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筋肉が発達したおかげもあるのだろう。高校二年頃から徐々に三匹を引き離すようになっていた。もう25秒はシンたちに捕まらずに走れるようになった。
シンもヒョウもセイも必死で和巳を追うため、走りが終わると、舌をだらんと垂らしてこまめな息を刻んでいる。
そう言えば、一度、高校二年の体育祭で危ない目にあった。
熱中症でリレーを走る選手が出られず、平均的なタイムの和巳が代役に指定された。
可もなく不可もなく、ただ前との距離をキープしよう。バトンを待ちながら、そう考えていた。
男女混合リレーは体育祭のメインのひとつでもある。女子→男子とバトンを繋いでいく。最後、三年生走者の時は会場の熱気が最高潮に達する。
和巳にバトンを渡すのは同じクラスの女子、東雲だった。和巳は東雲を少し苦手にしていた。
東雲はどこか妖艶で、目を見ると吸い込まれそうになる。美しくも可愛くもあり、他の男子からの人気は高い。ハリのある黒髪と、またハリのある胸元に目がいってしまうのも和巳は分からなくもなかった。
東雲がハチマキをなびかせながら走ってきた。一年生の頑張りもあり、トップで帰ってくる。
が、最後の直線。東雲は勢い余って転倒した。会場から「あー」という溜め息が漏れる。
東雲は泣いていた。
「ごめん、犬走くん。お願い」
東雲は和巳の手に絡むようにバトンを渡した。
濡れた唇から漏れた言葉に、和巳は少し本気を出してしまう。
一歩目。
バトンを受け、身を前方へ向けると同時、和巳は3メートルほどの距離を左足で飛んだ。
二歩目。
右足が土に着くや否や、指と指の付け根が瞬時に土を蹴り上げる。接地面が少なすぎて、土煙も立たない。
三歩目。
地面と平行になった上体の前に、真っ直ぐに伸びた左足が現れる。左足が地面に触れるほんの僅かコンマ数秒で上体が左足に追いついてくる。左足の指と付け根が土をとらえて、また、身体ごと前へと蹴り出す。
風か。そう思えるほど瞬時に踏まれた三歩で、和巳は先頭に立っていた。
しまった。
歩幅を緩める。
やってしまった。
東雲……おそらく、あいつも忍者だ。
一瞬のスピードはどこへやら、和巳は単調な走りになり、一位か二位か微妙な位置でバトンを三年生へ繋いだ。
走り終えた和巳が応援席へ戻ると、人の間を縫って陸上部のキャプテンが和巳に声をかけた。
「いや、あれは必死に飛んでしまっただけで……。すみません、あんまり走るのは……」
ありきたりに和巳は誘いを断った。
陸上部のキャプテンは何度ももったいないもったいない、と呟くのだが、和巳には中学の時に見た苦い光景がある。とても入ろうとは思わなかった。そもそも、陸上部の価値観が分からなかった。
地を、屋根の上を、と任務を果たした後に疾風のごとく敵をまく。
これ以外に何の価値があろうか。
汗をタオルで拭き、ふうと息を吐く。
その後ろには、宝石を見るような目で和巳を見ているクラスメイトがいた。そのクラスメイトは絶対に諦めない目をしていた。




