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桔梗は必死に打球を追っていた。
このまま突っ込めばフェンスに激突するんじゃないか……いや、そんなのどうでもいい。ひとつ、アウトを取るんだ!
桔梗は全速力で走りながら飛んだ。もっと先にボールはある。間に合え、届け! 小さな身体を飛びながらぐいっと伸ばす。桔梗の小さな身体が硬いフェンスに激突する。鈍く大きな音が球場に響いた。衝撃で帽子が遠く吹き飛んでいく。1.5メートルは飛んだか。空中でフェンスに激突した桔梗がどさりと地面に落ちる。
地面に叩きつけられた桔梗が、グローブを上げた。グローブの中には白いボールが見えた。
アウトオォ!
初めてのそのコールが空にまで響く。犠牲フライで、もちろん理弁和歌山に10点目が入ったが、それはもうどうだっていいことだったのかもしれない。
「桔梗……」
副島はグローブを高く掲げる桔梗に心から謝った。
ゆっくりと桔梗が立ち上がる。
「お前らああああぁ!!!!」
桔梗の高い声はよく通った。
「お前ら、それでも男かよ!! 下向いてんじゃねえよ! 男だろ、お前ら!!! なんだよ。野球ってこんなカッコ悪いもんなのかよ。ふざけんな、ふざけんなよ、お前らああ!!」
桔梗の叫びは最後の方、涙が混じっていたように思う。
副島は拳を握り、自分の頬を殴った。道河原も、桐葉も、滝音も、白烏も、蛇沼も、藤田も、月掛も、同じように平手や拳で自分自身を殴った。
桔梗がこんなプレーを見せてくれたんだ。ここで燃えない者は男ではない。滝音がマスクを取り、人差し指を高く掲げた。ナインに向けて声を出した。
ワンナウトーーー!
おおおおおおおおおぉおぉぉ!!!
男たちの声がやっとこだました。
「ほんっと、できるなら最初からすればいいのに。……男って、ほんとバカ」
桔梗がにこりと笑って、小さくグローブを叩いた。
マウンドから藤田は白球の行方を見つめていた。
なんてことを……桔梗さんを怒らせてしまった。いつも愛くるしくて、それでいて妖艶で、笑顔はもちろん、悲しい表情も美しい、愛しい桔梗さんを僕は……。
キッと藤田は鋭い眼光でホームベースを見る。その燃えるような眼力に滝音すらもたじろいだ。
藤田は先程までの投球とはうって違い、流れるようなフォームからキレのある球を投げていく。
ストライーーク!
ストレートは内角低めにズバッと決まり、スライダーとチェンジアップに理弁和歌山のバットは空を切った。三球三振、ツーアウト。
「よっしゃ、いいぞ藤田」
月掛が調子よく飛び跳ねている。
「ナイスボール!」
滝音がボールを返す。大きく藤田が頷いた。
センターから白烏は藤田のピッチングを観察していた。初めてこうして真後ろから見る。藤田の流れるようなフォームは、手裏剣にはない動きだ。手裏剣は基本、止まって投じる。この無駄のない全身運動から最後に指先に頼るのが、理想の投げ方なのか……。白烏は貪欲に藤田のフォームから少しでも早く学ぼうと、センターから目を凝らしていた。
次の打者には伸びのあるストレートを無理な体勢で打たせた。落ち着いて桐葉がさばく。がっちりと道河原が掴む。
スリーアウト、チェンジ!
やっと長い理弁和歌山の一回裏の攻撃が終わった。
「あのピッチャーも良いぞ。とても俺らには敵わないけど、悪くないピッチャーだ」
理弁和歌山ベンチで誰かがそう呟いた。
「俺はあいつ知ってるわ。百海ボーイズの藤田だ。中学でもまあまあ有名やった」
「何でそんなやつがこんな高校に?」
「まあ、見てな。藤田には大きな弱点があるんや。見れて三回までや思うで、あのピッチングも」
「どういうことだ?」
「あいつは……スタミナがないんや。やから、どこからも声がかからんかった」




