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3

 月掛が打席でぴょんぴょん飛び跳ねている。


 結局、月掛は明らかに誘って投げられた、初球の沈むスライダーを引っかけてサードゴロ。俊足の月掛だが、初球を引っかけて悔しがったせいでスタートが遅れ、そのまま普通にアウトとなった。打ってすぐに走れば、もしかしたら月掛ならセーフだったかもしれない。


「くっそー、全然打てそうやったのにぃ」


 月掛が悔しそうにベンチでバットを置いた。


「月掛」


「はい?」


 口を尖らせた月掛を副島が呼び止めた。


「お前、何で打ってすぐ走らなかった?」


「すんません。やっちまったって思って」


「そっか、そうやって正直なところはお前の良いとこだ。次から油断すんなよ?」


「はあい。すんません」


 月掛は悔しそうにベンチに掛けた。今はひとつひとつ勉強だ。ミスや勿体無さには厳しく声を掛け、これから意識してもらわねばならない。副島は敢えて冷たい口調でナインに伝えていく。


 と、まだ試合が始まったばかりでふわふわした雰囲気が漂っていた中、突如としてグラウンドの空気が張り詰めた気がした。


 左打席に桐葉が入ったのだ。異様な緊張感がグラウンドを包んだ。桐葉は打席に入ると、ゆっくり両足を膝から曲げ、バットを逆手で持ち、へその前に構えた。


 理弁和歌山の外野の選手が少し笑った。何だ、あの構え? と笑ったのだろう。だが、バッテリーは笑うどころか、お互いに汗を拭っていた。冷や汗だった。


 副島は少し笑いそうになった。そうだろうな。体験しないと分からない。桐葉は本物の殺気をバッターボックスから対峙するピッチャーへ放っているのだ。


 野球としてはとてもあり得ない居合いの構え。しかもバットは片手でしか持っていない。それでも気圧されたか、理弁和歌山バッテリーは桐葉を前にストライクを入れられず、3ボール0ストライクとカウントを悪くしていた。


「石田、楽に楽に!」


 理弁和歌山ベンチから声が飛ぶ。ベンチからはバッテリーの苦悩が分からないだろう。


 4球目。

 外角へのストレートを桐葉は鋭いスイングで合わせてファウル。

 5球目。

 敢えて少し高めに外れたボール気味の球を桐葉が強引に引っ張る。僅かに逸れてファウルとなったが、鋭くフェンスに打球がぶち当たった。


 副島と藤田はちらりと目を合わせた。互いの目線に少し笑みを含ませている。構えはとても野球ではないが、桐葉があの理弁和歌山に通用していると分かると嬉しかったのだ。桐葉は打席でフェアグラウンドに入れられなかったことを反省しているようだ。次はヒットを打つ。そんな空気を纏っている。


 だが……ここからが甲子園常連校の真骨頂なのであろうか。

 相手ピッチャーはちらりとベンチを見た。キャッチャーも同時にベンチを見ている。高鳥監督が何らかのサインを送り、バッテリーは大きく頷いたように見えた。


 桐葉が居合いの構えを取る。

 ピッチャーは初めて大きく振りかぶった。さっきまで制球重視でセットポジションで投げていたのを、突然ワインドアップに変えられ、わずかなから桐葉に動揺が走る。だが、桐葉はそれだけで心を乱すほどではない。ワインドアップならば速い球がくるはずだ、と速球への対応をとる。

 ピッチャーの指からボールが放たれた瞬間に桐葉がバットを抜く。先ほどまでのストレートより速い球ならば、タイミングはぴったりだ。


 が、桐葉のバットは空を切った。最後はすとんと落ちるフォークボールだった。

 おそらく普段は使うなと言われているのだろう。監督に投げる前に確認を取ったのはそれだ。加えて、速球と見せかけるようワインドアップの構えを取った。さすがに理弁和歌山である。見事だ。副島は純粋にそう感じていた。


「すまぬ」


 桐葉がベンチに戻って頭を下げた。


「一打席で何言ってんだ。全然オッケーだ。よっしゃ、守備いくぞ!」


「おおう!」


 副島はナインを鼓舞したが、少し自信を持っていた上位打線が三者凡退に抑えられたことは、やはりショックだった。相手は理弁和歌山とはいえど、二軍もしくは三軍クラスのチームなのだから。

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