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「犬走、すぐいくぞ。いけるか?」
「うん、大丈夫だ」
「友達……会えたのか?」
急いで準備する犬走は嬉しそうな表情を浮かべた。
「うん、会えた。副島のおかげだ。ありがとう」
「友達たち、こっちには帰ってこれそうなのか」
「いや……置いてきたよ。もう立派に狩りなんかして逞しくなってたからね」
「…………か……狩り?…………そ、そうか。とりあえず最終回だ。頼むぞ」
「うん、必ずこの恩は返すよ!」
確か……シンくんとか言ったか、犬走の親友たちは一体どんな状況にあるのだろう。試合の行方よりそちらの方が気になってしまった副島は、ぶんぶんと首を振り、試合に頭を戻した。
一礼して、犬走が打席に入る。
合宿には参加できなかったが、もともと犬走はひとつのことだけしか教わってこなかった。
副島いわく、バットに当てろ。
ゴロさえ何とか打てれば、犬走はほぼ出塁することになる。
藤田がベンチに倒れこむように腰を掛けた。伊香保がドリンクを渡し、あっという間に藤田はそれを飲み干した。
「副島さん、すみません」
「謝んなよ。お前がいなきゃ今頃20点差ついてた」
タオルで頭をぐしゃぐしゃと拭きながら、グラウンドを見つめる。あとは、犬走さんと次の同級生、月掛に託そう。
石田ー森本のバッテリーはまた悩まされていた。代打で出てきたバッターが構えという構えをとっていないからだ。
バットを下げたまま、ほんの少し後ろに置いている、という感覚だ。打つ気あんのか? と思ってしまうが、代打だ。そんな訳はない。また何か仕掛けられているのかと警戒する。
一方の犬走は集中していた。先ほど疲れきった姿の藤田を見て、自分のせいだと痛感したからだ。必ず、当てる。
野球をやっている者ならば、今、犬走がとっている構えを見たことがないはずだ。
野球とは、ピッチャーが投げるボールの球威、球速、変化に対応し、そのボールの力に負けないよう、バッターは力強くかつ正確に芯をとらえてバットを振り抜く。そんなスポーツだ。その打球は、時にはスタンドへ、外野の間へ、野手の間を抜け、観る者を熱狂させる。
だが、野球とは実に様々なアプローチがある球技でもある。打球が外野のフェンスに届こうが、キャッチャーの前にポトリと落ちようが、打者が一塁に止まれば、シングルヒットとなる。
この日本に野球をやっている者が800万人いるとする。
小学生も高校生も、プロもおじいちゃんも。皆がより遠くへ打球を飛ばそうとする。キャッチャーやピッチャーの前にポトリと飛ばそうなどと考える打者は誰もいまい。だが実際、今の日本では7,999,999人が遠くへ強い打球を目指している。そして、たった一人、ポトリと打とうしている打者がいる。それが犬走だ。
故に、石田ー森本のバッテリーには分からない。犬走が何をしようとしているのか。




