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「副島、何だって?」
滝音がベンチに入ってきた副島に訊ねた。副島は唇を噛み締めている。
「悪い、五回までにしようて言われてもうたわ」
「ふざけんな。こっちは大事な初めての実戦じゃ」
道河原が理弁和歌山ベンチに向かおうとするのを、蛇沼と桔梗が必死に止める。小さな二人が振り払われそうになるところで、道河原の目の前に一本の刀が現れた。
「待て。当たり前だ。何点差ついていると思っている。こちらは大事な試合でも、あちらには無駄な時間なのだ。弱い俺たちが悪い」
桐葉が刀を突きつけたまま、目を閉じている。藤田が慌てて、理弁和歌山ベンチに刀を見られないよう、視線の盾になっていた。
「ちっ、一本打ったからって調子に乗るんじゃねえぞ、桐葉ぁ」
「調子になど乗らぬ。それよりも貴様のちっとも当たらないスイングをどうにかせよ」
副島が桐葉と道河原の間に入る。二人は甲賀の静と動の象徴だ。お互いに認め合っている癖に、あまりに人間性が違ってよく衝突する。
「いちいち喧嘩すなよ。とにかく、桐葉の言う通りや。9回までやらせて欲しい言うたけど、理弁さんわざわざ来てもらってるし、時間もオーバーさせてまうわけにはいかんのや。弱い俺らが悪い。この裏抑えて、次10点取って逆転すんで! な、藤田」
副島が藤田の背中をポーンと叩いた。藤田は苦笑いしながら大きくよろけた。
その頃、理弁和歌山のベンチでは大きな声の挨拶が響いていた。本来のべンチ入りメンバーが遠征から戻ってきたのだった。
「監督、戻りました。私たちじゃなくてこいつらの指揮を執られるとは……残念です」
本来のエース、大伴資定が高鳥監督へそう挨拶した。
「そう言うな、資定。あちらさんの監督が俺の恩師なんだよ」
10対1。圧倒的なスコア差を見て大伴は後輩たちを労おうと声を掛けた。
「あと4イニングか。お前ら、あと10点取れよ。伊賀崎もこっちで出たんなら、あとの打席は全部スタンド狙わなあかんぞ」
その掛け声に1、2年チームは微妙な表情を浮かべていた。
「どうした? 微妙な表情して?」
資定が首を傾げると、伊賀崎が応えた。
「資定さん、この試合5回までになったんすよ。俺らの攻撃はこの回だけっすね。ま、この点差ですし」
へえ、勝負にこだわる監督が……。珍しいこともあるもんだ、と資定は高鳥監督の背中を見つめた。点差に反比例して、燃え盛るような熱気を宿している。こんな監督は『大阪桐心』や東京の『帝東』、愛媛の『成美』クラスと当たる時くらいにしか見られない。
どういうことだ? 甲賀高校……聞いたことないが。大伴資定はベンチから続々と出てくる甲賀ナインを見つめた。




