32
──理弁和歌山は高校野球ファンにはお馴染みの打撃のチームだ。高鳥監督の攻撃野球に魅せられたファンは多い。
だが、毎年優勝候補に挙げられつつも、理弁和歌山はまだ甲子園で3回の優勝にとどまっている。それは、投手力の薄さだと代々指摘されてきた。だが、今年、理弁和歌山は優勝候補の筆頭とさえ言われている。ウィークポイントだった投手力を一人の男が埋めたからだ。名を、大伴資定という。
資定は勉強で理弁和歌山に入学した一般の生徒であった。2年の秋、資定は野球部の門を叩く。その年の夏の甲子園、野球部は2回戦で敗れた。落ち込む野球部と学校全体を見渡し、資定は学校に恩返しをしたいと考えた。自分の能力であれば、この母校を頂点に導けるのではないか。そう感じたからだ。
理弁和歌山野球部は強豪だからといって、選抜された者しか入れないという決まりはない。誰でも入部することができる。それでも、引退まで1年を切った2年生の特進コースの生徒が入部するのは異例であった。しかも、野球経験はないという。
「2年5組、大伴資定です。よろしくお願いいたします」
背丈は185センチ前後だろうか。堂々たる体躯をしたこの生徒が今まで部活をしてこなかったことに、高鳥は驚きを隠せなかった。
理弁和歌山にはレギュラークラス、サブレギュラークラスのAチームと、それ以外のBチームとに分かれている。資定は当然Bチームに振り分けられた。
高鳥は珍しい新入部員を一目見たくなり、Bチームのグラウンドに足を運んだ。有望な一年生と逞しさを増していく二年生の中に、ひと際大きな資定の姿があった。外野でノックを受けている。少し後方のフライを軽く捌き、ぎこちないフォームで三塁へ送球した。おそらく手首だけの力で、その送球は三塁へと届いた。
「おぉ、ノーバンで届いたやないか。初心者にしちゃ十分やで!!」
Bチームを任せている中川コーチは資定にそんな言葉をかけた。野球未経験者という固定概念があるのだろう。今の送球の本質を掴めていないようだった。
……冗談じゃない。高鳥は中川の姿勢に失望し、ノックする本塁へ歩みを進めた。
「監督! どうしたんですか、Bまで来られて」
「中川、今捕ったライトの子、何て名前やったか?」
ライトの方へ高鳥が目を向けると、長い列をなして部員たちが次のノックを待っている。
「ああ、大伴言うて二年やのについこの前入った初心者ですよ。動きはまだまだ初心者やけど、地肩も強い。小学校から親御さんが教えとったら、今頃Aチームでレギュラー張っとったかもしらんですよ。もったいないですわぁ」
そう言って中川コーチは肩をすくめて両手を上げた。高鳥は残念そうにため息をついた。
「中川、みんながみんな同じ時期に上手くなって、同じように成長するわけちゃうぞ。その凝り固まった頭ほぐさんと、君はコーチとして失格やど」
中川コーチは、すみません! と背筋を伸ばしたが、深く高鳥の言葉を理解していなかった。
中川コーチが高鳥の言葉を理解したのは、それから2ヶ月後のことだった。初心者たったはずの資定がAチームの試合でノーヒットノーランを成し遂げていたのだ。




