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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
15.強豪 滋賀学院 霧隠才雲現る
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 7月27日 皇子山球場 天気快晴


 午前9時、球場には観客が入り始めている。お目当ては第2試合に登板するであろう遠江高校の注目投手、大野かと思われた。だが、それにしては入りが多い。


「甲賀、むっちゃおもろい野球すんねんて」


「三番、片手でホームラン打つらしいで」


「チビやけど、ばり飛ぶやつもおるんやて」


 観客の目当てはまさかの甲賀ナインであった。


 実は昨夜、『甲子園へかける橋』という番組で甲賀高校が取り上げられていたのだった。たった10人での準決勝進出はマスコミにとって格好の材料だった。しかも個性豊かな集団で、テレビ的にも映える。まさかほとんどが忍者(しかも一人は女子)とは誰も思っていないが……。


「すげえ、俺たち有名になってんやん」


 フェンスから老若男女が甲賀ナインを覗いているのを見て、皆が浮かれていた。キャッチボールやストレッチもせずに観客席を見回してしまう。


 その背中へ一筋の細い風が流れた。ほんの一瞬の風が通り抜けると、チンッという小さな金属音が鳴る。皆が振り向くと、桐葉が刀を脇に収めていた。良く見ると、ユニフォームの背中が薄く2ミリほど斬られている。


「忍たる者、見物されるなど死と等し。恥と知るべし」


 これ以上、浮かれると本当に斬られるかもしれない。すごすごと皆がベンチへ戻った。


「ねえねえ、今あの子、刀持ってなかった?」


 観客の言葉に副島がひきつっている。ここまできて、銃刀法違反はまずい。静かに怒れる桐葉もベンチへ追いやり、副島は観客席へ無理矢理な笑みを送った。


 準々決勝とは明らかにスタンドやグラウンドの端から覗くカメラの数が違う。スタンドには甲賀の個性的な野球を観に来たライト層と、ここ数年準優勝が続き、悲願に燃える滋賀学院を観ようというディープ層の観客に分かれている。


「滋賀学院、今年こそは甲子園行けよー!」


 そんな観客の声を合図として、ブラスバンドが鳴った。さすが甲子園の常連校である。まだ試合前の練習程度で鳴らしているが、一気に皇子山球場が派手な舞台へ変貌する。


 と、プラスチックをかんかんと鳴らす音が反対側から響いてきた。


「副島ぁ、打てよー」


「応援来たったぞー」


 甲賀ナインが見上げると、そこにはサッカー部やラグビー部、ハンドボール部などの面々が並んでいた。一般の生徒もたくさんいるようだ。少し不気味な黒いメガホンが揺れている。


「……信じられへん」


 副島がぽつりとそう呟いた。その小さな声を拾った滝音が準備をしながら、訊ねる。


「何がだ?」


 見上げた副島の目が少し潤んでいるように見えた。滝音はその目を見て、副島の答えを聞くのは野暮だと思った。


「なに感傷に浸ってんだ。まだ予選の準決勝だろ。甲子園で優勝すんだろ? 天国の兄貴に報告すんだろ? 手助けになってやるから、まだ浸ってる場合じゃないぞ」


「……せやな。あかんな」


 副島が照れたように鼻を啜る。


 確かにまだ県予選の準決勝だ。兄貴の登った甲子園決勝という山まではまだまだ。しかも、この準決勝は今までになく大きくて勾配のきつい山が待ち受けている。滝音の言う通り、感傷に浸ってる暇はない。

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