忘れ得ぬ過去
歴史にifはない。だが、もしあるとするならば少年は賢者になりはしなかったであろう。賢者は自らにふりかかった思い出したくもないと思いながらも決して忘れることのない過去を振り返る。
賢者がまだただの少年だったころ、生まれ故郷はとてつもなく豊かな国であった。周辺諸国は争いに明け暮れていてもこの国は巧みな外交と食糧支援という最強の武器によって、また各国の緩衝地帯とされたことにより争いに巻き込まれることはなかった。
世界の食糧庫とも評されたこの国を侵略することは何を意味するかは各国の支配者もよく理解していたのである。
周辺諸国へ食糧を供給し続けてもなお余りある食糧を生産できたのは先人たちの知恵と努力、そしてその成果を次世代へと担う子供達への高度な教育システムのおかげである。争いに巻き込まれることがなかったので国力の増強に全力で取り組めたのである。
各国の勢力は拮抗していた。いつ終わるかもしれない戦いを繰り返していたが、とある新興国家によりその均衡は破られる。瞬く間に敵対勢力を制圧したその国はあろうことか各国がタブーとしていた賢者の生まれ故郷への侵略を開始した。世紀の愚帝と呼ばれたその国の支配者は国が保持していた豊富な食糧資源を独占しようと考えた。
為政者は必死に抵抗した。独占は許さない、これからもまんべんなく各国に供給すると。
愚帝は激怒した。強者がすべてを得るものだと。抵抗するものは次々と虐殺され、大地は蹂躙されていく。豊富に備蓄されていた食糧資源は根こそぎ奪われた。そんな状態の中で住民たちは子供達にすべてを託した。なんとか用意した避難者用シェルターに子供達を避難させると侵略者に果敢に立ち向かい果てていく。
こうしてあれだけ豊かさをほこった国はあっけなく滅んだ。世界はたちまち食糧難に陥り各国は戦争どころではなくなった。
それは侵略者である新興国家でも同じであった。略奪した食糧はすぐに尽きた。愚帝は気付いていなかった。食糧を得るためには田畑や家畜を管理する能力や人がいることに。それは短期で簡単に得られるものではないことに。消費するのはすぐだが生産には時間がかかることに。
住民たちの大きすぎる犠牲によって生き残った子供達は目の前に広がる無惨な光景に絶望した。嘆き悲しむ子供達の前途を危惧したのか住民たちの思いは死してなお子供達を優しく導く。導かれた子供達はこんな状況下でも生き残った木々や草花から食べれそうなものを収穫する。そして子供達はこの段階ではまだ助けが来ることを信じていた。
周辺諸国はこんな非常事態のなか終戦に向けて動き出す。各国は連合を組み原因をつくった新興国家を潰しにかかる。
もはやかつての勢いをなくした新興国家はあっけなく滅んだ。愚帝は最後まで愚帝のままだった。
争いは終結した。各国はそれぞれの国を建て直すことに全力を注いだ。その他のことに目を向ける余裕はどの国にもなかった。
あれから何ヵ月も過ぎていき子供達は再び絶望していた。信じていた助けは一切来ずわずかばかりの食糧は底をついた。体力のないものから次々と命を失っていくこの状況で初めて自分たちの存在が忘れられていることを感じていく。
生き残ったものたちは自らの力で生きていかなければならない。最初のうち皆は協力体制を築き上げ生活していた。しかし何日かしていくと優劣の差はでてくる。力あるものは力なきものを見棄てていき犠牲者はさらに増えていく。少ない資源を効率よく消費していくためには仕方ないことだと言い訳しながら。
さらに月日は過ぎていく。知恵の回るものは知略を巡らし生きていく術を構築していき、戦う能力のあるものはその能力を生かし狩猟生活を送っていく。器用さに優れたものはその技を生かし生活に必要な道具を作りあげていく。それぞれの集団をつくって生き抜いていくのである。
ただいずれかの集団に属することのできない者もいた。その者たちは一人を除き命を落としていくのだった。
そのひとりこそ後に賢者となる少年だった。少年はそのたぐいまれなる身体能力と思いっきりの良さを生かし集団同士の争いや野生生物同士による獲物の取り合いの隙をついて食糧を掠め取っていくことで生き抜いていくのである。
それからさらに月日は過ぎていく。子供達は集団同士の争いや野生生物に襲われたりしてさらに数を減らしていく。気がつけば生き残っていたのはわずかに三人、久しぶりに顔を合わせた三人はお互いに共闘を持ちかける。三人とも生き残ることを誓いあい、生き残るためにはどうすればいいのか話し合うのだった。
ひとりは知恵が回りいろいろと戦略がたてられる年長者、かつては子供達のリーダーとして年下の子供達の面倒をみていた。もうひとりは器用さに優れいろいろと武器や生活物資を作り上げてきた少女、そしてもうひとりはどこにも所属せずひとりで生き抜いてきたあの少年だった。
この三人はそれぞれの能力を生かしこの状況下を生きていくのだった