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 伊香保が手を組みながら、興奮気味に話し出した。


「すごいわ、ほんとに。悪いけど、副島くんがこんなに粘れるなんて思わなかった。これが、あたしが一番見たかった景色。常識では考えられない。これが……」


「甲子園の魔物ってやつかい?」


 滝音が伊香保に訊ねる。伊香保は頷いた。


「普通なら、副島くんにあの球は打てない。副島くんがあの球を打てるというロジックは成り立たないわ。これこそ、数字への挑戦。甲子園の魔物って、まさに今のこの副島くんのことだと思う」


「……違うな」


 ぽつり、滝音と伊香保の隣で副島を見つめていた白烏が呟いた。


「え?」


 伊香保が白烏へ向かう。白烏は副島の方を向いている。


「甲子園の魔物が打たせてる? 副島が打てるロジックがない? 伊香保、それは違うぜ。あいつだから当てられるんだよ。必然だ」


 カキィィン。また難しいコースを当てた。もう9球連続で当てている。白烏は体勢を崩されながらも当てて粘る副島をじっと見ていた。


「白烏くん、どういうこと?」


「へへ、決まってんだろ。あいつが俺らのキャプテンだからだよ。昨年の今頃は部員二人だったんだぜ? あいつは何が何でも諦めないんだよ。あいつのその熱にここにいるみんなは感化されたんだ。諦めない。簡単そうで一番難しいことをやる。それが、俺らのキャプテンだ」


 ボーーール!


 際どい一球を副島は見事に見切った。資定はこの2つのアウトを6球で終わらせるつもりだった。もう15球も投げている。マウンドの前方の土が深くえぐれている。目一杯に左足を踏み込んだ証拠だ。


「いつまであがくんだよ」


 森本がぼそりと言った。悔しそうに資定にボールを返す。


「ふふ、せやな。いつまであがくんやろな。あいつらに勇気出させるまでは、あがかなあかんな」


 副島は左手にふうと息をかけた。辛うじて当てているだけで一度もとらえたことはないのに、副島の左手は腫れ上がっている。


「あんたら、昨年は地方大会にも出てないんだろ? 訳わかんねえよ。何で石田が7点も取られて大伴さんまで引っ張り出されてんだ……」


 その森本の言葉を聞きながら、こつ、こつ、と地面にバットを打ち付ける。


「……あいつらすげえんだわ。何であんな奴らが野球をやってくれてるのかわかんねえ。やから、俺は簡単に凡退なんてできねえんだわ。カッコつかねえから」


 高校野球に夢を賭け、甲子園をずっと夢見てきた男の意地は、どんなに才能豊かな天才や怪物でも一筋縄ではいかなかった。ここからまた5球、ストライクコースはファウルとなり、ボール球は見極められた。


 理弁和歌山ベンチは沈黙していた。ベンチで甲賀を小馬鹿にしていた部員の中にも、少しずつ高鳥監督が警戒した意味が分かってきた者が出てきていた。


「さ、こおおぉぉぉぉぉい!」


 


 しばし静寂していたグラウンドに大きな声が響いた。資定が横目で声の主を見る。伊賀崎だ。


「打たせてきましょうや、資定さん。暇っすよ、俺ら。もうちょい頼ってくださいや。みんな腰落として打球来んの待ってんすから」


 そう言って伊賀崎はグローブをバシバシと叩いた。資定は間を取って、グラウンドを見渡した。この理弁和歌山の将来を担う1年と2年だけのチーム。みんなが基本に則って、腰を低くしてグローブを構えている。理弁和歌山は打撃のチームとして、甲子園の常連となった。際立ったピッチャーはいなかったかもしれないが、こうした守備の基本を大切にすることで失点を抑えてきたチームでもある。それが、幼い頃に資定が憧れたチームではなかったか。


「ふふ、そうだな。伊賀崎の言う通りだ」


 ふっと資定の肩から力が抜けた。俺の豪球は理弁和歌山のプラスになるだけでいい。何も俺が絶対になる必要はない。目の前のこの甲賀高校と同じだ。個性豊かだが、絶対の存在を置くのではなくチームとして塊で我が理弁和歌山に向かってきている。それこそが高校野球だ。この甲賀高校に大会前に会えて良かった。俺はもう一段、階段を上がれる。資定がボールを握る掌から汗がすっと引いた。


 静かに投球動作に入る。この一球で必ず決まる。資定と副島は同時にそう感じた。


 みんな、見ててくれ。俺が打ってやるから。


 みんな、後ろは頼む。俺が抑えてやるから。

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