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いみじくもタイムは長くなった。そりゃそうだ。バスターを副島は桔梗に一から教えている。審判の鋭い怒気を含んだ目線が副島に刺さり始めていた。
「……うんうん、バントの構えして、そこから急に打つってことね。分かったあ、やってみる」
「ちっ、大丈夫かよ、お前」
「大丈夫かよって、指示したの副島くんやん!」
「……俺じゃねえんだよ。もういい、頑張れ! 最後の打者になんじゃねえぞ」
「俺じゃねえって誰? 橋じい?」
「んなわきゃねえだろ。もうタイム終わりだ。無心でやってこい」
去り行く副島の後ろ姿を見ながら、桔梗は首をひねった。滝音くんの指示だろうか? それに……そんな初めてのこと、出来るのだろうか?
副島も首をひねった。伊香保と滝音の真剣な眼差しに押されて飲んでしまったが、桔梗がバスターなど成功させられるのだろうか。
滝音は不安そうな顔でグラウンドを見つめていた。隣で伊香保は資料をめくり、うん、と自信ありげに頷いた。
「滝音くんも、不安?」
「……ああ。副島がツーアウトにしてでも、もう一回上位打線に回したいって思ってるのが分かる。……大丈夫かなって」
それを聞いた伊香保はニッとひとつ笑った。
「見てて。たぶん、成功する」
伊香保は両手を組んで祈るように桔梗を見つめた。
ベンチに戻ってきた副島は揺らぎない瞳でグラウンドを見つめる伊香保にまだ怪訝の目を向けた。これでダブルプレーになったらどうしてくれるんだ……。そんなことを思った。
だが、この直後、副島は見たことのない光景を見ることになる。
「……あの辺りまで飛ぶと、あたしが思っている以上の結果になるかも」
ぼそりと伊香保はセカンド後方辺りを指差しながら呟いた。滝音が首をかしげる。
2球目。桔梗はバントの構えからバスターにいこうとするが、タイミングが合わなかった。ストライク!
心配する副島をよそに桔梗はうんうんと首を縦に二度振った。
次の3球目。バントの構えを取る桔梗目掛けて、ファーストとサードがダッシュしてくる。だが、初球より二人のダッシュ速度は遅い。先ほどのタイムの長さといい、理弁和歌山の守備陣は明らかに迷いが生じていた。それでも桔梗がギリギリまでバントの構えをすることで二人の体重は前のめりになる。やはり、バントか。
と、素早く桔梗がヒッティングの構えに切り替える。既に二塁手は一塁のベースカバーに向かっている。ライトだけが慌てて後ろに下がった。信じられないほど、セカンドの守備位置がぽっかりと空いた。
桔梗は何とか当てたが、何せ初めてのバスターだ。完全に振り遅れた打球がフラフラとセカンドの辺りへ上がる。誰もいない広大な空間へ。
二塁手はカバーに入った一塁ベース上から打球を見つめていた。二塁手はライトが前進しているだろうと思っていたが、そこには誰もいなかった。既に桔梗は一塁へ駆け込んで来ていた。ライトが慌てて前進しているが、間に合いそうにない。二塁手は自分でも打球を追った。
一番近くで打球を見ていた蛇沼は三塁を迷わず蹴る。猛然とダッシュしてきたライトが懸命に拾ってホームに投げるが、間に合わない。
セーーーフ!! ついに甲賀に2点目が生まれる。
三塁のベースカバーに入っていた伊賀崎は青ざめていた。迷わず一塁を蹴った桔梗と、誰もいない二塁ベースが見えていたからだ。
「セカンドッ! カバーだっ!!」
伊賀崎が叫び、二塁手が桔梗と競争でカバーに走る。キャッチャーの森本は投げる姿勢を取っていたが、諦めて腕を下ろした。……だめだ、間に合わない。
副島が初めて目にしたライト前のツーベースヒットだった。信じられないといった表情で桔梗がベンチにガッツポーズを送っていた。




