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───なんだ、あいつ。
青ざめた顔で白烏が口を開いた。
マウンドに山がある。例えるなら、そんな言葉だろうか。
「まさか、出てくるなんて。あれが大伴資定。理弁和歌山のエースよ。私も映像でしか見たことないけど、こんなに圧倒的だなんて……」
伊香保が手元の資料を捲る。昨年の秋に入部したばかりで、正式な試合に登板したのは僅か4試合。球速はマックス165キロとも言われている。そして、4試合を投げ、被安打3。こんな選手は伊香保がデータを取り始めて以来、見たことがない。
「何をびびっとんや。せっかく追い上げてきたんじゃ。俺もスタンドに放りあげたるから、見とけ」
道河原がぶんぶんと3本のバットを振り回し、打席へ向かった。
「……大伴……」
「……大伴……」
滝音と桐葉が同時に呟いた。
「なんだ、滝音、桐葉。知ってんのか?」
副島が強張った表情の二人を覗きこむ。
「……いや、なんでもない。ただ、もしかしたら、俺たちにとってこれ以上ない試金石になるかもしれない」
滝音がそう言って、桐葉が静かに頷いた。明らかに力を入れていない資定の投球練習が続いていた。それでも、空気が震えている。圧倒的な存在感の前に、押せ押せムードの甲賀ベンチに小さな不安がはびこり始める。
投球練習が終わり、軽く森本が資定の元へ歩み寄った。
「資定さん、あの四番、たぶん変化球は打てないです。ストレートでも真ん中しか打てないんかもしれません」
森本がグローブで口を隠しながら、そう資定に伝えた。
「そうか、分かった。……あ、それと、森本…」
「はい?」
「足に根を生やしてくれ。しっかりと足で俺の球を受けてくれ。それだけは必ず守ってほしい。いいな?」
資定は真剣な表情で森本に言った。分かるようで分からない資定のお願いに、森本は首を傾げつつ返事した。
「……はい」
マウンドとバッターボックスはまさに壮観であった。背丈はもちろん、山のような空気を覆う大伴資定と、その資定の体躯を超える大男、道河原玄武。18.44メートルの距離に二つの山が立つ。
森本はスライダーを要求した。資定が首を振る。森本は続いてフォークを要求した。それも首を振る。えっ? 森本が混乱していると、資定はふっと右手を上げた。森本に、そして道河原に堂々と握りを見せた。ストレート。
無茶な……。実際に資定の球を受けたことのない森本は呆れていた。一方の道河原はその男気に惚れた。
「あんさん、格好いいのう。男や。敬意を表すわ」




