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甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
13. いざ初戦 甲賀者、参る
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31

 形だけのセットポジションから、ピッチャーは立ち上がったキャッチャーめがけて緩いボールを投げる。


 え?


 遠江姉妹社のキャッチャーが思わず声を出した。


 ひゅるりと目の前で桐葉が舞っている。囃拍子に合わせて踊る舞妓のように、ゆるりと、ひらりと。桐葉の長い髪が、陽光に煌めきながらキャッチャーの目の前で揺れていた。


舞葉斬(まいはざん)


 払う。そう表現するしか、日本語にはないだろうか。ゆらりと宙を舞う桐葉の右手にバットが伸びている。そのバットも桐葉の身体の一部のように舞い、しなり、そのまま遠く外側に放られたボールを払ったのだ。


 聞いたことのない打撃音とともに、鋭く打球が弾かれる。三塁手の隣をスライスしながら打球が通りすぎていく。速すぎて、三塁手は反応できなかった。打球はフェアゾーンのギリギリでバウンドし、強烈なスピンとともにファウルゾーンを転がっていく。


 フェア!


 線審が片手を伸ばし、フェアをコールした。勢いよく、白烏が三塁を蹴る。レフトがボールを必死に追うが、もう白烏の本塁突入までは避けられないだろう。打たれたバッテリーが呆然とボールの行方を見つめていた。


 白烏が本塁を踏み、拳を握ってジャンプした。甲賀ベンチが沸く。


 甲賀2-3遠江姉妹社


 土壇場、9回裏、ついに1点差。


 ベンチに帰ってきた白烏がもみくちゃにされる。その時、月掛が気配を感じ、グラウンドに目を移した。


「えっ! マジか!」


 ベンチから月掛が叫んだ。皆が月掛の目線を追う。桐葉が二塁を蹴っている。


 暴走だ。いや、冷静な桐葉がそんなことをするはずがない。桐葉の遠く向こうを見ると、まだレフトがボールを追いかけている。


 桐葉の舞葉斬はボールに強烈な回転をかけていた。地を這う時はスライスしながらファウルゾーンに逃げていった。レフトは壁に当たったクッションボールの処理をしようと、ボールへ寄っていく。基本に忠実な遠江姉妹社のレフトは冷静に壁と距離を取った。クッションボールの処理を誤ることは、外野手が最もやってはいけない悪手のひとつとなる。ここまでは、遠江姉妹社のレフトが取った判断は正しい。


 だが、この舞葉斬。本来は頭上から襲ってきた敵の両足を切断する剣技である。宙にて斬るため、斬撃の力強さが足りない。それを補うため、舞葉斬は刀身の根元で斬り、大きく刀の先端まで刀を滑らす技である。


 これをバットに置き換えると、バットとボールの接する面積、時間を長くすることとなる。それにより、打球に強烈なスピンが生じたわけだ。


 よって、レフトは今までに見たことのないクッションボールを体感した。


 壁に跳ね返った打球が鋭い回転とともに、一瞬止まった。慌ててレフトはボールに向かう。その直後、大きく力を溜めたボールが高く跳ね上がった。レフトの頭上を越え、転々とボールは転がっていったのだった。


 桐葉が足から三塁へ滑り込み、やっと返球が三塁に届く。審判が大きく両手を広げた。


 桐葉の舞葉斬によるタイムリー三塁打によって、ワンアウト三塁。甲賀、同点のチャンス。


 ネクストバッターズサークルですっくと大きな身体が立ち上がった。珍しく何も語らず、三塁上の桐葉と目を合わせ、小さく頷いた。

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