表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
13. いざ初戦 甲賀者、参る
124/240

21

「審判どの。選手の交代を言いますぞ」


 ゆっくりと白烏がファウルゾーンからフェアゾーンへ線を跨ごうとした時、その声は聞こえてきた。


「三塁手の蛇沼くんを投手にしますぞ」


「……………………へ?」


「……………………へ?」


 白烏と蛇沼が同時に声を出した。


「面倒じゃろうし、滝音くんはそのまま三塁手で結構」


「……………………へ?」


 滝音も声を出す。副島はレフトから声も出せない。


 橋じい劇場は味方すら混乱の渦中に誘う。敵の遠江姉妹社はそれどころではない。


「おいっ、あのサードの投手データはあるのか?」


「いえ、無いです。ていうか、そもそも甲賀のデータはほとんどないです」


「そうか、そうやわな」


 遠江姉妹社は怖がっていた。不安いっぱいでマウンドに登る蛇沼を見て。


「滝音くん、僕、どうすればいいの?」


 蛇沼が目に涙を溜めて滝音に訊ねた。


「俺も分かんない。でも、たぶんだけど、蛇沼の別の顔をしたとき。あれなんだと思う」


「……分かった。やってみるよ」


 ファウルゾーンの片隅で白烏が小さな泡を吹いて直立不動でいる。背番号1は蛇沼よりも信頼がない。それは白烏の心を完全に砕いた。


「白烏くーん、そこじゃまー」


 虚しく桔梗の声が白烏の鼓膜に響いていた。


 蛇沼は手で顔を覆った。


 あの憎らしき日々を思い浮かべる。ひねくれざるを得ず、誰も友達がいなかった時を。手を顔から離すと、蛇沼の愛らしい顔はすっかり変わっていた。口角が鋭く上がり、目も吊り上がっている。


 な、なんだ? 打者はその変わりように怯えた。


 蛇剣を持つ要領だ。蛇沼は握ったボールを見て、思った。こんなに綺麗に握っちゃダメだ。そう感じて、適当に握り直す。全部の指でボールを握り、爪を立てる。初めてボールに触れた赤ちゃんが握るように、めちゃくちゃな握りかたをした。


 蛇沼が道河原に向かうが、道河原は敢えて首を振った。サインは出さない。そんな合図だ。それを見て、蛇沼は細い舌でペロリと唇を舐めた。屈強な道河原でさえ、その姿を見て身震いする。人とはここまで変われるものなのか。


 蛇沼がとても投手には思えない投げ方で初球を投げる。ボールは打者に向かっていく。球速は遅いが、慌てて打者はボールを避けた。


 だが、そのボールは途中でゆらりゆらりと揺れ始めた。ボールは信じられない軌道で大きく揺れながら曲がり、すぽりと道河原のミットに収まったのだ。蛇沼は何も意識していないが、いわゆるナックルという球種だ。


 ス、ストライッ!


 それが、本当にたまたまストライクゾーンへ入っていった。これはただのラッキーだが、初球でこの球を見せたことが大きかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ