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「……なんだ、今の?」


 副島は小さく呟いた。


「あたしもここまで上手くいくとは思ってなかった。でも、ダブルプレーにはならない確信もあったんだよ?」


 伊香保はそう言いながら、パラパラと資料を捲っている。


「すまねえ、伊香保。今の、教えてくれ」


 副島は伊香保に頭を軽く下げた。


「そんな仰々しくしないで。実は理弁和歌山もあたし調べてきてたの。あのファーストの野中くん。バッティングは一年生だけど、もうレギュラークラス。でも、守備力は相当低い。だから、セカンドとライトは彼をカバーする動きをするの」


 いつの間にか副島と滝音だけでなく、みんなが伊香保の周りに集まっている。みんながさっきのプレーのからくりを聞きたかった。


「それにあのライトの一年生。彼は守備力を買われて理弁和歌山に入った選手。彼はバスターの動きにもおそらくすぐに対応できる。それにバントかどうかを迷わせていたから、極端に前にも来ていなかった。彼はバスターの構えを見て、咄嗟に一塁線へ打球が行くのに備えたの。だから、あれだけ広い空間が空いてくれた」


 ふんふん。みんなが頷く。


「器用な東雲さんはバットに当てられるだろうけど、さすがに振り遅れる。だから、あの辺りか一塁方向に打球が飛ぶと思ってた。二塁は空っぽになるはずだから、その時点でダブルプレーはなかったと思うわ。ここまでの結果になったのは、蛇沼くんと白烏くん、それに東雲さんの判断力あってのものだと思う」


 みんなが感嘆した。副島も腕を組んだまま、大きく頷く。


「そうか、すげえ。伊香保、ありがとう。お前の力は必要だ。いけずしてすまねえ。マネージャーとして、力貸してくれ! みんな、新メンバーだ。マネージャーの伊香保由依。よろしく!」


 副島はまた帽子をとって頭を下げた。みんなも「よろしく!」と元気な声を上げる。


 伊香保と滝音が目を合わせて笑った。



 ワンアウト2、3塁。13-2。


 まだ11点差だが、ほんのわずか、いけるんじゃないかという空気が甲賀ベンチを包んだ。


 一人を除いて。


 打席に向かう藤田は無理に笑顔を作っていた。


 何で僕はこんなに体力が無いんだ。またとない理弁和歌山との練習試合。それにこうして追い上げムードだってのに…。藤田は震える両手を憎らしく見つめた。


 


「あいつ……限界だ」


 副島が藤田の背中を見ながら言った。フラフラと足取りもおぼついていない。


「伊香保、あいつに何かしてあげられるアドバイスってないか?」


 副島が訊ねる。伊香保は手をこめかみにあてて考え込む。


「相当疲れてるのね。……辛いけど、振らずに三振かフォアボール狙いで次の月掛くんに賭ける方がまだ良いのかもしれない。足が震えてる。あれじゃ走れないと思うわ」


「……そうか」


 副島と甲賀ナインが肩を落とした時だった。


「ふぉふぉ、副島くん。タァイムじゃ」


 ベンチの後ろ、涼しい暗がりから声がした。皆が橋じいを振り返る。扇子でぱたりぱたりと煽りながら、ふぉふぉふぉと髭を撫でている。


「10人目の戦士がもう近くに来ておるぞい。昔、爆撃機の音に耳を澄ませとったわしの耳は確かじゃ」


 みんなが頭にクエスチョンマークを浮かべた時、確かに誰かが駆けてくる音がベンチ裏に響いた。


 風のような速度でベンチに誰かが駆け込んでくる。


「はあ……はあはぁ。……ごめん、みんな。遅れて」


 最後の甲賀忍者、犬走和巳(いぬばしりかずみ)、見参。


「審判っ! すみません、代打!!」


 副島は大きな声で10人目の甲賀高校野球部員の名を告げた。

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