第四話 錦糸賊
守谷から我孫子までは途中、船なども使わざるをえないが四里(15km前後)ほどである。
守谷がここ数日、活気がなくなりつつあるのは、この我孫子城を賊が落としたこと関係あるだろう。
故に我孫子城を奪取する名目は明快だ。
ただ義志からしたら「甘寧太郎を味方にしたい」という思惑の方が強い。
「なるべくなら生け捕りにしたいところだ。爺よ。何か策はないか?」
行軍中、義志は脇で馬を並べる爺こと嵩兵衛に訊ねた。
「難しいですな。噂では印旛浦や霞ヶ浦を荒らしている海賊で、土岐家中でも怖れられている豪傑らしいですぞ」
「なら、尚更良いではないか」
「何故ですかな?」
「これから江戸崎の土岐と事を交えるのだ。敵の敵は味方であろう」
「そう単純なものでもございますまい」
「そうか。では、まずは会ってみてからだ。その上でどうするか決めるしかないな」
「・・・御意」
我孫子に着くと錦糸で甘の文字が書かれてある幟がすぐに目につく。
賊が幟、しかも贅沢にわざわざ錦糸を使うなぞ前代未聞に近い。
「ますます甘寧だ。錦といい、派手さを好むといい・・・」
義志は思わずほくそ笑んだ。
甘寧であれば水軍を巧みに使い、土岐や豊島を翻弄できる筈だ。
「はん! どこの家中だが知んねぇが、よくも雁首揃えて来たっぺぇな! 地獄で後悔しねぇうぢにとっとと帰れ!」
派手な錦糸をあしらった陣羽織を身につけた若者が、城内から威勢よく罵声を浴びせてきた。
どこをどう見てもこの若者こそが甘寧太郎であろう。
「私は家中の者ではない! 守谷城主の三国大膳大夫だ!」
負けじと義志も大声で呼応する。
声変わりが訪れていないせいか、その声は中性的で鈴の音色にも似たような声だ。
「へっ!? 守谷のお館がこんな別嬪だったぺか! まさか色仕掛けとは予想してなかったぺよ!」
甘寧太郎がそう挑発すると、城内では下卑た笑い声が木霊した。
城内にいる兵は皆、賊の類であろう。
そもそも気性が荒いヤクザまがいの元漁師連中だ。
「無礼な! あの舌を切り落としてくれん! 益徳! 行くぞ!」
「合点承知のすけ! 兄ぃと俺がいればすぐに血の池だぜ!」
関出羽守と張飛騨守が我先に乗り込もうとしたが、それを義志は制す。
「何故です! あのような輩と城ならば簡単に落とせますぞ!」
「出羽守よ。それは解っておる」
「ならば!」
「だがな。土岐を討つにはあの者が必要だ」
「しかし、我が軍にも舟を扱える者はおりますぞ!」
「若干な・・・。舟の数は足りても船頭がいなければ動かぬぞ」
「・・・ぬぅ」
「ここは私に任せよ。良いな」
「・・・御意」
義志は荒ぶる関出羽守のはじめとする諸将を宥めると、甘寧太郎に向かって呼びかけた。
「別嬪一人に相手なら君も一人で来やすいだろう! ここはお互いまずは話し合おう!」
すると甘寧太郎は不敵に笑い、こう返した。
「おう! じゃあ、城門の所まで来るっぺよ!」
義志が数歩進んだところで、突然城から矢が放たれ、義志の足下に刺さった。
弓を持っていたのは誰であろう甘寧太郎である。
関出羽守をはじめとする諸将はいきりたち、我先に城内へ突撃しようとするも、また義志が右手を横に広げそれを制した。
そして甘寧太郎に今度はこう呼びかけた。
「これで怯むとでも思ったか!? 生憎、その手には乗らん! お前もいっぱしに城主と名乗りたいならさっさと対面せよ!」
逆に舌を巻いたのは甘寧太郎の方だ。
まだあどけなさが残る少年は、涼しい顔して何も無かったように落ち着いている。
これは義志がゲーム世界ということを割り切っているからだろう。
そういう側面もあるが、元々惰性で生きていることにやや疲れてきており、左程命を惜しいとあまり思わないフシもある。
その一方で孤独死したとしても、遠い親戚にはビタ一文もやらないように既に弁護士に遺書を渡していたりもする。
因みに遺書には、捨て犬や猫の保護活動の団体に全額寄付する旨が記載されている。
「何だ? あいつぁ? 本当に命が惜しくねぇっぺか?」
甘寧太郎は一瞬怯んだが、部下にその様子を悟られないよう口元をニヤつかせる。
一方、部下はというと不気味な少年もそうだが、五倍以上もある将兵が気掛かりだ。
中でも長髭と虎髭は双方ともに異様な覇気を伴っている。
「しゃあねぇっぺな。あんなガキにここまでされたんじゃあよ」
甘寧太郎はそう言うと、大人しく城門の外まで出向き、義志の前に立った。
その距離、半歩もなく、完全に甘寧太郎が見下ろす形だ。
だが、少年はこちらの目をじっと見つめ、涼しい笑顔を浮かべている。
「鈴は如何したのだ」
「え? 鈴?」
少年の言葉に思わず甘寧はギョッとした。
いつもなら鈴を身につけているのだが、矢を放った拍子に落としたらしく、そのまま城外へ出たのだ。
そして、鈴を常に身につけていることは、あまり知られてはいない筈だと思っていた。
「おや? 違ったのか? まぁ良い。君を配下に加えたい。どうかね?」
「え? おい? いきなり何を・・・」
「因みに不味い料理人は雇わぬ。だから安心したまえ。ハハハ」
「!?」
甘寧太郎は料理に五月蠅く、勢いに任せて料理人を殺してしまった過去がある。
本来ならば甘寧の若さからいえば、もっと後々のことではあるのだが・・・。
「君にはこのような小屋ではなく、もっと君に相応しい城の主になれる筈だ」
「別嬪の。それ本気で言ってっぺか?」
「本気だとも。それにこの城の周りを良く見てみよ。仮に私をここで殺したとて、君を含め全て皆殺しにすることなど造作もないことよ」
「・・・ううむ」
五百は雑兵だからそれは対処出来るだろう。
問題はそれを率いる長髭、虎髭を含む頭の奴らだ。
一人だけなら自信はあるが、束になったら命が幾つあっても足りないだろう。
「解ったべ。おらぁお前さんの下につくっぺよ」
甘寧太郎は跪くと同時に、城内にいた元漁師連中もわらわらと出てきて皆、跪いた。
「この中にまだいるだろうか・・・」
満足そうに元漁師連中を見渡すと顔の下に名前が表示された。
その者は二名おり、以下が二人の名前である。
董襲左衛門元代
陳武右衛門子烈