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桔梗は中学1年生ながら、大人の色香を既に纏っていた。それでも、まだ心は幼い。
下校して家に帰ると、玄関先の道端で人相の悪い二人組が煙草をふかしていた。怖くて駆けながら玄関へ逃げ込んだ。
「あっ、こら待て。おーい、お嬢ちゃん。かわいい顔してんじゃねえか。親に金返せって言えよ! わたしが売られちまうぞってよ。なはははは」
二人組が扉を乱暴に叩きながら言った。
桔梗は玄関に鍵をかけて泣きながら居間へ駆け込んだ。
「桔梗、大丈夫かい?」
お母さんは何もなかったように台所に向かっていた。桔梗のためにおやつを作っていた。
「お母さん、怖い……」
「へぇ、怖いんだ。私はいつでもなんとでもできるから、全然怖くないかな」
そう言って、桔梗の頭から足の先までをじっくりと見た。
「たぶん……桔梗も、もうできるかもしれないわね」
「何を?」
お母さんはいつものように、ふふ、と笑った。
「何って……くノ一の技よ。……さ、桔梗が怖いんなら、そろそろ相手してこようかね。桔梗も13歳になるのか。見たかったら見ても良いわよ?」
お母さんはおやつをテーブルに置いてエプロンを脱いだ。白いサマーニットは大きな胸を強調している。髪を後ろで束ね、アップにしてピンで留めた。首すじから良い香りが漂った。
「おやつ食べてても良いし、くノ一が何たるかを見てみたかったら見に来ても良いわ。どちらでも、桔梗の好きにおし」
ふふふ、そう笑みを浮かべて玄関へ向かった。
おやつは手作りのヨーグルトケーキだった。ケーキのところどころに苺があったり、桃の果肉が入っている。お母さんの可愛らしさがこのヨーグルトケーキには詰まっている。
ヨーグルトケーキを食べ進めると、いつも最後に無花果に辿り着く。無花果は何だか大人の味がして、食べるとうっとりする。
そして、お母さんを思い出す。お母さんの香り、お母さんの首すじ、胸元……娘の桔梗でもぞくぞくとする淫靡さがお母さんには備わっている。それが、くノ一なのだというが、いまいち桔梗にはよく分かっていなかった。
「……さっき、お母さん、あたしでもできるかもしれないって言ってた……くノ一って、何なんだろう?」
ひと切れのヨーグルトケーキを食べると、身体の下の方からむず痒いものが押し寄せ、桔梗はお母さんのくノ一とやらを見たくなった。
玄関へ向けて歩を進めるごとに、見たさと見たくなさが入り混じる。玄関が近くなるほど、見て良いのか見てはいけないのか、分からなくなる。
桔梗は少し震えていた。震えながら、そっと玄関の引き戸を開けた。僅かな隙間から外の様子を覗くことができた。
外で、お母さんが囲まれていた。怒鳴り声が聞こえる。桔梗は怖くてその場にへたりこんでしまった。お母さんがさらわれてしまう……。そう思ったからだ。
顔を上げて玄関扉の隙間から見た光景に桔梗は目を疑った。
お母さんがいつの間にか男たちの背をとり、二人組の腕を締め上げている。
「てめえ、離せ」
二人ともが背中に腕を回されて、情けなく怒声を浴びせている。お母さんは笑みを浮かべている。こちらからでも、ふふ、とお母さんの小さな微笑が聞こえてくるようだ。
次の瞬間、桔梗は見たことのない光景を見る。
お母さんは一人の男の首すじか耳か、その辺りに顔を這わせた。男は骨がなくなったかのように、へたりと足から力を無くし、道端にへたりこんだ。
お母さんはもう一人の男の首に指を這わせた。這わせながら耳辺りで何かを囁き、その男も地べたにへたりこんだ。
男たちはへたりこんだまま、お母さんを見上げていた。お母さんが二人の掌を踏んづけた。珍しくお母さんはヒールを履いていた。桔梗でさえ、痛い! と目を背けそうになった。
だが、男二人は桔梗が今までに見たことのない表情を見せていた。桔梗の知らない恍惚という表情だった。
終いには、二人ともお母さんに向けて財布を取り出し、数枚の紙幣を寄越した。どれだけ怒って帰るだろうと桔梗は思ったが、二人ともだらしない笑顔を浮かべて、すたこらと去っていった。




