺した」


「……悪いな、殺した奴の顔なんていちいち覚えてねぇよ」


 大輝はハッキリとした口調でそう答えた。死を覚悟したのか、その顔には余裕すら見えた。


「そっか。覚えてないか……」


 俺は無惨な殺され方をしたヒメユリの死体を思い浮かべながら、そう呟いた。


「悪りぃな……蓮……」


 そして、それと同時に大輝と過ごした数時間程度の思い出が、脳裏をよぎった。何だろうな、この胸の奥を締め付けられるような感覚は……


 人間というのは卑怯な生き物だ。どんなに裏で残虐な事をしていたとしても、少しの優しさを見せられるだけで善人の様に見えてしまう。だから騙される……


 俺は大輝の着ているジャージを見ながらそう考えた。善人は悪人になる事は出来るが、再び善人に戻る事は出来ないのだ。


「先輩……いや大輝。お前、俺の事恨んでるか?」


「フッ……。当たり前だろうが……」


 大輝の声は、今にも死にそうなほどに弱々しくなっていた。


「なら、俺を一発殴れ。さっきから俺ばっかり殴ってたからな。最後ぐらいお前のパンチ喰らってやるよ」


「本当馬鹿だな、お前……フッフッ」


 大輝はしばらく俺を嘲笑うように見ると、拳をギュッと握りしめた。たしかに俺は馬鹿だ……


「歯食いしばれよ! この……やろぉ……」


 放たれた渾身の一撃は俺に擦りともせず、顔の横を通り過ぎて行った。そして大輝もまた、崩れるように静かに地面に倒れた。


 お前にそんな体力が残ってない事ぐらい、分かってたってのにな。俺はケータイを取り出すと、本部に依頼達成の連絡をした。


「アイリ……。おい聞こえてるなら返事ぐらいしろ」


「は、はい……。す、すみません」


「何今さらビビってんだよお前。もう何回も見てるんだからそろそろ慣れろよな。それで悪いんだが、救急車を呼んでくれないか」


「どうして救急車なんて呼ぶんですか? どうせ殺すつもりだったんじゃ……」


「良いから頼む。依頼の内容はコイツを戦闘不能にする事であって、殺す事じゃない。まぁ最悪、殺しても良いんだけどな。生きるか死ぬかはこいつ次第だ」


「分かりました。では連絡してきます!」


「おう。頼んだ」


 俺はケータイを閉じると、しばらく先輩を見下ろした。そして、倒れている先輩の右腕を掴むと、昨日俺がつけた腕の傷をじっと見つめた。


 俺は疑問だった。この傷は見る限り、かなり痛そうだった。なのに、なぜか先輩は俺を殴る時、決まって右腕を使っていた。左腕で殴る機会なら、いくらでもあったというのに一度も使うのをためらっていた。なぜだ……


「ッ! ……まさか」


 俺は掴んでいた右腕を離すと、大輝の左の袖を肘関節まで下ろした。……その瞬間、俺は背筋が凍った。


 何もかも、あの時と同じだ……。俺は歯を食いしばり、拳をギュッと握った。


「アイリ。今すぐに本部に繋いでくれ」


「本部にですか? でも依頼達成の報告ならさっき蓮くんやりましたよね?」


「いいから繋げ。さっきとは要件が違う。そに、これは俺が直接言わなくちゃいけない事だ」


 俺がそう言うとアイリは分かりました、とだけ言い本部に電話を繋いでくれた。電話のコールが鳴る度に、俺は3年前のあの大惨事を思い出す。無数の悲鳴が俺の脳内に鳴り響く。


「……はい。こちらガーディアン本部です」


 コールが鳴り止むと、若い女性の声がした。一見、機械のようにも思える声だが、俺はコイツが生身の人間である事を知っている。


「お名前と最新のランクを教えて下さい」


「Sランク一位、クローバー。緊急支援要請を頼みたい」


「ただ確認をいたします。しばらくお待ち下さい」


 すると、不気味な音楽が流れた。何度、聞いてもこの待ち時間に流れる音楽は好きになれない。


「……お待たせしました。確認が取れました。クローバー様のランクですと、レベル1から最大レベルの5まで選択が可能です。どの支援レベルを希望されますか?」


 緊急支援要請。それはガーディアンが他のガーディアンに助けを求める際に使うものだ。以前、ヒメユリが俺に頼み込みにきた物とは違い、これには強制力がある。


 支援レベルが上がれば上がるほど、要請出来るガーディアンの数が増える。そして、自身のランクが高ければ高いほど要請できる支援レベルがふえる。支援レベル5というのはSランク一位にのみ許される、最大の権限だ。


「クローバー様? どの支援レベルを発令いたします……」


「レベル5だ……。発令理由は……ウィザーの出現だ」


「承知いたしました。緊急支援要請レベル5の発令にともない、これより全世界にいる活動可能なガーディアンを全員、日本へと向かわせます。期限は無期限です」


 女はそう言い残すと、電話を切った。ケータイには見た事の無い、真っ赤なメールが送られていた。


『(緊急連絡)ガーディアン本部から連絡


 日本時間17時54分。Sランク一位クローバーの権限により、緊急支援要請レベル5が発令されました。


 全ガーディアンは遂行中の依頼を一時放棄し、日本へ向かえ。移動期間は2週間とする。


 発令理由。ウィザーの出現を確認。


 ガーディアンは日本へ到着しだい、次の指示があるまで待機するように。なお、日本で依頼された仕事に関しては行う事を許可する。


 以上、本部から全ガーディアンへの報告を終了します。            』  


 俺はケータイをしまうと、倒れている大輝の左腕に再び目を通した。その時、俺の目に止まったのは、左腕に黒く刻まれた顔のような焼印の跡だった。

 

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