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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
15.強豪 滋賀学院 霧隠才雲現る
181/240

37

 初球。白烏の手元が少し狂い、西川の身体すれすれをストレートが襲う。西川は微動だにせず、見送った。


 二球目。同じく内角へ今度はスライダー。背中から入ってくるような変化にも西川は反応しない。急激に曲がったスライダーがストライクコースをとらえる。


 三球目。内角低めへの手が出ない最高のコースへのストレート。西川は腕を畳みながらも凄まじいスイングスピードで応戦したが、バットにはかすらず、大きな音とともに滝音のミットに収まった。


 1ボール2ストライク。滝音の理想通りに追い込んだ。よし、いいぞ結人。


 伊香保もうんうんと頷いていた。その仕草を見て桔梗が少し首をひねった。


「由依、聞いていい?」


「なあに?」


「あの四番……ほんとに外角の変化球打てないの?」


「え、何で? 全く打てない訳じゃないけど、明らかに今までの全打席であのコースの変化球だけ率が悪いわ」


 なるほど……。桔梗は納得して口をきゅっと結んだ。


「あたし、男の考えてることって大体分かっちゃうんだよね。由依、それさ、全打席のデータでしょ?」


「え、……うん」


 少し勘づいたように、伊香保が不安の表情を覗かせた。


「打率……ゼロじゃないんやよね? もしかしたら、ここ最近の打率が高いとか、どうなん?」


「ごめん、私としたことが。そこまでのソートかけて……ない」



 これで終わりだ。滝音のサインに大きく頷き、指の感覚を研ぎ澄ませた。


 白烏のスライダーが鋭い角度で曲がっていく。外角へ、低めへ。スピードも申し分ない。滝音は白烏のコントロール改善に驚くばかりだった。完璧だ。


 そんな滝音の頭上に影ができた。がっしりと引き締まった肉体が滝音の頭上に覆い被さる。しっかりと左足と上体が外角のボールに対応している。


「残念だったな。そのコースを打てるようになれと、あそこの三塁ランナーがうるさくてな」


 遅れて出てきたバットが、道河原のそれと同じスピードで轟音を撒き散らしながら振られた。外角へ逃げる変化球をとらえるお手本のようなバッティングだった。


 カッキーーーーーーン!!!


 あらかじめ深めに守っていた犬走が一歩、二歩と下がる。三歩……四歩……。……まずい。犬走が姿勢を低くし駆け出す。もう犬走は打球を確認していない。最深部までいち早く到達するしかない。そんな打球の伸びだ。それを越えてスタンドインすれば、それはそれで仕方ない。


 おそらくセンターが犬走でなければ、一塁ランナーの川野辺も本塁を踏んでいた。一目散に駆けて、フェンスに到達したところで犬走が振り向くと、打球がちょうど落ちてきていた。フェンスに背中をくっつけながら捕球する。それを見て、才雲が悠々とスタートを切った。


 甲賀1-1滋賀学院


 滋賀学院、四番西川の犠牲フライですぐさま試合を振り出しに戻した。


 打った西川は一塁手前で残念そうに天を仰ぐ。川野辺がその西川に一声かけ、西川は諦めをつけたように、笑みを浮かべながらベンチでハイタッチを交わした。


 ふうぅぅぅ。


 白烏は良しとも悪しともつかない顔をして、大きく息を吐いた。止められなかった。結局、味方に点を取ってもらった直後に点を取られてしまうのは、ピッチャーとして情けなくあった。一方で、スタンドインせずに良かったとも、胸を撫で下ろしていた。白烏はこの霧隠、川野辺、西川と続く打線の凄まじさに、身体の緊張が頂点に達していたのだと知った。


 五番打者が打席に入る。


 身体が大きい。足が太く、どっしりと構えられている。今までに対戦してきた高校の四番打者たちと比べると、一回りも二回りもスケールが大きいのが分かる。これが甲子園常連校の層の厚さか。一回戦から対戦してきた高校との格の違いをまざまざと見せつけられる。


 だが、それよりも数倍、いや、それ以上に、霧隠才雲と川野辺真、西川雄太(にしかわゆうた)はレベルが違っていた。戦うごとに右肩上がりの曲線を描いて成長していく甲賀高校野球部にとっては、この五番打者では相手にならなかった。


 ストライクッ! アウトー!


 成す術なく、五番打者のバットが空を切り、滋賀学院の攻撃を終えた。守備位置から一塁側ベンチへ戻る甲賀ナインと塁上にいた川野辺の目が合う。互いに認め合うように、小さく頷くような仕草をして、各々のベンチへと戻っていった。


 ついに試合が動いた四回。

 表と裏に両校が1点ずつを取り合い、がっぷり四つとなった。大勢の観客の間では、両者五分の力関係に見えていた。ところが、バックネット裏の一部では違う見方をしている者たちがいた。プロ野球のスカウトたちであった。


「滋賀学院も甲賀もどちらも凄いな」


「ああ、素材の宝庫やな」


「このまま互角やと思うか?」


「……いや、滋賀学院やろな」


「……せやな」


「あんたは、その理由、何でや思う?」


「選手層もやし、経験値の違いもある。そら、理由は色々あるよ。けど、一番は……」


「一番は?」


「あの18番や。霧隠っていう子。あの子が出ることで滋賀学院に流れが傾いた。まだ少ししか出とらんが、攻撃でもピッチングでも試合を支配できる力がある」


「全くの同感やわ。何でおんな子を滋賀学院は今まで出さんやったんか……」


 回は五回へと進んでいく。これからゲームは折り返しを迎えていく。

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