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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
4. キャッチャー 滝音鏡水
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4

 鏡水は頭の良さを活かすため、視覚、聴覚を徹底的に鍛えられていた。その動体視力と確実に近い読みが甲賀一の投げ手である白烏家と、甲賀一の斬り者である桐葉家を破った。


 この演習を機に三人は交流を深めていった。


 鏡水の頭脳が結人と刀貴の能力を倍に開花させていった。


 そんな、ある日。


 珍しく鏡水が油断した日だった。


「滝音くんっ」


 下校を急いでいた鏡水は後ろから声をかけられ、慌てて振り向いた。


 伊香保由依(いかほゆい)。隣のクラス、出席番号2番、テニス部の副キャプテンにて、三学期の期末テストは学年3位だった女子だ。ゆるく栗色に輝くショートカットは少女と女性の間にいるような、二重がくっきりした瞳によく似合っていた。


 所謂、高嶺の花というやつだ。クラスメイトはそう言っていた。


「ん? 何?」


 校舎からこちらを見ている者が4名。目線をこちらに向ければ見える者が12名。


「ちょっとだけ、一緒に帰らない?」


「え、何で?」


「好きだからだよ」


 身体の奥底が爆発した。読めなかった、初めて。


 刹那に、惚れた。


 いや、色ごとは甲賀たる者、免許皆伝にて二十歳を越えてからだ。


 鏡水は首をぶんぶんと振った。


「いや、ちょっと、俺」


「ううん、いい。あたしはいいよ。否定から入ってくれてもいい。ずっと君を見ていたいだけ。一緒に帰りたいって、好きだって、考えるより前に言葉が出ちゃった。ごめんね。……また、明日」


 伊香保は少し涙を滲ませたようだった。そのままくるりと振り返り、小走りで校門を抜けていった。


 鏡水は伊香保が角を曲がるまで立ち尽くしていた。


「鏡水、何突っ立ってん? 伊香保、あいつ何だって?」


 全く気付かなかった。後ろにはいつの間にか結人が立っていた。鏡水は咄嗟に3メートルほどを飛び、構えた。


「結人、聞いていたか?」


「聞いてないから訊ねてるんやん。学校でなに構えてくれてんねん」


「……すまん」


「? で? 伊香保と何喋ってたん?」


「なんでもないっ」


 そう、声を張り上げて鏡水は明らかな忍者走りで校門をくぐっていった。


「……どうかしたか」


 刀貴が結人の後ろに立っていた。


「知らん」


「そうか」



 夜は演習だった。


 だが、鏡水は何も考えられずにいた。伊香保のことだけを考えていた。


 滝音由依……か。よく……似合う。


「好きだからだよ……」鏡水はノートにその言葉を10回ほど書いて、はあと溜め息を漏らした。


 演習はボロボロだった。


 命の危険性がある、と鏡水の父が鏡水を演習から外させた。強烈な平手打ちを8発ほど食らい、やっと鏡水は目が覚めた。


「お前は今後呼ばん。お前に免許を渡すつもりもない」


 鏡水はひどく落ち込み、一人帰り道を歩いた。夜の公園にはベンチやブランコの手摺で寄り添うカップルがいた。


 間違いなく自分が悪い。だが、甲賀忍者とは辛いものだ。自然と発するこの恋心にも蓋をせねばならない。伊香保の涙顔を思い浮かべて、とぼとぼと足取りは重くなった。


 スマホの端が光っている。結人から連絡が来ていた。


『今日どうした? 鏡水、おかしいぞ』


 そこで、完全に目が醒めた。結人や刀貴はそんなこと考えず日々、修練に向かっている。俺は……。


 ひとつ、自分の頬に平手を打った。伊香保への恋心は胸にしまった。


 だが、油断した、たった一日で鏡水の人生は大きく変わることになる。


 翌日、結人からメールが1通送られてきた。


『すまぬ、鏡水。後で話がある』


 よくよく聞くと、演習中の姿を野球部の副島がバッチリ写真に収めていたのだという。副島の出す野球部へ入部するという交換条件を飲まねば、写真を公開すると脅されているのだと。

 鏡水は唇を噛んだ。俺ともあろう者が……。完全に油断した。

 親へ報告すると、親はひとつため息をつき、意外にもあっさりと野球部への入部を認めた。さすがに忍たる者、素性をバラされては困るからだろう。鏡水は床に頭をつけて謝り、白烏と副島のもとを訪ねた。


 この油断で鏡水の人生は変わる。だが、この油断が日本全国を熱狂の渦に巻き込むことになるとは、この日の鏡水にはまだ読めていなかった。

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