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滋賀学院のキャッチャーはミットを一度外した。激痛が走っていたからだ。手のひらは赤く染まり、パンパンに腫れていた。
キャッチャーはふっと小さく笑った。こんなボール、一生受けることはない。あとたった三人だ。頑張れ、才雲。もう俺はボールをこぼさない。お前のボールについていくから。
自分のせいでボール判定されているかもしれない。そう感じたキャッチャーはこの後、一度もミットからボールをこぼすことはなかった。己の目と耳を研ぎ澄ませ、才雲のボールの軌道を読み、捕球していったのである。
ストライクッ!!
キャッチャーの捕球音が皇子山球場に響き渡る。これでカウントは2ボール2ストライク。
月掛はもう一度打席を外して深呼吸をした。手が出なかったが、今のボールも見えないほどではなかった。しかも、今のボールはコントロールを最重要視したボールには思えなかった。先程のファウルを警戒し、打たせまいと投げられたボールだった。そのボールが見えた。キャッチャーも捕球した。
やはり……徐々に球速が落ちている。そう確信した。ならば、やることはひとつ。それが俺の役目だ。
キイィィィン!
カイイィィン!
キャイィン!
ストライクコースのボールに月掛はしつこく何度も食らいつく。体格のハンデを乗り越えるために、月掛は諦めずに何度も何度も反復して普通の忍者ができることを習得してきた。その粘りを今ここで発揮する。
才雲は明らかに疲労の色を表に出していた。何度も汗を拭う。
打球は一度も前に飛んでいない。それでも、この才雲と月掛の勝負はじわりじわりと月掛が追い込んでいた。月掛の狙いはひとつ。粘って粘り抜いてフォアボールでの出塁だった。
何球が投じられただろうか。既にフルカウントから何度も月掛はファウルで耐えていた。ここで月掛の粘りに業を煮やした才雲が仕掛けた。
今までよりもモーションが大きい。才雲はコントロール重視でなく、力でねじ伏せにきた。ボールが光と炎に包まれるように唸る。
バッシイィィィィィィ!!
必死に滋賀学院のキャッチャーがボールを掴む。月掛はバットを止めた。いや、手が出なかった。
キャッチャー、月掛、双方が主審のコールを待つ。
ボーーーール!!!
「っしゃあ!」
月掛はバットを置いて、うずくまるように身体を丸めながら両拳を握った。握った手を広げると、指が腫れている。ファウルにしかできなかったのに、指がここまで腫れるとは……。
後ろからゆっくりと月掛に近づいてきた者がいた。
「よくやった。任せておけ」
桐葉が珍しくそんな声をかけた。既にその体は才雲へ向かっている。
「頼んます。負けたくねえっす」
「……ああ。だから任せておけと言っている。早く一塁へ行け」
さあ、滋賀学院どうする? 才雲の表情を窺った桐葉は滋賀学院ベンチを見た。
月掛の粘りで明らかに疲れが見えている。一本もヒットを打たれていないが、川原に戻すのか、このまま才雲でいくのか。普通なら、当然まだ1人しかランナーを出していない才雲の続投だ。しかし……。
桐葉は気付いていた。才雲はスタミナがないのではない。
彼からは、僅かに血の匂いがする。