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そんなある日。突然、東雲桔梗が稽古場に訪ねてきた。東雲の艶かしい姿に加え、「まわし姿がかわいい」などという台詞に強烈な恥ずかしさを覚えたが、それでも玄武は相撲を止めようとは思わなかった。
龍造寺謙信との再戦だけを気持ちの支えとして過ごしたのだ。
なのに、何故出てこない……。
あの小学六年生以来、謙信は表舞台に出てこなかった。来る日も来る日も玄武は相撲大会に謙信が出てくるのを待った。だが、どの大会に出向いても謙信は出てこなかった。
とある春、何気なしに点いていたテレビは春の選抜高校野球選手権が流れていた。
『入ったぁぁぁぁぁ! なんという打球だ! バックスクリーンのスコアボードにまで打球が届きました。解説の達磨さん、とても高校生とは思えない打球でした』
『ええ、驚きましたねえ。高めに甘く入ってしまったスライダーではありましたが、それでもここまで飛んだ打球を私も見たことはありません』
テレビでそのホームランのVTRが流れる。玄武は虚ろな目でその軌道を眺めていた。
『今大会3本目。龍造寺くんの豪快なホームランでした。これで帝東高校、5点目と石川星翔高校を突き放しました』
なんだと!
玄武はガッツポーズをする熊のような後ろ姿をしかと見た。
……あいつだ。
あいつめ、野球に転向してやがったとは……。
俺は何のためにこんなに恥ずかしがってまわしを締め続けたのか。
玄武は思った。
連絡先を交換しておくべきだったと。
「親父、あいつ、龍造寺家の。あいつ野球やってる。甲子園に出てる」
あれからもう何年もふて腐れている獅童を叩き起こした。
「なんだと! 玄武、お前、野球は出来るのか?」
玄武は首を振った。
「それは親父が一番知ってるだろ」
二人腕組みして、テレビの前で龍造寺謙信を見つめた。
帝東高校は東京の甲子園常連校だ。関西出身である謙信がこの帝東高校野球部に入っているということは、中学から謙信は野球をして野球留学したということの証だった。あれだけリベンジを果たそうと相撲に打ち込んでいた玄武だったが、謙信はあっさりと小学校で相撲を辞めていたらしい。
帝東高校は順当に勝ち、お立ち台では龍造寺謙信が上がってインタビューにのぞんでいた。
「小さな頃からずっと鍛練をしていましたので、それが少し報われたかなと思います」
獅童は分かりやすく、ぐぬうと息を漏らした。
「玄武よ、野球部に入れ」
「いやいや、親父。相撲とは違う。一人頑張っても全国なんか行けんぞ」
獅童は思い立ったように誰かに電話をかけようとした。
「わしらと同じ甲賀者にて、既に蛇沼家と月掛家のせがれは野球部に入っとる。最初は何が野球かと思っとったが、甲賀者が集まれば、何とかなるやもしれん」
そう玄武に告げ、電話をかけ始めた。
「おいっ、月掛よ! お前のせがれが野球部に入ったやろう。うちも入れるぞ! 必ず甲子園へ行くぞ。いいな、月掛!」
またも獅童の磊落へのライバル心から、玄武は野球を始めることになった。
全くのずぶの素人だが、龍造寺謙信と一つ違う点がある。八年に渡って四股を踏み続け徹底的に鍛えられた下半身により、玄武のパワーは龍造寺謙信を遥かに上回っていたのだ。
やがて玄武は甲賀高校野球部員として、強豪帝東高校と甲子園で対峙することになる。その球史に残る四番打者対決は、また少し後からのお話。




