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「副島さん、肩に力入ってますわ。楽に楽に」
月掛が声を掛ける。
副島? その名前に資定は小さな反応を見せた。確か数年前に命を絶ったあの選手も同じ名前だった。大伴家にオーバーラップするその選手は、ずっと資定の頭の中に残っている。
打席に入る前、副島は空を見上げた。
俺にできることは、何だ。
ここ数ヶ月、ずっと副島は自問してきた。野球の経験は間違いなく上だが、運動能力はこいつら忍者たちの方が遥かに高い。自分が五番打者でいる時間もあとわずかだろうと思っている。みんなが集まってくれて、こんなに可能性に溢れる奴らが集い、もしかしたら本当に甲子園の切符を取れるかもしれない。野球を教えたらみんなスポンジのように吸収していく。野球を教えきったら、俺はこのチームに必要だろうか? 最近、ときどきそう思うのだ。
兄貴、甲子園にいくために、俺は何ができるだろう? 何の変哲もない普通の高校を甲子園での全国制覇に導いた兄は、ずっとずっと副島の憧れだ。兄貴はどうやってあの風景を作り出したのだろう。
資定は少し間を取った。
さっきの四番は普通じゃなかった。対して、この五番はそんな雰囲気は感じない。普通に投げれば、おそらくバットにかすりもしないだろう。それなのに、資定は間を取った。何故この何の変哲もないこの五番バッターに自分の神経が警戒したのか、分からなかった。
資定の初球、豪たるストレートが副島の横をあっさりと通り過ぎ、森本のミットに収まった。森本のミットが爆発音のような轟音を鳴らす。
「……すごいわ、これは」
副島が呟いたのを森本は見つめていた。この五番は正直、怖くない。いくら大伴さんとはいえ、次のキャッチャーに回る方が少し厄介だ。この五番でしっかり終わらせたい。
森本は内角のスライダーを要求した。資定がしっかり捕れよとサインに頷く。ストレートと全く同じ腕の振りから、副島の内角をスライダーがえぐる。副島がかろうじて避けたと思った球は白烏のスライダーと同じ軌道で急カーブし、ストライクゾーンへ侵入していく。森本が必死でミットの端で受け止めた。
ストライク、ツー!
森本は次の球を早々に決めた。ストレート。もうこの五番では大伴さんの球は何を投げても打てまい。これで終いだ。
副島は一度打席を外した。ベンチを振り返る。みんながベンチ前に陣取って、両手を握り締めながらこっちを見ている。おいおい、ただの練習試合やねんで。副島は薄く笑いを浮かべた。
「副島さん、いつものスイング!」
「副島、しっかり踏み込め! 放り込んだれ!」
「副島くん、頑張ってぇ!!」
練習試合やって言うてるやろ……。まだひとつのスイングもできてない俺に、そんな目線送んなよ……。副島は胸にしまった御守りを握った。空を見る。
兄貴、なんか分かってきたかもしらん。俺は、こいつらと上の方に行きたいわ。こいつらにもっと夢を見させたい。俺は集まってくれたこいつらに何としてでも恩返ししたらなあかん。なぁ、兄貴もこんなんやったんか?
雲の切れ間から太陽が覗き、副島を照らした。




