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 蛇剣という国に一本しか無い宝剣がある。


 蛇沼家に先祖代々受け継がれている物で、国内はもとより外国からも億単位で売ってほしいと声がかかったが、蛇沼家は頑として譲らなかった。


 蛇剣には妖しが宿るという。


 その蛇剣の使い手は蛇沼家の血を引くものでなければならない。妖しを抑えるための素質、そして特別な精神訓練が揃わねば、蛇剣は暴走するのだ。大きく歪曲した蛇剣は、真一文字に斬ると心臓から腸まで届く。斬られた身体は、刀で斬られたとは思えない見るも無惨な姿となる。


 蛇沼神(へびぬまじん)は川沿いの土手に腰掛けていた。


 もう授業は始まっている。敢えてサボっている。子供の頃からなので、随分と慣れた。


 蛇沼家に生まれし者、真っ直ぐに生きることは許されない。蛇剣を操れないからだ。人が白ならば黒、山行けば川、そう教えられて人と違う人生を歩んできた。


 タンポポがそよ風に揺れている。そっと息を吹きかけると、天使のように飛んでいった。微笑みながら綿毛を見送る。


 ………………。


 ダメだ、ダメだ。


 神は綿毛の半分残ったタンポポを踏みにじり、ぺっと唾を吐いた。


 胸がぎゅううぅと締まる。



 神は代々続く蛇沼家において、最も純粋で、優しい心を持って生まれてきた。


 蛇沼家の子供は目が細く、唇も細く生まれてくる。口角は鋭く上がり、本当に蛇かと思える顔だ。


 神だけは突然変異と言って良いほど、目はくりくりと丸く、唇は瑞々しく、猫っ毛の髪はほんわりと優しい印象だ。女の子のように生まれてきた。


「か、かわいいなぁ。………………いやいや、なんだ、こいつ。女みたいな顔しやがって」


 神の父親は生まれてきた神のかわいさに陶酔しかけて慌てたものだ。


 綺麗なものを綺麗と言い、美しいものに心を奪われ、親を家族を大切にする。


 神の両親は神を強制しようとしたが、清流のように透明な神の心をひねくれさせることはできないでいた。清らかな幼少期を過ごした神は、そのまま真っさらに成長していく。


 いざ、中学生ともなると、蛇剣の修練にも挑ませなければならない。だが、邪な心なくば、蛇剣は持つ者の命も奪いかねない。神の次に子は授からなかった。


 両親は迷った。


「やはり、神には無理やと思う」


 神の父、蛇沼一成(へびぬまいっせい)は自宅の剣道場に神の祖父である永吉(えいきち)と妻の和歌(わか)を呼んで、そう話した。


「そうじゃな……。お前もわしが強制したが、もともとは優しい心を持っておった。じゃが、神はお前より一回りも二回りも純粋な子じゃ。和歌さんのお陰もあるじゃろうて。忍の世界は非情なり。殊更、蛇剣の使い手、蛇沼家は非情であり歪まねばならぬ。ただ、時代は変わったんじゃ。この宝剣をそろそろ手放しても良い時期かもしらんの」


 永吉は寂しそうにつり上がった目を蛇剣に向けていた。


「お義父さま、申し訳ありません」


 和歌は永吉に土下座して謝った。


「和歌さんのせいではなかろうて。謝らんでよい。わしも一成も苦しんだ。蛇剣を守るために人生を苦しみ続けるのじゃ。それに終止符を打てるとすれば、めでたいことかもしれん」


 三人で宝剣を見つめた。蛇剣は蛍光灯の灯りを鈍く反射させていた。

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