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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
4. キャッチャー 滝音鏡水
14/240

3

 南東からの法螺貝が鳴り、北からの法螺貝がそれに続いた。


 鏡水は胸に手をあてていた。


「鏡水、良いか?」


「ああ」


 父が法螺貝を吹いた。


 始まる。


 腰に青い布が揺れている。白烏は白、桐葉は緑。お互いの布を奪うと、敗けとみなす。


 鏡水は森を駆けた。


 駆けながら、落ち着いて戦況を予測した。


 全て、地形は把握した。


 先程、手裏剣の軌道も記憶した。速度は毎時およそ142~4㎞か。桐葉家の剣の長さも頭に入れてある。おそらく刀の刀身は138~142㎝ほど。


 南東の法螺貝と北の法螺貝の時間から、各々の準備時間を2分とし、二人の速度を逆算する。


 鏡水は出足で遅れたため、その分を差し引くと、南東の桐葉家が最も速い、そして、鏡水、白烏家の順で森の真ん中に辿り着くだろう。


 おそらくは森の真ん中で出会う前に、白烏家が手裏剣を投げるはずだ。手裏剣投げは接近戦にはしたくない。


 先ずは先に見えた桐葉家へ放つ。そして瞬時にこちらへも手裏剣を放つだろう。あわよくば、その二投で終わらせようと。


 だが、投げる瞬間、速度を時速3㎞緩め、大木に身を寄せる。そうすれば、一投目の手裏剣を避けられるはずだ。


 鏡水のシュミレーションは完璧であった。


 演習の初めに出会った際、白烏結人と桐葉刀貴の武器は明らかに分かっていた。よって、お互い、結人は刀貴の刀を、刀貴は結人の手裏剣を警戒した。


 だが、くない一本差した鏡水が何者なのか、結人も刀貴も推し測れなかった。


 二人とも鏡水のくないから、接近戦に強い者と判断した。見謝っていた。鏡水の最大の武器は脳であることを。



 鏡水の予測通り、結人が森の中央で出会う前に手裏剣を二投放った。鏡水は大木に身を寄せ、それを避けた。


 初投で鏡水を仕留め損ねた結人は、桐葉刀貴に狙いを絞ったようだった。刀貴は、見えない位置から来る手裏剣を最初は辛うじて刀で弾いたものの、防御に徹してその場に留まった。


 鏡水はそれを読んでいた。


 刀貴は目の前に木があまり繁っていない場所を選ぶ筈だ。木の影に隠れて曲がり来る手裏剣の方が対応しにくい。それならば……あの位置に向かうはずだ。


 蚊を見失う、皆、そんな経験をしたことがあるだろう。


 目は左右へそして、上を追う。「蚊は飛ぶ」と頭に刻み込まれているからだ。だが、そんなとき、ほとんどの場合、蚊は下にいるのだ。蚊は何も考えてはいない。ただ、人間が勝手に思い込んでいるだけだ。


「忍者なら跳べる」


 そう、思い込んでいることを鏡水は利用した。息を消して、今、鏡水は刀貴の真下に潜んでいる。もちろん、結人もその存在に気付けていない。


 あとは、結人がしびれを切らして投げた手裏剣を刀貴が刀で防ぐその瞬間を狙う。それだけに集中していた。


 刀貴が中段に刀を構えている。


 5分が過ぎていた。


 刀貴がどれ程の手練れかは読めないでいた。そのため、この5分、鏡水は時折の鼻呼吸だけで凌いでいた。気配を放てば、先に殺られる可能性もあるからだ。


 頭上には緑の布が刀貴の腰で風に揺れている。瞬時に飛び上がれば布には手が届く。だが、あの刀の間合いの範囲内だ。確実に、斬られる。


 聴覚を研ぎ澄ませる。手裏剣が放たれる音を聞き逃せば、手裏剣を刀で防ぐなり避けるなりという刀貴の動きに合わせて布を奪い取ることができなくなる。


 シュンという僅かに空気を裂く音がして、鏡水は真上に跳んだ。


 手裏剣の速度は予測とピタリ合った。


 刀貴が手裏剣を避ける。そのまま、刀を下へ振った。下から布を取りに来た鏡水を斬るためだ。だが、既に鏡水は布を掴んでいる。


 刀が鏡水の指先をかすめる。手裏剣を避けた体勢からのひと振りは僅かに狂った。鏡水の指は斬れず、虚しく緑の布が斬られて舞った。


 この瞬間、刀貴は脱落。



 終わらない。


 下から跳んだ鏡水を目がけて四方手裏剣が結人によって放たれていた。


 結人が投げた手裏剣は完璧であった。右手は刀貴が提げていた布を握り、空中で鏡水の身体は完全に死に体であった。その空中で死んだ体の真ん中に手裏剣は放たれていた。


 こいつ、避けきれない。死ぬぞ。


 脱落を悔やむ間も無く、刀貴は真下にいる鏡水の命を危惧した。


 結人は目を瞑った。


 初めて会った同い歳の身体を穿ってしまった。甲賀にある者として、考えが甘いと親父にはどやされるかもしれない。それでも、見たくはないものだった。


「勝負あり。演習やめ!」


 滝音家の父の声が響いた。


 え? 一瞬、結人は戸惑った。結人はまだ鏡水の青い布を取っていなかったからだ。


 ああ、そうか。殺してしまっては、勝負ありということか。結人はうなだれて地に降りた。


「大馬鹿者」


 結人は親父に頭を叩かれた。


 そりゃ、そうだ。殺せとは言われていない。


 いや、殺したとて、目を背けるなど甲賀として最低だということか。


 どっちだっていいか。結人は胸に重い鉄の塊をぶら下げたように心を重くした。


「大馬鹿者が。腰に手を当てよ」


 親父がまた、そう言った。


 ?


 結人が腰に手を回すと、そこに布はなかった。


 目線を上げる。目線の先には左手の指で手裏剣を掴んでいる鏡水が見えた。


 と、捕った……だと?


 振り返ると、大木に白い布がはためいていた。くないに刺されて。

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