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実は、桐葉に打たれないようにするのは簡単だ。桐葉は突出した能力があるとはいえ、あくまでも片手だ。タイミングを外されると、両手よりも修正は利きにくい。実際、ここまで四試合でもタイミングを狂わされ、打ち取られる打席が僅かながらあった。
それでも、甲賀最強と謳われる剣士である。桐葉が間の取り合いで後塵を期すことは、ほとんど無いと言っていい。
滋賀学院は甲賀の攻撃のキーマン、桐葉を徹底的にマークしていた。桐葉がここまでの21打席、初回以外で凡退したのはたったの3回。うち2回はピッチャーの交代のタイミング。残り1回は見たことのない球を打ちにいき、凡退している。
つまりは、初物に桐葉は弱いと言える。サンプルは少ないが、滋賀学院はここを突くと決めていた。
───試合前ミーティング
「川原、この三番、まずいと思ったらお前の判断に任せるからな。ただ、くれぐれも無理はすんなよ」
滋賀学院の監督は桐葉の対策を話した後に、川原に向けてそう言った。
川原は手を組みながら頷いたが、この時はまだ本気で考えようとも思っていなかった。普段と別の投げ方をするという策だ。甲賀にそこまでする必要はない。
皆が隣に貼ってあるトーナメント表を見ていた。マジックで塗られた4本の線。滋賀学院と対等に並んだ線は、聞いたこともない甲賀高校。ただ、それよりも反対側から順当に上がってきた遠江の赤い線が、ふつふつと滋賀学院の闘志を燃やさせる。甲賀なんかに負けてる場合じゃない。
だが、こうして合いまみえると、遠江と戦えない恐怖が迫ってきた。それは白烏の覚醒が大きい。……遠江と戦えないまま終わる? 冗談じゃない。出し惜しみなどしている場合ではない。
川原はすっと、今までと違う構えかたをした。
何だ?
違和感を桐葉は感じた。初回に得た間とは違う。他のナインが打席で受けた間とも違う。目の前にいるピッチャーは今までの川原ではない。そう感じた。
川原がセットポジションに入る。右足が上がると同時に、上体が沈んだ。ボールの持ち方、腕の角度、全てが違う。サイドスローだ。
桐葉の背中より奥から投げられたような、かなりの角度がついたボールがホームベースを横切る。
ストライーク!
「投げ方を変えるだなんて……。肩か肘壊すわよ」
伊香保が怪訝な目を浮かべて言った。その目線が届いたのか、ちらりと川原が甲賀ベンチに目を送る。
「……信じがたいかよ。でも、俺らの夢は遠江を倒して全国制覇だ。将来なんて、考えてねえんだよ」
続く二球目。今度はサイドスローから更に角度がついたスライダーが投げられる。ぶつかると思い、桐葉は思わず身体を引いたが、そこからスライダーは白烏のそれのように急カーブし、外角に決まった。
あっという間に追い込まれる。
犬走が守備網をかいくぐって出塁した。ここは何としても先制点を取りたい。
桐葉は冷静に川原のピッチングを振り返る。サイドスローに変えて、初球はストレート。二球目はスライダー。さすがにサイドスローで球種を3つも持ってはいまい。俺は今までの打席でストレートの打率が高い。ならば、先ほど崩されたスライダーをボールになっても良いところに放ってくる確率は高い。
……よし。
桐葉が両足に力を入れる。『水月刀』だ。