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四球目。外角低めへ最高のストレートが唸る。滝音が踏み込む。バットはそのストレートをとらえた。ライト線ギリギリへのファール。滝音はまた、うんうんと頷く。
滝音にとっては、この四球目が試練だった。正直、とてもじゃないが川原の外角低めへのストレートはヒットにできない。バットに当てられるかどうかにかかっていた。これをファールにしたことで、滝音のセンター前ヒットの確率は100%となったのだ。
五球目を投じる前、キャッチャーからのサインに川原はわざと迷うように頷いた。滝音はその姿を見て、さすがだなと感心した。五球目を滋賀学院は確実に決めているはずなのだ。それを見せないように、川原はわざと迷ったふりをしたのだ。そこは感心に値する。
でも、申し訳ないが、心理戦で俺には勝てない。
そう。君が次に投げる球は内角低めへのスライダー。そう決まっている。
───滝音はこの大会前、副島が引いた組合せのくじを見て、大会をシミュレーションしてみた。
初戦の遠江姉妹社が課題だ。ほぼ初めての実践となる。その後にあたる高校には、慣れればおそらく勝てる。
だが、準決勝の滋賀学院、そして決勝の遠江には負ける可能性の方が高い。どれだけ俺らが野球経験値を上げられるかだが、それは読みにくい。
「わたしはまだみんなの実力を知らない。でも、滝音くんがそう分析するのなら間違いないと思う。じゃあ、わたしはとりあえず遠江姉妹社の徹底的な分析に注力するわね」
「ああ、頼む」
ならば、俺もやっておくことがある。
ひとつ、罠を仕掛けておく。
滋賀学院や遠江はしっかりと分析をしてくるだろう。俺が打たずとも準々決勝まで何とかなるのであれば、滋賀学院とあたるまで、しっかりとした弱点を見せてやる。甘い罠を。
こうして、誰にも気づかせずに滝音はここまでの四試合で、あることを徹底していた。
『真ん中と内角へのスライダーは全て凡退する』
そんな甘い罠だった。