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高校三年生に上がると、もうシン、ヒョウ、セイを30秒引き離すのは時間の問題だった。
身体が大きくなった分、最初の飛び出しで四本足の三匹よりもぐっと前に出ることが出来ている。わざわざ逃げ回らなくとも、一直線に走っても追い付かれにくくなっていた。子供の頃はスタートと同時に前に回り込まれていたのに……。和巳は誇らしい気持ちになった。
あと1秒のところで、今朝はヒョウに追いつかれた。和巳は三匹の頭を撫でて学校へ向かった。
学校から帰ると、シン、ヒョウ、セイがお座りをして待っていた。
「よし、今日こそ勝ったるからな」
いつものようにシンがワンと吼える。スタートの合図だ。
一歩目で和巳はいけると確信した。伸びが違う。三歩でかなり後ろに三匹の気配を感じていた。逃げ切れる。少し左へカーブしながら、力の続く限り加速した。
息が切れる。と同時にシンがワウと苦しそうに前足で和巳に触れた。膝に手をつき、ストップウォッチに目をやる。
32秒36。
よっし! よしよしよしっっ!
和巳は両拳を握り、何度も地面に拳を叩きつけて喜んだ。
夕飯がトントンと目の前に置かれ、和巳はにこやかに話始めた。
「父さん母さん、32秒いけたよ。これで免許皆伝ってとこ?」
「ふふ、おめでとう、和巳」
母は軽く手を叩いて喜んだ。
「ようやくだな、おめでとう」
父は茶碗を持つ手を下ろし、和巳に微笑んだ。
その夜、和巳はぐっすりと眠りに就いた。明日、ちゃんとシンたちにも礼を言おう。
翌朝、玄関を出ると、いつもの鳴き声が聞こえないのに気付いた。庭や勝手口付近を探し回り、通りにも出てみたが、シンもヒョウもセイも見当たらない。
「母さん、シンたちがいない」
母は台所に向かっている。背中で確かに和巳の声を聞いているはずだが、答えがない。
和巳の後ろから声がした。
「和巳、座りなさい」
父が厳しい顔をして、座卓に肘をつき手を組んでいる。そっと和巳は向かいに座った。
「シンたちはもう、いない」
「えっ?」
「シンたち忍者犬の役目は終わったんだ。昨晩、和歌山の山に放してきた」
拳が震えた。そんな、馬鹿な。
シン、ヒョウ、セイ。礼も言えてない。今朝だって今から走るんだ。お別れなんて……。挨拶もできずに?
「……なんで? 俺はあいつらに挨拶だってできてへん。そんなん、無茶苦茶や。俺はあいつらと14年一緒におったんや。父さんと母さんには分からんわ」
信じがたく、涙も出ない。
「掟だ。犬走家の。父さんもそうだった。強くなれ、和巳」
そう言い残して、父は襖の奥に消えた。
和巳は何も食べず、挨拶もせずに家を出て、学校へ向かった。




