賢者は思う
帰宅途中の賢者はふと考えた。彼らは最初からこうだったわけではない。住んでいる環境が彼らの性格を変えてしまったのではないかと。
上流側は思っている以上に過酷な環境であろう。生きていくためにはしのごのいってられない。良かれと思えばすぐに実行する。そうしないとすぐに生活は困窮する。彼らにしてみれば賢者の提言はまさに渡りに舟、即座に実行して生活環境は改善した。そのおかげで上流側は賢者に対してかなりの好印象を抱いている。
一方で下流側はどうだろうか。彼らは肥沃な土地で収穫量も多くわりと裕福な生活をしていた。しかし多くの収穫を得るためには大量の水を必要とする。賢者の助けにより一定の水を入手した上流側のおかげで下流側は必要とする水量を入手しにくくなった。そこで争いが起きたわけだが賢者は彼らにも不足分を補うために貯水地の設置を提案したのだが上流側と違い努力することを知らない下流側の人々は自分たちでどうにかしようとする気概がなかった。そこで心優しき領主に頼ったのだが彼はその優しすぎる性格が災いして上流側にも気を使いすぎて解決策を見いだせなかった。賢者の示した案を自分たちが実行すればいいだけのことなのに。
考え事をしながら歩を進める賢者、ふと自分を呼び止める声に振り返る。
賢者の視界には目を輝かせながら駆け寄る子供達が映った。
「そういえば講義は途中で終わってしまいましたね」
子供達は中途半端で終わってしまった講義の続きが聴きたかったのだった。
次々と質問を浴びせる子供達、向上心溢れるその行動を賢者は意気に感じて質問の一つ一つに丁寧に説明していく。そして思う。この未来ある子供達をちゃんと自分で考え自分で行動できる人間に育て上げること、それが俺の役割なんだと。
「そういえば師匠に言われていたなぁ。賢者が賢者である理由の一つが自分の持つ知識や能力を次世代に残すこと、自分が未来を担う存在を育てること、今やっていることがそれになるのかな」
役目を果たしつつあることに賢者はひとつ喜びを感じていた。だが、その思いは子供達の一人が発したある質問によってその思いは急速に消えていく。
「先生はどうして賢者に、どうすればなれますか?」
その質問に対し
「なりたくてなったわけじゃないんだ。そうするしか生きようがなかったんだよ」
思わず叫ぶように口に出てしまった。
急に大声を出した賢者に驚いた子供達、それには構わずに賢者は子供だったころに経験した過酷な人生を思い出すのだった。