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結人は机に肘を置き、ぼうっと教室の前を眺めていた。視線の先には刀貴がいる。刀貴をどうしてあげれば良いのか分からないでいた。
ある日を境に刀貴の元気がない。もともと寡黙であるし、はしゃぐこともないから、元気があるのかないのかは傍目には分からない。それでも、刀貴の心から何かが抜け落ちた。刀貴の親父さんが亡くなったあの日と同じように。
「刀貴……あいつ、最近おかしいな。やっぱり俺らが野球部入ったのは刀貴にとって良くなかったんかな?」
結人は部室で着替えながら、鏡水に訊ねた。
「いや、刀貴がそんなことでああはならない。何かあったんやろけど、親父さんが亡くなった時でも言わんかったような奴やからな……。ちょっと嫌な予感してる」
鏡水は着替える手を止め、考えに耽った。刀貴は自分で背負い込む悪い癖がある。何があったか知らないが、何かを覚悟したような刀貴のここ最近の仕草は気にかかる。鏡水は今日何かが起こる予感を感じていた。
その日の夜。修練場に刀貴は現れなかった。結人と鏡水は二人で疲れた身体にむち打ち励んだが、身が入らずに途中で切り上げた。
「刀貴の家に行こう」
「ああ、俺もそのつもりだ」
刀貴の家は修練場と向かい合う山の中腹にある。二人して山を登り、刀貴の家に着くと明かりはなかった。
なんだか胸騒ぎがする。二人ともが同時にそう思い、二人同時に窓を蹴破った。
刀貴の家は大きな地下一階付きの二階建てで、地下一階が剣道場になっている。
結人と鏡水は真っ暗な一階のリビングを駆け抜け、地下一階へ通ずる階段へ急いだ。地下に通ずる階段は暗く、明かりを点けようとしたが、スイッチを押しても明かりは灯らなかった。闇へと続く階段を降りると、剣道場の扉は閉まっており、二人で両側から勢いよく開け放つ。
「刀貴っ」
暗闇に人の気配だけがしている。ごくりと唾を飲み、徐々に二人の目が慣れてくる。剣道場の真ん中に人影が座している。刀貴だ。正座した刀貴の前には長い刀が置かれている。暗くて見えないが、太古より生きてきた刀という空気が満ちている。
あれが国宝、洟懸地杏葉螺鈿太刀か。
刀貴は白い装束を纏っているらしく、刀を前にした姿はまるで切腹する武士のようであった。
「刀貴、事情は分からないけど、やめてくれ。死んでどうする」
鏡水が刀貴の前に座り、諭すように声を出した。結人も隣に座り、神妙な面持ちで付け加えた。
「刀貴、お前の母さんが悲しむぞ。何かあったならまず俺らに相談しろよ」
刀貴は暗闇の中でくすりと笑った。
「鏡水、結人、なんだか勘違いしてるな。誰も死ぬなんて言ってないぞ。鏡水、そんな洞察力でキャッチャー務まるのか?」
結人と鏡水は首を傾げて向かい合った。
「ふふ、洟懸地杏葉螺鈿太刀に別れを告げようとしてただけだ。この洟懸地杏葉螺鈿太刀を俺の代で終わらせようと思う。代々守り通した先祖には悪いけど、これは国に返す。俺は刀を一旦置いて外の世界に出る。まずは結人、鏡水と野球でもやってみる。このまま独自に剣術を磨こうと、あいつらには勝てそうもないからな……」
「……正直、よくわかんねえけど、たぶん刀貴なら野球やれると思う。でも、何で突然そうなるんだ? あいつらって?」
「副島だよ」
「……副島?」
「俺も副島にそそのかされたってとこかな」




