第三話 我孫子城
「さて、それでは今後のことについて皆に聞くことにしよう。遠慮なく申してくれ」
翌日、集まった者達は大広間に集っていた。
そして義志がそう述べたと同時に一人の若者が発言した。
最後に登用した満寵太郎だ。
「では、申し上げます。現在の取手の状況からして些か不穏な噂が流れております」
「ふむ」
取手は「平将門の砦」あるいは「大鹿太郎左衛門の砦」が名前の由来という説が有力らしいが、正直な所は不明なことだらけだ。
規模は小さいながら一応は木賃宿もある村である。
しかし、街道と呼べるものは現在の利根町布川にあり、布川を中心にそちらの方が繁盛しているのが現状だ。
取手が宿場町として栄えるのは街道を移設した江戸時代以降であり、現時点においては街道から脇に外れた所でしかない。
「江戸崎の土岐は既に布川の豊島を抑えており、高井城を奪う算段をしているとのこと」
「・・・ほう」
「さすれば全ての道は完全に押さえられ、我が領内の財政は更に困ったものになるかと・・・」
「うむ。確かにその前に手を打たねばな・・・」
江戸崎土岐氏は美濃土岐氏の流れを汲む名門だ。
この土岐氏は現在の龍ケ崎から江戸崎を領地とし、常陸南部の雄の一人とも言える。
また、布川の豊島は東京の練馬や板橋を地盤としていた名門豪族の豊島氏の流れを名乗っている。
しかし、布川豊島氏は本当の所、鎌倉時代あたりに大阪の豊島から来たという説もあり、現在でも謎が多い。
「・・・水軍を得意とする者がいれば攻略もしやすいのだが・・・」
思わず義志は呟く。
この時、内海の香取海を中心に霞ヶ浦や印旛浦を使い、大規模な輸送手段として活躍しているのは船である。
この内海を制すれば自ずと経済は活気づく。
土浦を領する小田氏が江戸崎を攻略した過去があるのも、恐らくだがそういう意図もあった筈だろう。
「では、張遼太郎及び満寵太郎の両太郎に守備を任す。急ぎ高井城へ向かえ」
「はっ」
「御意」
「張遼太郎には高井城代を任命する。また満寵太郎は郡奉行を命ず。双方とも砦の守備と連携せよ。敵が攻めてきたら双方とも協力し、これを撃退せよ」
高井城は現在でいうと茨城県取手市下高井にある。
湿地帯に周りを囲まれ、平山城でありながら攻略には苦労しそうな城だ。
そして、砦なのだが名称にするとややこしいが所謂、取手砦という珍妙な名前になる。
更に「鳥手」とも書かれることがあるから更にややこしい。
これは全て当て字なので、仕方が無いことではあるのだが・・・。
「我らとしては小田を味方につける必要があります。早急に小田城へ使者を送りましょう」
この述べてきたのは諸葛瑾太郎だ。
確かに小田氏と組めば土岐を南北で挟み撃ちに出来る。
だが、これには待ったをかけた者がいた。
爺の嵩兵衛だ。
「お待ちなされ。小田は結城との関係が悪化している最中ですぞ。先日、江戸(常陸江戸氏)との戦いには勝ったが、土岐と事を交えるとは限らん」
「確かにそうでしょう。ですが・・・」
「それに結城は政朝が存命。更に家督を継いだ政勝も中々の者らしい」
下総結城氏は現在の結城市を中心に栄える名門だ。
結城合戦においてその勢力は一時的に衰えたが、先々代の当主である政朝が盛り返し下野、下総、常陸に跨がり領土を広げている。
もっとも、その三国の境が密接している為、結果的に跨がっているだけなのだが・・・。
結城と事を構えるとなると、少し厄介な事になる。
それは結城と関係が良好な関宿の梁田いるからだ。
両者とも古河公方の覚えがめでたく、梁田家当主の高助に至っては古河公方足利晴氏の岳父となっている。
「後々飛躍する北条と手を結ぶか、それとも小弓公方につくかの選択となるか・・・」
この時点では古河公方は上杉氏と敵対し、北条氏とは良好である。
が、時を進めればいずれ古河公方と北条氏の激突は避けられなくなる。
それが明確になったのは当然ながら河越夜戦であろう。
「だが、この時点では北条は未だに伊豆、相模と武蔵の一部の筈。ここには及んでおるまい。・・・となれば」
義志はそう考え、爺に助言を求めることにした。
「・・・では、梁田、結城と手は結べそうか?」
爺の嵩兵衛は少し考えてからこう返した。
「結ぶことは可能でしょうが、梁田高助は驕り高ぶっており、無茶な要求をしてくるかやもしれませんな・・・」
「虎の威を借る狐ということだな・・・」
「左様。後ろには古河公方様が控えておられますからな」
「だが、その公方も内紛により衰退し、山内、扇谷の両上杉も同様の筈」
「・・・若。まさかとは思いますが・・・」
「解っておる。梁田と敵対するにしても時期尚早ということであろう・・・」
未来はある程度は解ってはいるものの、ここで舵取りを誤れば意味が無い。
家督を継いだばかりの設定の義志は、まだ少年というべき十三歳頃だ。
故に当然ながら周りからはなめられる。
周りだけではない。時折、家臣の瓚大夫からは尻をまるで舐めるように見られている。
義志からしたら気持ち悪いことこの上ないが、衆道が当然である世界では珍しいことではない。
流石に瓚大夫も寝込みを襲うようなまねはしないとは思われるが・・・。
「真壁も確か結城よりだったな・・・。高城はどうだ?」
「・・・そうですな。高城は我孫子城を先頃、賊に奪われたばかりでございます。城主の我孫子主水は討ち死したとのこと」
「何? それは初耳だ。それで賊の名は?」
「甘寧太郎という元はこの周辺の海賊とか・・・」
「そうか! では、まずは我孫子を落とし、甘寧太郎を捕らえることにしよう!」
「御意。しかし、良いのですかな?」
「何か気掛かりがあるのか?」
「高城が後々、我孫子城の返還を求めてくるやもしれませんぞ」
「知ったことではないわ! 落ちた物を拾ったまでのこと! とやかく言われる筋はない!」
こうして領内の五百の兵をかき集め、我孫子城に籠る甘寧太郎を攻撃することになった。
率いるのは軍師を務める爺の嵩兵衛、劉備前守、関出羽守、張飛騨守、太史慈兵衛、夏侯兄弟と錚々たる面子である。
最後に我孫子城について説明したい。
我孫子城については資料も少なく、高城氏と関係が深い一族だと思われる我孫子氏が建てたらしいとだけしか知られていない。
遺構は既になく、小規模な平山城で空堀と石垣があったことだけが微かに解る程度だ。