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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
15.強豪 滋賀学院 霧隠才雲現る
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 ───マウンドに仁王立ちする白烏は、打たせてなるものかという気を纏い、霧隠才雲を見下ろしていた。


 紛れもない本物。こうして本物と合いまみえる機会を持てたことを才雲は感謝した。


 野球をやって良かった。心からそう思う。そして、誇り高き仲間を持てたこと。生きていることを今、実感できる。


 本塁打は要らない。出塁すれば、必ず川野辺と西川が俺を本塁に返してくれる。それが、滋賀学院野球部だ。ひと握りだけ、才雲はバットを短く持った。


 む。滝音は霧隠がバットを短く持ったのを確認して、慌ててサインを変えた。ストレートに絞ってきた。結人の今日のストレートは打たれない。だが、念には念をだ。ストレートのサインからスライダーに変え、外角に逃げるボールを要求した。


 分かったぜ、鏡水。本音はこいつとはストレート勝負したい。でも、俺らが勝つ。そのためにはこの霧隠を抑えなければ。大きく首を縦に振り、背中に隠して握るボールをスライダーの握りに変えた。


 大きく振りかぶる。まだ2球目だが、このボールで勝負がつく。白烏はそう感じた。


 グリップを強く握る。まだ2球目だが、このボールが勝負を分かつ。才雲もまた、そう感じていた。


 内角をえぐるように投じられたボールが、鏡で反射したように角度を変える。一気に才雲から離れて外角へ向かう。


「見事なり」


 才雲のバットが追う。そこからもまた鋭く曲がっていく。


『霧隠流、血身けっしん


 キイイイィィィン!!


 月掛、道河原は打球を目で追えなかった。一、二塁間を閃光のごとく抜けた打球がライト藤田の左側へ向かった。危うく後逸しそうになり、藤田はスライディングしながら捕球する。


「危ない。なんて打球の速さなんだ」


 三塁側のベンチが沸く。三塁側のスタンドからブラスバンドの音が高らかに鳴り響いた。


 滋賀学院、この試合の初ヒットは途中出場の霧隠才雲から生まれた。才雲は一塁ベース上で控えめにヘルメットに指をかけ、声援に応えた。


 道河原から白烏にボールが渡る。白烏はそのボールを受け取って、少し満足げな顔を覗かせていた。今日、初めて真のピッチャーとして投げられている。この感覚さえ会得すれば、誰も打てるわけがない。その自信があっさりとひっくり返された。野球というスポーツの奥深さを肌で感じ、笑みさえ溢してしまうのだった。


 静かに背伸びをし、続く打者、川野辺が打席へ向かおうと歩き始める。


「キャプテン、続きましょう!」


「キャプテン、次は打てます!」


 ベンチ入りした2年生が川野辺の背中に声をかける。振り向いた川野辺が2年生へ向け、にこりと笑った。


「俺も必ず続く。みんなで甲子園に行くぞ」


 はいっ! 大きな声に見送られ、打席へ向かう。その背中をネクストバッターズサークルに入った西川が見送った。


「お前は天才だ。あのピッチャーより、お前の方がよっぽど天才だ。俺はそう信じてるぞ」


「西川、ありがとう。俺ら二人で才雲をホームに返すぞ」


「分かってる。頼んだ」


「ああ、任せろ」



 お次は、こいつか。しびれるな。


 白烏は、左打席に入りゆらりゆらりとバットを振る川野辺の様子を眺めていた。


 第一打席、滋賀学院のスタメン9人は白烏の前に手も足も出なかった。ただ、その中で一人、空振りをしなかった打者がいた。それが、この川野辺である。


 滋賀学院のキャプテンであり、一年生時からレギュラーの座を張る滋賀の安打製造機。実は、白烏と滝音は、第一打席で川野辺を打ち取った後に、この打者にはいずれ打たれると直感していた。


「お手本のような間だ。どんな速度、タイミングにも対応できるのだろう」


 ショートのポジションで桐葉が呟いた。隣で守る蛇沼は、返事した方が良いのだろうか……と迷いながら、結局は話しかけた。


「桐葉から見ても凄いんなら、相当のもんだね。次のバッターも一発の怖さがある。やっぱり滋賀学院は優勝候補だよ」


「ああ。やつは、剣士になるべきだ」


「…………いや、プロ野球選手になるよ。剣士になるわけないよ」


「何だとっ!」


「いや、何だとっ! じゃなくて……。桐葉、とにかく守ろう」


「ああ。集中しろ、蛇沼。喋ってる場合じゃないぞ」


「………………」


 ちょっぴり天然な天才剣士(打者)である桐葉から見ても、川野辺はお手本となるタイミングの取り方をしている。


 白烏は明らかに投げにくそうだった。

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