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母としばらく居間で友刀の帰りを待った。膝が震えている。
「刀貴、大丈夫?」
母は若冠15歳の刀貴を心配していた。だが、刀貴が震えているのは、怖いからではない。父の覇気が薄れているのを感じていたからだった。
まずい……。それでも、友刀はおそらくそれを分かったうえで剣道場へ来るなと言った。葛藤の中、刀貴は膝を震わせて我慢していた。
20分ほどが過ぎた。刀貴は一人の覇気がとてつもなく大きくなったのを感じた。同時に、幼い頃に父からつけてもらった稽古の日々が頭に流れた。
父の危機だ。もう、父の言うことは聞けなかった。
「母さん、警察に電話して。そして、何かあれば逃げて。俺は父さんのところへ行く」
そう告げた刹那に刀貴は扉を開け、鷲のように翔び、虎のように駆けた。早く、早く。和室の襖を開けると、そこには一人しかいなかった。血まみれになった友刀だけが、鶯色の畳に寝転がっていた。
「父さんっ」
「刀貴、来るなと言ったはずだ。危機管理は甲賀に足りない部分だ。お前にはそれも会得してほしい」
「喋らないでくれ、父さん」
「大丈夫だ。愚か者たちが持って行ったのは贋作だ。本物はここにある」
そう言って友刀は抱き締めた洟懸地杏葉螺鈿太刀を刀貴に見せて笑った。
「刀なんてどうでもいい」
刀貴は友刀が抱えている洟懸地杏葉螺鈿太刀を引っこ抜いて、投げ捨てようとした。こんなものさえなければ……。だが、洟懸地杏葉螺鈿太刀はびくとも動かなかった。友刀は息絶えたまま、決して洟懸地杏葉螺鈿太刀を離そうとはしなかった。
刀貴は齢15歳にして桐葉家15代目当主となった。
父が命を懸けて守った洟懸地杏葉螺鈿太刀を守らねばならない。この桐葉家の誇りを失ってはいけない。
服部、百地、藤林、風魔。
刀貴はこの四つの名を忘れることはない。父を斬殺した四名だ。正確には、そうだろうと目されている四名。友刀の死は、刀で斬られた強盗殺人として捜査された。その容疑がかかったのが、この四つの名だった。約一年に渡っての捜査も虚しく、証拠も自供も取れず、嫌疑不十分のまま、四名は釈放された。
結人と鏡水の父が刀貴の肩を抱いて涙ながらに言った。
「奴等は伊賀と風魔一族。奴等で間違いない。必ず仇はとってやるからな」
結人も鏡水も、刀貴にかける言葉が見当たらなかった。
父を失ってから、刀貴は刀に明け暮れた。
大木はひとつのささくれも立てずに刀貴に斬られていく。鉄も音をたてずに斬られ、舞う葉は洟懸地杏葉螺鈿太刀の放つ月光の反射とともに八つに斬り裂かれていく。
「父上、俺は誰にも届かない剣士を目指す。そっちで見ていてくれ」
雨落ちる山の石の上で、刀貴は洟懸地杏葉螺鈿太刀を胸に抱き、空にある父にそう誓った。




