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とある日曜日。刀貴は風流れる丘の上にいた。
鏡水と結人は野球部の練習で、今日の演習はなくなった。それならばと、刀貴は父、友刀の墓参りに来ていたのだ。
墓石に水をかけ、線香をあげる。年に一度だけ友刀が大事そうに飲む蓬莱泉という日本酒を添えた。線香の煙が強い風にさらわれ、霊園を忙しなく抜けていく。
「父上、極めた刀の先には何があるんだろうな…」
花瓶に入るだけの花を生け、踵を返したときだった。
風下に黒い空気を感じた。咄嗟に身構えるが、ここに刀は持ち添えていない。線香の煙が流れる方向に意識を張る。無手で構えを取り、気配のする方へ刀貴も殺気を放つ。
吹く風の音だけがした。互いに見えない者同士の緊迫。額に汗が伝う。相手に刀で襲ってこられれば、利き手でない右手を失ってでも初太刀から身を守る。そう頭の中で描いた瞬間、目の前がきらりと光った。何事かと後ろに飛ぼうとしたが、すぐに何かにぶつかる。振り返ろうとして首を動かそうとしたが、目の前、いや首筋にぴたりとつけられ光っていたものが刀だと分かり首の動きを止めた。
「ふん、甘いなあ、甲賀の剣士」
背後から馬鹿にするような声がした。
「国宝の洟懸地杏葉螺鈿太刀ってのは、背後から喉元に刀を添えられるまで気付かなくても持てるものなのかい?」
今度は気配がしていた前から声がする。墓石が並んだ向こうは崖になっていて、眼下は見えない。声はその崖から聞こえていた。
目の前で光る刀身は研かれており、鏡のように空を写している。
「うちの祖父は君の桐葉家に洟懸地杏葉螺鈿太刀をかけた戦いに敗れて命を絶ったんだ。復讐として、うちの父が君の父親と遊ばせてもらったけどね。贋作で洟懸地杏葉螺鈿太刀を守ることしかできないなんて、愚の骨頂だ。その息子も結局はこの程度……。なんだか爺ちゃんや父が騒いでいた洟懸地杏葉螺鈿太刀に興味が失せてしまったよ」
背後の男はそう言って、くくくと笑った。
「……父上を……おのれ」
刀貴が肘で背後の男を穿とうとしたが、背後の男は簡単に足でそれをいなした。
「ふん、小十郎。結局はこの程度だ。よく分かった。洟懸地杏葉螺鈿太刀も持っていないならば用はない。俺らはこんなくだらん刀の道にこだわらず、違う道を進もうぞ」
崖に身を潜めた男がそう言った。
「桐葉刀貴よ、敗けを認めろ。忍を司る剣士として、背後から刀身を突きつけられるは恥だ」
背後の男が刀を首筋に触れさせた。ちんっと痛覚が反応する。その角度が変わった刀身に背後の男の顔が僅かに写った。大きな傷と長い髪がはっきりと刀貴の目に記憶された。
「認めろよ。認めねば斬る」




