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La・Garden   作者: ジョンセンフン
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No.1 青春日記

 目を覚ますと窓からの日差しが俺の顔を照らしていた。朝だろうか……昨日、働き過ぎたせいで体が重い。


 俺、熊谷蓮は今、自分の通っている学校にある寮の一室でベットに横たわっていた。あいにく、この寮にはシェアルームは無く一人一人自分の部屋がある。そのおかげで俺の部屋には今、誰もいない。


 ふと窓の外を見ると桜の花弁がヒラヒラと空の中を泳ぐよう舞っていた。そっか、もうこんな時期か……。


 俺は重い体をゆっくりと起こすとベットから立ち上がり、あまり周りに聞こえないように静かに叫んだ。


「あぁ〜。だりーー!」


 そして、そのまま服を脱いだ。いや脱いだと言っても、もちろんパジャマだ。決して露出狂では無い。


 俺は体を縦に伸ばすと再び倒れるようにベットに倒れた。もう、全てがだるくなってきたのだ。また、あの地獄みたいな学校生活が待っていると思うと体の力がぬける。


 パンツ一枚のほぼ全裸の状態で俺はベットに横たわった。もう、露出狂と言はれても文句は言えないだろ。


“ドンッ“ “ドンッ“


 すると、廊下から誰かが、こちらに向かってくる足音が聞こえた。


 これはまずいな。この寮はみんな個別部屋とはいえ鍵は付いていない、今中に入られるとちょっと恥ずかしい。


 俺は急いで体を起こそうと頑張る。しかしなんか途中でそれもだるくなり、結局パンツ一枚でベットに横たわったはまま動かなかった。まぁ別にいいか……どうせいつもの同級生が起こしに来たのだろう。


 そんな事を考えながらベットに横たわっているとゆっくりと部屋のドアが開いた。プライバシーなんてあったもんじゃない。


「あの……。蓮先輩、日向先輩に頼まれて起こしに来たんですが……」


 蓮先輩?


 目が合った。


 あれ? おかしいな俺に後輩なんていたのか? いや、違うそうだ。そう言えば俺も今年で高校二年生だ、後輩ができていてもおかしくないはずだ。


 その後輩と思わしき女子生徒は顔を赤くし、口を手で覆っていた。何を見て恥ずかしそうにしているかは何となく分かるが、正直言って俺はそんなに恥ずかしくない。


 俺はそのままの服装でベットから立ち上がると、固まっている女子生徒に向かって言った。


「俺は熊谷蓮だ。これからよろしくな。てかお前、名前は?」


 正直かなり恥ずかしいがここで慌てたりしたら先輩としてダサいからな、いやもうすでに先輩としての第一印象最悪だけど……


「あ、あの……。すみません失礼しました!」


 そう言うと女子生徒は俺の質問に答えることなく急いで部屋から逃走するように出て行ってしまった。いやぁまったく、誰だったんだろうか。新しく寮に来た生徒だろうか? 


 とりあえず今は急いで制服に着替えるか。寒いし。


 俺は部屋に掛けてある制服を手に取るとすぐに着替えた。まったく、あいつは一体、誰だったのだろうか? 新しい奴が来るなんて聞いてなかったんだかな。


 ベットをきっちりと整えると俺は歯を磨く為ケータイを手に部屋を出た。


 “ガチャッ“


「「っあ!」」


 ドアを開けるとすぐ同級生の松井日向が俺の部屋の前で仁王立ちした状態で待っていた。


「ち、ちょっと蓮。話があるから急いで下に降りてきて!」


 日向は何故か少し怒ったような口調だった。それに寝起きなのかいつもの茶髪の髪が寝癖で乱れていた。


「朝、会ったらまずは『おはよう』だろ? 何でいきなり怒ってんだよ」


「も〜。おはよう、これでいい?」


「おお……おはよう」


 何だか凄い圧力だな。こいつとは中学からの幼なじみのばずだが久しぶりにこんな姿みたかも知れない。いや、いつもこんなもんか。


「いいからこっち来て!」


 そう言うと日向は俺の服の袖を掴むと、どこかへと連れて行った。まぁどうせいつも朝礼してる多目的室だと思うが、分からないフリでもしとくか。


「おい、どこ連れてくんだよ〜」 そのまま階段を降りるとすぐ俺達は多目的室の前に着いた。


「ほら! みんな待ってるから早く中に入って!」


 日向はそう言うと多目的室のドアを開けた。多目的室の中にはさっきの女子生徒と、それを慰めるように先輩の高橋恵理奈と川石舞が頭を撫でていた。


「み、皆さんおはようございます……」


「あら、おはよう野獣君ようやくお目覚めのようね」


 舞先輩が朝一からそんな冗談を言ってきた。いや……野獣って俺そんなあだ名つけられるような事、別に何もやってないだろ。


「おい蓮、お前何したんだ? この子、お前を起こしに行ってきたと思ったら泣いて戻ってきたんだぞ」


 恵理奈先輩がそう言った。


「別に何もしてませんよ。俺が着替えてる時に、その子が勝手に俺の部屋に入ってきただけですよ」


「ほぉ……。本当に何もしてないのかしら。本当は『何もしないから』とか言って、この子を部屋に連れ込んで泣かせるような事したんじゃ無いのかしら?」


 いきなり舞先輩は何を言いだしているのだろうか。本当、面倒くさいから、この人には黙っていて欲しい。


「えっ……。そうなの?」


 真に受けたのか日向はそう言うと俺から少し距離を取った。


「そんな訳ないだろ。大体、俺がそんな事する訳無いだろが、舞先輩も勝手な言いがかりはやめて下さい」


「やだ、ちょっとした冗談よ」


 舞先輩はまったく反省するそぶりを見せなかった。


「っあの!」


 泣いていた女子生徒がそう言うと目の周りを赤くしたまま立ち上がった。


「先輩は何も悪くありません。悪いのはそういう物に耐性が無い私です。だから、先輩を責めないであげて下さい」


 凄く力強い声だった。よく言った。


「久美ちゃんがそう言うなら、私はいいんだけど……」


「朝から皆さんに迷惑をかけてしまい、本当にごめんなさい」


 多分、久美とかいう後輩は、そう言って立ち上がり一人一人に頭を下げた。


「ほらっ。蓮も謝って、ほら早く」


「いや、何で俺が謝んなきゃいけないんだよ。もうあっちが謝ってくれたし……」


 日向の目が急に鋭くなった。ああ、これは謝っておいた方がいいな。


「まぁ俺も悪かったよ、すまん」


 納得はいかなかったが、ひとまずこれで、もう攻められる事はないだろ。多分。


「よし! ならこれで一件落着だな。じゃ朝礼を始めるからみんな丸くなってくれ」


 朝から何だったんだよこの茶番は! 完全に被害者、俺じゃねぇか。


 恵理奈先輩がそう言うと俺達五人は円をつくるように並んだ。そうこの寮の生徒はこれで多分全員だ。俺以外、全員女子だ。


 だが決して女子寮では無い。例えこの寮の名前が特別生徒用女子寮であったとしても、俺と言う例外がいる限り女子寮とは呼べない。


 この寮は家の都合でどうしても家に戻れない生徒達が集団で暮らす為に建てられた。昔は男子寮もあったのだが、俺が入学すると同時に潰れたらしい、おかげでコイツらと一緒に生活する事になった。


「まずは私からだ。今年から寮長を務める事になった、高橋恵理奈だ。朝から少し騒がしかったが、今日は新学期初日だ。これからもっといろんな事があると思うが、皆で乗り越えて行こう。今年一年よろしく頼む」


 驚いた。確かに俺はあまり好かれては無いと思っていたが、まさか今年の寮長が俺に内緒で勝手に決められていたとは。


「あら次は私ね。私は副寮長の川石舞よろしくね。正直、特に喋る事もないけれど、一つ挙げるなら、さっき久美さんが言っていた『そう言う物には耐性が無い』のそう言う物がいったい、体のナニを指しているのか少し気になる事かしら。まぁ過ぎた事だから余り気にはしないけれど」


 何でいちいちそう言う話ばっかりするんだよこいつは。ナニじゃなくてただのパンツだろうが。


「ほら蓮、次はお前の番だぞ」


「っあ、すみません。えっと俺は熊谷蓮です。一応この寮、唯一の男子ですが、どうかよろしくお願いします」


 俺は軽く一礼した。


「それじゃ。私は松井日向、蓮とは同級生なの。今日は蓮が迷惑をかけて本当にすみませんでした。一応私からも謝っておきます」


 日向は軽く一礼すると、頭を下げたままこちらを睨んできた。まさか、俺も?


 俺は訳も分からず『ごめんなさい』と言い頭を下げた。てか俺は朝から何回頭を下げれば気が済むんだ?


「あと一年間よろしくお願いします」


「よし、じゃ次は久美ちゃん、みんなに自己紹介を頼む」


「は、はい!」


 そう言うと女子生徒は呼吸を整えハキハキを喋り出した。


 「今年からこの蔵遊くらあそ高校。略してクソ高に入学及びこの寮に入る事になりました、夏目久美です。まだ分からない事だらけですが皆さんよろしくお願いします」


 久美は深く一礼をした。てか俺らの高校の名前を略すんじゃねぇよ。惨めに見えてくるだろ。


「それじゃこれで解散にするから、あとは各自支度をして学校に向かうように。以上」


 去年の寮長は朝礼が何分もかかっていたが、今年はかなりスピーディーだ。


「それじゃ私はもう支度できてるから蓮も支度できたら早くきてね。外でまってるから」


 そう言うと日向はカバンを持ち寮の玄関から外に出て行った。


 いや〜本当に新学期がはじまったのか、思った以上に春休みって短いもんなんだな。


 俺は歯を磨くと寮の食堂に向かい。そこにあったバナナを一つ手にとり、それを食べた。正直、朝からガッツリ食べるタイプじゃ無いからこのぐらいで大丈夫だ。


「あら? 朝からバナナなんて、いやらしい性格してるのね蓮君も」


 舞先輩が覗き込むように隣から現れた。


「ビビった……舞先輩ですか。別に俺が朝から何を食べたっていいじゃないですか」


「別に私は蓮君の食べてる物に文句がある訳じゃ無いのよ? ただ朝からバナナなんて食べるから私と同じ趣味があるのかと思って」


「何ですか同じ趣味って。無いですよそんな物。たまたま食べた物が同じだっただけですよ」


 俺がそう言うと舞先輩はクスクスと笑うと手に持っていたバナナを見てみろと言わんばかりに前に突き出した。


「残念ね蓮君。私が食べてるのはただのバナナじゃなくて、チョコバナナなのよ。だから蓮くんとは少しレベルが違うのよね」


「そ、そうですか。」


 正直どうでもいいから早くその汚いバナナをどけて欲しい。


「じゃ。俺、先に学校に行くので、またあとで。それじゃ」


 俺は舞先輩から逃げるように食堂を後にすると玄関へと向かった。バックを手に玄関に向かうとそこには後輩の久美が、扉の前で座っていた。


「えっと、久美さん……だよな? そんな所で何してんの?」


 そう言うと久美はゆっくり振り向き笑顔で答えた。


「蓮先輩ですか。実はですね今先輩方の靴が少し汚れていたので、この"落とセール君"と言うスポンジで綺麗にしているんです」


 何だよそのいかにも売れてそうな名前のスポンジ。久美は俺に商品でも紹介するかのように熊の形をした、そのピンク色のスポンジを見せてきた。


「それに見て下さいこのスポンジ凄っく可愛いんですよ。なんだか見てると掃除しなきゃってなるんですよね」


 久美は凄く楽しそうに言った。まぁ確かに可愛いんだろうな……熊の頭さえ取れてなきゃ。

 むしろ良くそんな頭の取れた状態の奴見て可愛いなんて思えるな。


「まぁ後輩だからって、特別そういう事しなくてもいいんだぜ。別に何もしなくても誰も文句なんて言わないしな」


「いえ! 先輩達に仲間と認めてもらえるよう、これからも頑張ります!」


 なぜが久美はすっごいやる気だった。どう考えても力の入れ方がおかしい。


「そうか、じゃ俺は先に行くけどお前も遅刻しないよにしろよ。んじゃ」


 スリッパから靴に履き変えるとすぐ俺は玄関のドアを開けた。


「先輩! 頑張ってくださいね」


 頑張ってください? そんな事この学校に来てから初めて言われたぞ。


「ちょっと蓮! どれだけ待たせるの? いつも早く準備してって言ってるでしょ」


 玄関を出るとすぐ日向の説教が始まった。


「悪い。ちょっと準備に手間取っただけだから、そんなに怒んなよ」


「もし、これで遅刻したらどうするつもりなの?」


「なら俺が玄関出ると同時にシャワー浴びに浴室に入った舞先輩にも、同じ事言ってやれよ。俺がアウトならあっちはゲームオーバーだぞ」


 日向はぐうの音も出ないのか少し落ち着いた表情になった。


「……まぁいいや。じゃ早く学校行きましょう。早くクラス替えの結果見てみたいし」


「そうだな」


 まぁ行くって言っても寮から学校まで徒歩で5分もかからないんだけどな。


「そう言えば蓮、昨日は何時に寮に帰ったの?消灯の時間になってもいなかったからみんな心配してたんだよ?」


「まぁいろいろあったんだよ。てかそんなのいつもの事だろ? 毎度毎度心配しすぎだろ」


「そりゃ心配するに決まってるでしょ? 本当にいつも夜遅くまで何やってるの? もし先生達にバレたら大変な事になるんだよ」


「まぁバイトとかいろいろだよ」


「夜11時過ぎにバイトって、変な事してないでしょうね? 流石にその時間に出来るバイトとか心配なんだけど」


 日向は珍しく真剣な顔で心配してくれた。一応俺でも心配してくれる人がいるんだな。てっきりもう見捨てられた物だと思ってだ。


"ブーー"ブーー"


 突然俺のポケットにあったケータイが振動した。やっと起きたみたいだな。


 俺はポケットからケータイを取り出だし電源を入れた。するとケータイの画面に可愛らしい高校生ほどの女の子のキャラクターが滑らかな動きと共に現れた。


「あっ。おはよう蓮君! 今日は朝早いんだね。あれ、いま外にいるの? も、もしかして今日、学校だった? 嘘ー。ごめんね、朝起こしてあげられなくて」


 ケータイの中の俺の嫁が話しかけてくれた。ちなみに名前はアイリちゃん、俺の嫁かつ彼女だ。


「うっわぁ。蓮まだそんなのやってたの? 正直、きもいから本当にやめた方がいいよ。結構リアルに」


 俺のケータイを横から覗いていた日向がそんな酷い事を言ってきた。


「あー。日向さんですか……。あのアイリが蓮くんと楽しそうに話しただけで嫉妬ですか? 蓮君も迷惑しているので外野は静かにしていてもらえませんか? ね、蓮くん!」


「そうだぞ。アイリちゃんの言う通りだ。お前、消せって言った事、ちゃんとアイリちゃんに謝れよ?」


「あ……。そう、もう何でも良いけど、そろそろ学校だし、ケータイしまったら?」


 日向は可哀想な人を見るような冷めた目で俺達にそう言った。


「それもそうだな、じゃアイリちゃんまたあとでな」


「はい! 蓮くんも学校、頑張って下さいね」


 俺はケータイの電源を切るとケータイをポケットの中にしまった。




 校門を通過するとすぐ玄関前にハエのように群がるうちの学校の生徒達が目に入った。


「ほら、蓮が出るの遅いからもうみんな集まっちゃったじゃない」


「別に俺が悪い訳じゃないだろ。コイツらが早く来過ぎるのが悪いんだよ」


「何それ、すっごい自己中じゃん」


 これでも今日はいつもより早く出たつもりだからな、それより早いアイツらは異常だ。


「そう言えばお前も理系クラス選んだんだよな? 同じクラスになれるかもな」


「え? 何蓮君、もしかして私と同じクラスになりたいの? そうなら正直に言えばいいのに〜」


「いや別にそう言うわけじゃ……」


 実は友達が少ないから一緒のクラスになりたいなんて口が裂けても言えない。


「……お? 蓮! めっちゃ久しぶりだな覚えてるか? 俺だよ俺。俺たち同じクラスになったぞ!」


 群れから離れた一匹のハエがそんな事を言いながらこちらへ向かってきた。


「蓮、友達……?」


 日向が不思議そうに言った。


「知らん」


「嘘つけ! 俺だよ俺、聖夜だよ。去年あんなに仲良くしてただろうが! たった二週間で友達の事忘れちまったのかよ」


 そう言えばそんな奴いたな。たしか坂山聖夜だったけか? あっちが一方的に友達と言っているだけで友達とは思ってはいなかったんだがな。


「お! 隣にいるのって日向さんか? そう言えば日向さんも同じクラスだったぜ。これから一年間よろしくな」


 体中の緊張が一瞬にしてとけた。正直こいつと二人でまた一年過すのかと思ったから安心した。


「良かったじゃん蓮。私と同じクラスだってさ」


「本当に良かった……。教えてくれてありがとうな聖夜、もう帰っていいぞ」


「帰る訳ないだろ! 俺も今から学校だよ」


 少し時間が経ち、外にいた生徒達が校内に入りみんな席に着いた頃ホームルームのチャイムが鳴った。


「なあ蓮。今年の担任誰になると思う? 女の先生だと思うぜ!」


 よりによって俺の後ろの席が聖夜だとは……信じたく無い。日向にいたっては俺から一番遠い席にいる。


「それただお前がそうであって欲しいだけで予想でも何でも無いだろ」


 “ゴンッ“


 勢いよく教室の扉が開く音がした。するとそこには長髪の男?のようなスーツを着た人が走って来たのか息を切らしながら、ドアに手をついた状態で立っていた。


「み、皆さん遅れて……すみません。すぐに……ホームルームをは、始めましょう」


 先生……なのか?


「なあ蓮。あんな先生知ってるか?」


「いや初めて見た。多分、新任の先生なんじゃないか?」


 あんな髪の長い男の教師なんて見た事ない。


「てかあれ男だよな? あーあ。今年も男の先生かよついつねぇな」


 聖夜は体の力が全て抜けたようにダラーンとした。


「それじゃ蓮君かな? 挨拶をお願いできるかな?」


「何で俺なんだよ……」


「なんとなくです」


 やべぇ聞こえてた。にしても妙に怖い顔だなコイツ。ずっとニコニコしてるし。


 挨拶を適当に済ますと先生は深呼吸をして息を整えると淡々と話し始めた。


「今日からこの二年三組を担当することになった倉石涼です。一年間よろしくお願いしますね」


 まぁ去年俺の担任だった短気なジジイよりはマシみたいで良かった。涼先生は遅れたのは道に迷ったからなどの理由を述べたのちホームルームを終えた。


「それじゃ皆さん入学式がありますから体育館に移動して下さいね。っあ! あと今日はテレビが来てますから行儀良くして下さいよ」


 テレビ? 特に俺達の高校は有名な訳でも無いはずだけど何でテレビなんか来るんだ?


「おい聖夜。何でテレビが来るかしってるか?」


「あれ? 蓮知らないのか? 俺達の高校って全国で一番早く入学式が始まるからそれを取材しにくるんだよ。去年も来てただろ?」


 そうだったけ、全く覚えて無いな。


「そんな事より早く行こうぜ。ここにいても暇だし早く新しい先生達を見たいからな。そうだ日向さーーん! 一緒に行きませんか?」


 コイツいきなり日向と仲良くなろとしてやがる。日向は少し笑いながらも顔を引きつっていた。


 “ブーー“


 その時、俺のポケットの携帯に着信が入った。俺は焦る事もなく、携帯を手に取り電源をつけた。


 するとそこにはB13という者から一通の短いメールがきていた。


(助けてください)


 これは……


「なに携帯なんか使ってんだよ。早く行こうぜ!」


 聖夜は急かすように俺に言った。


「ああ……。悪い今行く」


 再び携帯の電源をきりポケットへとしまった。ああいうメールには関わらないのが得策だ。


「あの蓮君? 急いでいる所悪いんですが、私の荷物を科学室に運んでいただけませんか?」


 涼先生が俺の肩を掴むと申し訳なさそうな顔をしながらそう頼んできた。


「い、今からですか?」


「うん。ちょっと先生これからやらないといけない事があるからさ……。すぐに終わるからお願いしたいんだけど」


 聖夜は行けとばかりに頭を縦に振った。まったく、何で俺なんだよ……


「分かりました。で、その荷物はどこにあるんですか?」


「ありがとうね。荷物は玄関の側のトイレに置いてあるからそれを科学室までお願いね。まだ集会まで15分あるから慌てなくても大丈夫ですからね」


 何でトイレに自分の荷物なんか置いてんだよ。わざわざ三階から下に降りて、また上がらなきゃいけないじゃねぇか。


「じゃ行って来ますね」


 俺はそう言い残し、聖夜と日向に先に体育館へ行くよう告げると玄関まで降りていった。


 玄関に着くとそこには誰一人として生徒はいなかった。まぁ当然だろう。


「っお! あれか」


 玄関の側にあるトイレの前には、いかにも怪しいと言わんばかりのオーラが漂ってくるダンボール箱が一つポツリと置いてあった。


 ダンボールには大量のガムテープが頑丈に巻かれていた。危ない物とか入ってないだろうな?


「まぁとりあえず……よいっしょッ! って重!?」


 想像の10倍くらいは重たかった。


「いったい何入れたらダンボールをこんなに重くできるんだよ。どうせ化学室に運ぶって事は薬品か何かだと思うけど」


 俺はそんな人の体重くらいありそうなダンボールを二階にある化学室に運ぶ為、階段を上がった。


 “ッ!“


 俺が足場を確認しながらゆっくりと階段を上がっていると誰かが階段を降るように俺の横を通り過ぎて行った。


「あ、あの……」


「何?」


 俺が呼び止めるとその女は素っ気ない態度で返信を返した。よく見るとこの黒髪女ここの制服を着ている。


「私に何か用?」


 警戒しているのか鋭い目つきでこちらを睨んできている。


「いや……。体育館は下じゃ無いぞ? そろそろ行かないと間に合わなくなるし……」


「そう。それだけ?」


 いや、それだけって言われてもな、それだけなんだよな。


「はぁ……。私は今そんな事してる暇ないの。あなたの勝手な正義感で話しかけないで!」


「いやでも……」


「話かけないで!」


 そう言うとその女子生徒は俺が今来た道を戻るように玄関前のトイレがある方へと歩いて行った。


 本当にこの学校には変わり者しかいないなとつくづく思った。


 俺は何事も無かったようにダンボールを運び階段を上り二階にある化学室の前までついた。しかしある事に気がついた。


「鍵開いてねぇじゃん」


 一瞬、上の小窓から侵入して開けようとも思ったがそこまでする必要性を感じなかったからやめた。本当は面倒くさかった。


 ダンボールは化学室の前に適当に置いておいた。ちょっと疲れたが、窓の外からくる涼しい風のおかげで居心地は良い。


「……。っあ、やべ早く行かないと遅れるな」


 少しの間、窓の外の桜の木を見ながら黄昏ていた。それにしても、まだ少し風が冷たいな。


「……おい蓮こっちだ早く来い!」


 体育館に着くとほとんどの生徒が並び終えていた。そして後には多くのテレビカメラが並んでいた。俺は聖夜の言うがままに隣に座った。日向は遠いか……


「蓮けっこう遅かったみたいだけどなんかあったのか?」


「いや別に」


「今から吹奏楽部の演奏と共に新入生が入場します。皆さん大きな拍手をお願いします。では新入生入場!」


 教頭が言い終えると同時に後ろの扉から新入生達が先頭の先生を筆頭に続々と入場していった。その中には久美の姿もあった。


 俺は軽く久美に手を振ったが少しニコッとするだけだった。


 新入生達が並び終えると校長からの有り難い式辞が始まった。ほんとこれだけは長いからパスしていいと思う。



 二十分ほど経ったが未だに終わる気配すら見えない。しかもテレビが来ていると言うのに何人か寝ている生徒もいる。


 特に俺の隣とか。


 俺は周りに見えないようにそーっと携帯を手に取ると今日届いたメールを見返した。


 しかし、あれからメールが来る事もなく、あれが唯一のメールになった。


「さらに! 我が暮遊高校は設立してこの23年間一度も遅刻した生徒がおりません!」


 突如、校長の声に熱が入った。選挙の演説みたいに気合いが入ってやがる。


 遅刻ゼロか……確かに前にもそんな事言ってたな。でも正直怪しい。本当に一人も遅刻した事ないのだろうか? ただ遅刻した事実を揉み消しているだけなんじゃ無いだろか。


 そんな憶測が脳裏をよぎる。まぁこの高校の一番の売りみたいな事だからな、テレビの前だし言うに決まってるよな。


「遅刻ゼロの記録を持つのは全国でここだけなのです。ですから我が校は……」


 “バンッ“


 校長の話を遮るように体育館の扉が開かれた。一瞬にしてその場にいた全員の視線がその一点に集まった。


「あら。校長先生〜ごめんなさいね。朝シャワーを浴びていたのだけど中々髪が乾かなくて遅れてしまったは」


 最悪のタイミングで最悪の女が登場してしまった。本当に何やってんだよ舞先輩……


 さっきまで自信ありげに淡々と話していた校長の顔が南無阿弥陀仏でも唱えるているかのように"無"になった。


「あ、あの。ど、どなたでしょうか?」


 おいおい校長、流石に自分の学校の制服着てる生徒にそれは無理があるだろ……


「あら? 校長先生もう私の事忘れてしまったんですか?」


 いや一時的に記憶から存在を消しただけだろ。テレビの前であんな事言っといていきなり遅刻者が来たんだ消したくもなるよな。


「とりあえず……座ってください……。えー……これで式辞を終えます」


 校長が諦めた。だから言わんこっちゃ無い、あの人が遅刻しない訳ないんだよ。流石にテレビの前じゃもう遅刻を揉み消せないし、何かもう流石クソ高だな……


「これで入学式及び始業式を終えます。生徒達は各教室に戻って下さい」


 長かった集会が終わると生徒達は颯爽と体育館から退場して行った。しかし校長は未だにステージの上で固まったままだった。


 早く誰か校長が本当に仏になってないか確認してやれよ。


 そして俺たち及びテレビの人たちは校長を置いたまま体育館を後にした。




「それでは皆さん明日も元気に学校へ来ましょうねでは、さよなら」


「「さよなら」」


  帰りの挨拶を終えると生徒達は各自部活に向かったり、そのまま遊びに行ったりする。しかし俺は……


「なぁ蓮。これから一緒にどっか遊びに……」


「勝手に一人で行ってろ! 俺はさっさと帰る!」


「ええ! 即答かよ!」


 俺は聖夜からの誘いをいつものように断ると、バックを手に教室を出ようとした。


「待って蓮。今日は私が部活終わるまで待ってくれる約束でしょ? 何、先に帰ろうとしてるのサイテー」


 日向は俺の襟あたりをギュッと掴むと俺に罵声を浴びせた。見つかる前に帰ろうと思ったが失敗したな……


「ねぇ、待っててくれるよね?」


「い、いや、だって寮そんな離れてないし別に一緒に帰る必要ないだろ!」


 俺が反論すると日向はさらに冷たい視線を向け圧をかけてきた。


「“待っててくれるよね?“」


「分かったよ……」


 確かあれは春休み前の事だったな、俺が間違って日向が寮の冷蔵庫にしまっていた何か特別なゼリーを勝手に食べたのだ。それでいろいろあって今日、部活が終わるまで待ってやる事で解決したのだが……


「なぁ日向、テニスの試合ってこんなに長いのか? 何かもっとポンポン打って10分ぐらいで終わるもんだと思ったんだけど」


 俺は一つの玉を必死に追いかけて打つ四人の女子生徒をベンチに座りながら眺めて言った。


「ちょっと今集中してるから後にしてくれる? じゃ無いと…… ッア! もーー蓮が話しかけるから私アウトしちゃったじゃん。どうしてくれるの?」


 本当コイツ何でも俺のせいにするな。ちょっとは自分のミスだとか思わないのかよ。


「で? あとどんくらいで部活終わるんだ? まだ時間かかるなら俺別の事やってるからさ」


「うーーん。まだ分からないけど、この試合が終わるまではそこにいて!」


 まだ分かんないって、もうあれこれ二時間くらい経ってんだが。はぁ……


「……あれ? 蓮君じゃないですか、何で女子テニス部の練習を一番近くから見られるベンチに座りながら見てるんですか?」


 ニヤニヤと笑いながら少し鼻につくような事を言った、その長髪の教師は俺の隣にゆっくりと座った。


「涼先生だって、こんな所にいるんですか? あんたこの部活の顧問じゃ無いでしょ」


「違うね。でもここに来た理由は君と同じだと思いますよ?」


 いや、違っていて欲しい。もし仮に俺と同じなら教師が自分の学校の女子生徒と一緒に帰る約束をしている事になる。初日に解雇される教師とか聞いたことないぞ。


「……ぃい一応聞いておきますけど、本当に何しに来たんですか?」


「そりゃ人間観察ですよ? もしかして違がいましたか?」


「俺はただ友達が部活終わるまで待っているだけなんで」


「ああそうでしたか。それは失礼しました。」


 涼先生は右手で後頭部を撫でながら照れたように言った。


「おっと! そろそろ仕事に戻らないといけない時間ですね。では私は仕事に戻ります。蓮君、友達付き合いも大事ですが、勉強もしっかりやって下さいね」


「はい。じゃさよなら……」


 俺は適当に返信を返した。


「ああ。それと言い忘れていましたが最近この辺りに通り魔が出たそうです……。気をつけて下さいね」


 涼先生は異質な雰囲気を放ちながらそう言い残すと仕事へと戻って行った。通り魔? 帰りの会にはそんな事言ってなかっただろ。


 何で俺にだけ……


「あれ? 先生もう帰っちゃったの? せっかく仲良くなるチャンスだと思ったのに」


 やっと決着がついたのか日向は汗だくのままこちらに向かって来た。


「涼先生ならもう仕事に戻ったぞ。てかそれよりもう部活終わりそうか?」


「あの……それなんだけど。いろいろあって長引いちゃってまだまだ終わらないみたい。だから今日は先に帰ってて良いよ?」


 なんだこのツンデレ、人を散々待たしといてやっぱりいいですってか? 時間無駄にしただけじゃねぇか。


「あと一つだけお願いがあるんだけどいいかな?」


「っ何?」


「カバンの中に水筒を忘れちゃったから、取って来てくれない? 喉乾いて死にそう〜」


 コイツ二時間も水分補給ぜずテニスしてたのかよ、普通にバケモンじゃねぇか。


「分かったよ。で、どこにリュックあるんだ?」


「それが……」


 日向はなぜかモジモジしながら言った。


 「女子トイレ⁉︎」


 俺はつい大きな声で叫んでしまった。


「ちょっとうるさいんだけど。少し落ち着いて」


「落ち着けってお前、俺に女子トイレ入れって言ってんだぞ」


「はぁ……。これだから最近の男子は。ちょっと女子トイレに入るだけで騒ぎ過ぎ。それにこの時間帯にあのトイレを使う人なんかいないから大丈夫だって」


 化けの皮が剥げたのか日向はいつものツン日向に戻った。


「あーーもーー分かったよ。玄関前のトイレにあるカバンから赤の水筒を持ってこれば良いんだろ?」


「そうそう。やっぱり蓮は頼りなるね☆」


 俺は持って来たらすぐに帰っていいと言う条件で、要望を聞いた。




 そう言えば、なんだかんだ言って女子トイレに入るのは初めてだな。まぁ日向の言う事が正しければ、今は誰もいないはずだが……


 俺はキョロキョロと周りを見渡しながら何食わぬ顔で女子トイレに入って行った。そしてとっさに隠れた。


 クソ……。日向の奴、話が違うじゃねぇか。中に入ると全ての個室便所に鍵がかかっていた。満席じゃねぇか!


 いや、でも待てよ。今便所に入ってる奴らが出てくる前に水筒だけさっさと取ればいいだけの話だ。俺は意を決して再びトイレ戻りカバンをさがした。


「何で同じカバンが二つあんだよ……」


 中には全く同じカバンが二つ置いてあった。もう、こうなったら仕方ないから中身を確認してどっちが日向のやつか判断するしかない。


 俺は自分から見て左手にあるカバンの中身を先に確認した。理由は簡単、一番隅にあるからだ。


「……どこだ? 中めっちゃごちゃごちゃしてるな。えーーっと、ここじゃ無いって事はこっちか! おお、ビンゴ!」


 俺の予想通り左のカバンの中には日向の言っていた赤い水筒が入っていた。カバンの中が悲惨な事になってたから見つけるのが大変だったけど……


 にしてもトイレが静か過ぎる気がする。女子トイレは愚か男子トイレにすら人が入るって来る気配がない。


 俺はそう思いながらもカバンのチャックをゆっくりと閉めた。


 “パシャッ“


 チャックを閉め切るよりも前に背後からシャッター音が聞こえた。一瞬見えたその白い光で俺はそれがカメラのフラッシュだと気づいた。


「はい現行犯」

 

  俺は背後からしたその女の声にビクッと驚きながらも、ゆっくりと振り向いた。


「あれ? もしかしてアンタ、さっきダンボール運んでた人じゃない?」


 朝の集会前に会った、あの黒髪の女子生徒はなぜか個室の扉の上に座っていた。おそらく手に持っているスマホで写真を撮ったのだろう。


「何でそんな所に座ってんだ? 危ないから早く降りろよ。他の人にも迷惑だし」


 俺がそう言うと女子生徒はスッと飛び降りると腕を組みながら話し始めた。


「大丈夫。そもそも今このトイレには私とあんた以外、誰もいないから」


「え? いやだってトイレの鍵だって閉まってるし……っておい!」


 女子生徒は何を血迷ったのか、突然壁をよじ登り使用中のトイレの中に入っていった。すると、すぐに鍵が開あかれ中から何食わぬ顔であいつが一人で出てきた。


「中に誰もいないのか?」


「そうね。だって私がここのトイレの鍵全部閉めたんだから当たり前でしょ。それよりあんたはここで何やってるの?」


「っえいや、実は友達のカバンを持ってきて欲しいって言われてさ、だから今からこのカバンを持って……」


「それ私のなんだけど」


 嘘だろ……。だってちゃんと日向の水筒も入ってたし。


「最近この女子トイレで良く盗難事件が発生してるって依頼がきててね、だから万部よろずぶの私が張り込みで調査にあたってたの。で、あんた名前は?」


 万部? そんな部活聞いたことないんだけどな。


「俺は熊谷蓮だけど、そっちは?」


「私? 私の名前が知りたいの? ……まぁ別に構わないけど。私は春塚真穂よろしく。そんな事より蓮君いまあなたには窃盗の容疑がかかっているけど分かってる?」


 真穂はそう言うと俺にさっき撮ったであろうケータイの写真を見せてきた。そこにははっきりとカバンの中をあさる怪しい男子生徒が映っていた。


 ハッキリ俺じゃねぇか!


 「ち、ちょっと待ってくれよ。確かに俺はお前のカバンをあさってたかもしれない、でも間違えただけなんだよ。きっとこっちが日向のカバンだ!」


 俺は急いで隣のカバンの中をあさった。


「ほらあった日向の水筒だ。てか色どころか形もメーカーも同じじゃねぇか。な? これで俺が間違えてお前のカバンあさってた理由が分かっただろ?」


 そう言うと真穂は首を傾げた。まだ何か不意に落ちないのだろうか?


「ちょっとこっちに来て」


 真穂はそう言うと突然、俺の腕を掴むとトイレの個室の中に連れ込み鍵を閉めた。個室の中は狭く俺と真穂はギリギリの距離の中向き合うように立っていた。


「あの真穂さん……」


「シッ!」


 真穂は俺の口元に人差し指を突き出すと静かにするように合図をだした。


 いやそもそもこんな状況で声を出すなと言う方が無理あるだろ。こんな個室で女子と二人きりとか初めての経験なんだよ。


「……二つもあるじゃん、ラッキー」


 個室の外から囁くような声で独り言をする男の声が聞こえた。すると、真穂は慌てるように個室の鍵を開けると外へ飛び出していった。


 “パシャッ“


 カメラのフラッシュ音がした。俺はとりあえずトイレに残ってバレないようにことの成り行きを待った。てか正直、女子トイレにいる事なんてバレたらヤバい。


「そこの男子! 私のカバンなんてあさって何をしているのかしら? ちなみに私は万部の春塚真穂、最近多発しているトイレ内の窃盗犯を探す為張り込みしていたの。もう私が何を言いたいか分かるでしょ? 現行犯、証拠も残ってるは」


 真穂はさっき俺に言ったようにハキハキと話し始めた。男子生徒はかなり動揺していた。


「よ、万部? せ、窃盗? 違う俺はただ友達に頼まれて……そ、それで似てたから間違えてあんたのカバンをあさっただけで……」


「まぁ。どこかで聞いた言い訳ね」


 真穂はそう言うと少し笑みを浮かべながら横目でこちらを見つめてきた。


「でも残念、そのカバンがあなたの友達の物じゃ無いって知ってるから」


 それを聞いた男子生徒は酷く声を震わせた。


「な、な、頼む今回だけは見逃してくれ頼む! も、もう二度とやらないからさ頼む!」


「嫌よ。私はあんたに何て言われようと頼まれた通りこの写真を学校中にばら撒くから」


 鬼畜か! いや逆に考えろ、もしコイツが来なかったら俺の写真が学校中にばら撒かれてたのか……ありがとう助かった。


「それで、他に言い訳はあるかしら?」


「そ、そんな事させるかよ! ケータイよこせこのクソ女が!」


 男子生徒は突然、態度を豹変させると拳を握りしめ真穂に襲いかかった。しかし真穂は男子生徒の態度が変貌すると同時に怖くなってしまったのか、体が固まってしまった。


「よこせーー!」


「ちょっと待って……」


 真穂はそんな、か細い声で誰かに助けを求めた。いったい誰に助けを求めてるんだか。


 男子生徒の渾身の一撃は真穂まであと数センチというところでピタリと止まった。真穂は少し後ろに下がった。


「おい、お前そのへんにしとけ。男子が女子殴るなんて最低だぞ」


 俺は男子生徒の腕を掴み強い口調で言った。


「な、何だよお前、な、何で男子がこんな所にいるんだよ……」


 それ今、お前が一番言っちゃダメな事だぞ。それに結構痛いところついてくるな。


「俺は……。そ、そうだ実は俺も万部なんだよ。だから真穂と一緒にここで張り込んでたんだよ!」


「真穂……」


 流石にいきなり呼び捨てで呼んだのが気に入らないのか真穂はそう呟いた。


「く、クッソ。てか何だよ万部ってそんな部活知らねーーぞ」


「なんだお前、万部も知らねぇのかよ。やっぱりバカだなお前!」


 まぁ俺も今さっきこの部活の存在を知ったばかりなんだけどな。途端に男子生徒は俺の腕を払うと逃げるようにトイレから出て行った。


「ちょっと待て……」


「ありがとう。あとは私がやるから蓮君は帰ってくれて構わないはよ」


 真穂は俺の肩に手を乗せてると、嬉しそうにそう言った。


「じゃまた明日ね新入部員君!」


 真穂はそう言い残すと走ってトイレから出て行ってしまった。カバン忘れてるし。



「ほらこの辺にカバン置いとくぞ日向。じゃ俺もう帰るからな」


 テニス場に戻った俺は日向のカバンを適当にそこら辺に置いた。それを見た日向はこちらに向かってきた。


「ねぇ蓮もう帰っちゃうの? ちょっとぐらい試合見てくれても良いのに」


「うるせぇ。こっちはお前のせいで酷い目に遭うところだったんだぞ。俺はもう先に帰るからな」

 

 俺は少し怒ったような口調で言った。とりあえず今は早く帰りたい。


「な、なんか良く分からないけど、また後でね蓮。バイバイ!」


 俺はそれを聞くと一人で寮へと帰っていった。この時間帯は帰る生徒がまったくいない為、俺は一人寂しく帰り道を歩いていた。


 寮まではそんなにかからないはずだが何故だか今日は道のりが長く感じるな。


 “ブーー“


「蓮くーんB12という人からメールが来ましたよーー!」


 ケータイのバイブと共にアイリがメールの着信を伝えに起きてきた。びっくりした……。俺がメールの内容を確認するとそこには『後ろ』と一言だけ書いてあった……


「蓮くん、後ろ!」


 アイリが慌てるようにそう叫ぶと、俺は背後から人の気配を感じた。


 俺は瞬時に姿勢を低くすると、胸ポケットに隠していた小型のナイフを取り出した。俺は背後にいる相手の首元に高速でそのナイフを突き出した。


「ま、待ってください。俺はただ助けが欲しいだけで、クローバーさんを攻撃するつもりなんてありません」


 男は降参とばかりに両腕を挙げるとハッキリと俺の目を見ながら言った。それにコイツ見覚えが……


「お前ヒメユリか? 何しに来た、ここには来るなって言ったはずだろ」


 俺は突如現れたその高校生ほどの男に対して強い口調で言った。そして突き出していたナイフをおろした。


「そ、それは悪かったと思ってますけど、どうしても助けて欲しいんです。じゃ、じゃ無いと俺……し、死んじゃうんだよ」


 男は泣きつくように俺にしがみついてきた。てかコイツこんな泣き虫だったけか?


「助けてくれ頼む。ば、バツが三つ付いたんだよ。分かるだろ、明後日までに依頼をどうにかしないと死ぬんだよ……」


「何でそんなにバツが付いたんだ? お前そんなに依頼失敗したのか?」


「いや……。依頼は何もやって無い……。何にも何もやって無い……」


 男は涙ぐむようにそう言うと下を向いた。


「お前、俺たちガーディアンの役割も果たさずにサボってるからそうなったんだろ。自業自得だ帰れ!」


「俺たち友達だろ? だからさ頼み……ますよ」


「……友達? 何言ってんだ俺とお前はただの組織内の仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。バツが付く条件は二つ、依頼が失敗した時と三ヶ月間依頼を何も受けなかった時だ。どうせ何もせずにサボってたんだろ」


「俺だって頑張ってやってたよ、でもやっぱり怖くて何んにも出来なくって……」


「だから? ただお前が弱かっただけの話だろ。……まあ、でももし仮に明日お前が失敗したなら俺が助けてやるよ」


 俺がそう言うと男は俺から離れ、涙を拭いた。


「ありがとう……ございます」


「そうか。分かったんならもう帰れよ。俺も帰って少し休む、今日はなんか疲れた」


 俺はそう言い残すとヒメユリという男を置いて寮へと帰って行った。男もまた今来た道を戻るように帰って行った。




 “ガチャッ“


「ただいま〜〜」


 俺は寮に着くといつも通り適当に挨拶だけした。返事は特になかった。


「おーーい。誰もいないのか? 別に誰もいないならそれで良いけど……って何だよこの臭い。くせぇ……」


 寮の中はまるでゴミ処理場のような生臭いような焦げ臭いような臭いがした。どうやら寮のキッチンで誰かが闇鍋でもしているようだ。


「ち、ちょっと誰か来てくれないかしら。た、大変な事になったから誰か助けてちょうだい!」


 この声、舞先輩か? キッチンの方から舞先輩が助けを求める声がした。俺はカバンをその場に置くと急いでキッチンへ向かった。


「どうしましたか舞先輩。何かあったんですか……」


「あら蓮君じゃない。悪いんだけどちょっとそこのお砂糖を取ってくれないかしら? もうちょっとでお夕飯も完成するから」


 キッチンは強盗でも入ったみたいに物が散乱していた。それに台所は汚れた食器や調理器具で溢れていた。とても料理をしていたとは思えない。


「舞先輩……何作ってるんですか? て言うか夕飯ならいつも恵理奈先輩が作ってくれてたじゃ無いですか。何で今日に限って舞先輩が……」


 エプロン姿の舞先輩は鍋に入った真っ黒な得体の知れない何かを混ぜながら答えた。


「あら、聞いてないの? 恵理奈なら今日、寮のことで校長先生と話があるみたいで遅れて来るはよ。あと今私が作ってるのは肉じゃがよ。こんな物しか作れなくてごめんなさいね」


 こんな物も、まともに作れてねぇじゃねぇか。


「あの舞先輩この肉じゃが、ジャガイモじゃない物が入ってるみたいですけど……この白いの何ですか?」


 てかそもそも食べられる物が入ってるのかが気になる。さっきから変な音してるし臭いし!


「ああそれね。探したんだけどジャガイモが無かったから代わりに大根を入れてみたんだけど、どうかしら?」


 俺は分かりやすく顔色を変えた。てかもうそれ肉じゃがですら無いじゃねぇか……


「ねぇ蓮君早くお砂糖取ってくれないかしら? それを入れたらもう完成なの」


 それを入れたら終わりだろ……


「はい砂糖。あの舞先輩、俺今日は夕飯無しでいいんで他のみんなで食べてて下さい」


「あら? 体調でも悪いの? せっかく舞さんが重い腰上げて作ってあげたって言うのに後悔しても知らないはよ」


「ハッハッ……。確かに後悔するかも知れませんね。じゃ俺は自分の部屋にいるんで何かあったら言って下さい」


 俺はそう言ってその場から逃げるように自分の部屋に入っていった。味見なんて頼まれたら間違いなく死ぬからな。


 俺は自分の部屋に着くとすぐにベッドに飛び込むとため息を一つ付いた。


「蓮くん、今日も一日お疲れ様でした。あの……お休みのところ悪いんですが、S2という人からメールが届いてますよ?」


「S2……。何でアイツから……」


 俺は確かに届いていたS2という者からのメールを開いた。


『クローバーさん。いやクーちゃんで良いかな?(笑)久しぶり最近は連絡取れてなかったから、寂しくなってきたかなぁ〜〜って思って連絡したんだけど、どうかな? 良かったら久しぶりに話さない? 別に嫌なら良いんだけど。じゃ連絡待ってるからまたね☆』


 何だこのメール結局何が言いたいんだかさっぱり分からない。とりあえず詳しい事は電話でって事か。


「どうしますか? 電話を繋ぎますか? それとも無視しますか?」


 アイリのやつ勝手に人のメール読めるのかよ。


「はぁ……。頼む繋いでくれ」


 俺がアイリに繋ぐよう頼むとアイリはケータイの中だというのにケータイを取り出しピッピッと番号を打ち始めた。するとS2の元に電話が繋がった。


「もしもし……。おい聞こえないのか? おーーいもしもし?」


『く、クーちゃん? 久しぶりね、一年ぶりくらいだっけ?』


 この女の声間違いないカエデだ。


「まぁそのぐらいだな。で、何でこのタイミングで連絡なんてしたんだ? まさかマジで久しぶりに話したかっただけか?」


『半分当たりだね。ふぅ……クーちゃん、今のガーディアンの状態がどうなってるか知ってる?』


「ガーディアン……」


『私達ガーディアンの役割は国や個人が出した依頼を遂行する事。その中には殺しの依頼もあって私達はその依頼を受けて殺しをしてきた、もちろん危険な依頼ばかりでは無かったけど……』


「確かにそうだな。それでそれがどうした? いつもの事だろ」


『そのせいで仲間が大量に死んでるの……。今生き残ってるガーディアンはDランクが47人Cランクが31人Bランクが14人Aランクが9人Sランクは4位のアザミ君と3位のガー君2位の私……そして1位のクーちゃん、計105人……少な過ぎる。それにこの一か月だけで4人も死んでる、それも全部今クーちゃんがいる日本で』


「そっか。もうそんなに減ったんだな……」


 俺は自分の胸に手を当てると鈍くゆっくりと鳴る心臓の音を聴いた。いや違うか……鉛のような……金属のような……そんな機械のような物が動く音だ。


『今日本にいるガーディアンは9人、もしかしたらアイツらが動き出してるかも知れない。もしそうなら数が少な過ぎる、だからクーちゃんも気をつけてね!』


「アイツら……ウィザーか……ッ!」


 俺はその瞬間、過去の出来事を思い出した。斧を持ったある大男に襲われた、あの夜の出来事が頭に浮かんだ。


『クーちゃん。学校生活も良いけど私達ガーディアンの役割だけは忘れないでね。それじゃまた何かあったら連絡するね。じゃバイバ〜〜イ!』


 ガーディアンの役割か……。俺達ガーディアンと呼ばれる奴らはみんな元々は孤児だった。


 孤児だった俺達はとある孤児院で密かに暗殺や防衛手段を教え込まれた。でも孤児の中にはそんな過酷な訓練に耐えきれず精神障害を起こした者最悪の場合死んだ者もいた。


 でもそんな過酷な孤児院生活を乗り越えたわずかな孤児達は14歳になると孤児院を出てDランクのガーディアンとして依頼を受けその報酬で暮らす事になる。


 ただしこの世界は甘く無い、新人は簡単に殺される。ほとんどの新芽は才能を開花する前に摘まれて終わる。だから俺達は減る一方だ。


 それに依頼を失敗するとそのガーディアンにはバツがつく、これは目に見えるわけでは無い、ただそのガーディアンに対する評価のような物だ。もしこのバツが三つ付けばそのガーディアンは選択しなくてはならなくなる。


 ランダムに与えられるレベル4の依頼を達成してバツを一つ帳消しにするか……そのまま心臓につけられた爆弾で死ぬか……


 ……ヒメユリは確かバツが三つ付いたと言ったな、つまり今アイツが受けている依頼はレベル4の依頼になる……普通ならそんな依頼Sランクでも受けない。


「アイツ死んだな……」


 俺は一人そう呟いた。何だろうな、やっぱり知ってる奴が死ぬのはなんだかんだ悲しいんだな……俺は。


 ベッドに寝っ転がりながら俺はこれまで死んだ仲間達の死に顔を思い浮かべた。そして俺は気付けば険しい表情をしていた。


「れ、蓮くん急にどうしたんですか? 大丈夫ですか?」


「アイリ今すぐS4に繋いでくれ、久しぶりに面倒臭い仕事になるかもしれない」






























 



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