表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/240

30

 電光石火。


 犬走の走りがグラウンドに風を巻き起こした。そして、甲賀ベンチにも。


「いけるぞ」


 小さく、桐葉がそう言った。風は我らにあり。


 打席に入った小さな男は、この勢いに乗らない男ではない。


 石田ー森本のバッテリーに苦悶の表情が浮かんでいた。勢いに飲まれるのを必死で耐えている。必死で耐えられるその要因はプライドだ。理弁で野球をやるために血と汗を流してきた。全てを投げうって野球に賭けてきた。だが、そのプライドが見たこともない素人たちに崩されそうになる。苦悶が浮かんでしまうのも無理はなかった。


 この時点で無情にも決着はついていた。


 


 初球、精神が伴わないボールがストライクゾーンに向かう。


「余裕だぜ!」


 月掛は踊るようにバットを振った。打球がショートを襲う。伊賀崎の身体が反応する。伊賀崎は垂直に舞った。高い。


「無駄だ」


 走りながら月掛が舌をペロリと出し、笑った。伊賀崎は遥か高い打球に届くと確信してグローブを広げようとする。が、その白球が突然、銀色に輝く。スピードが上がる。伊賀崎の目が光に眩む頃には、打球はレフト前に強烈なドライブ回転とともに落ちていた。


「月掛流、月光。甘い球なんか通用しねえ。チビと思って油断したら、上から月が落ちてくるぜ」


 月掛が派手にベンチを指差す。藤田が疲れきった両腕を上げ、大きな拍手を送った。


 13-4。


9点差。


 ワンアウト1、3塁。


 三塁走者の犬走は悔しそうな表情でベースの上に立っていた。本来なら本塁に返れそうだったが、伊賀崎にしてやられた。


 月掛がショート頭上に放った打球、僅かに伊賀崎が取れないのを確認した瞬間、犬走はスタートを切った。本塁まで行ける。そう確信して加速した瞬間、伊賀崎が叫んだ。


「ナイス、レフト!」


 えっ? そこで犬走は急停止して戻りかけたのだ。ただでは終わらない伊賀崎の巧妙な罠だった。結果、犬走は三塁に留まり、落ち込んでいた。


 静かに左打席に入った桐葉が犬走を見ていた。犬走が顔を上げると、桐葉はそっと手を上げた。落ち込む必要はない。俺が本塁に返してやる。そんな合図に見えた。


 森本がタイムを取り、内野陣がマウンドに集まった。落ち込んでいる石田を森本が励ます。


「球は走ってる。石田のいつもの制球力も問題ない。自信持って投げ込んでこい」


 だが、石田の表情は晴れない。それもそのはずだ。理弁和歌山には100人を越える部員がいるのだ。打の理弁和歌山という伝統は健在だが、投手陣の競争も激しい。せっかくの登板チャンスを、こんな素人野球に4点も奪われるなんて……。その失望が石田を包んでいた。


「石田、前を見ろ。何があるか分からないのが高校野球だ。あんな素人どもが工夫すれば点を取れる。それを今知ったことがお前の財産になるはずや」


 伊賀崎はそう言って、ぽんと石田の背中を叩いた。


「あの3番、リベンジせえや」


「ああ」


 石田の目が生気を取り戻した。桐葉はその目を自分の目と合わせる。相手にとって不足なし。力を測るに、申し分ない。


 居合いの構えに入る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ