表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甲賀忍者、甲子園へ行く[地方大会編]  作者: 山城木緑
3.センター 犬走和巳
10/240

5

 よりによって学校は半日かけたスポーツテストの日だった。


 泣きそうになるのをぐっと堪え、無言でテストをこなしていた。


 


「100メートル走かぁ。俺、10秒台出すわー」


「50メートルの間違いちゃうか?」


 クラスメイトたちが楽しそうに笑っている。和巳は一緒に笑みを浮かべることはできなかった。


 スタート位置についた時、和巳は目を瞑った。この体勢で14年間、毎日シン、ヒョウ、セイと走ってきた。もう、会えない。こらえていた涙が一粒落ちた。


 ピストルの音が、シンの咆哮に聞こえた。


 いつものように飛んだ。地面すれすれを飛ぶ燕のように、水平に畳んだ上体が空気を切り裂く。先に進んだ足へ上体が追いつく。数歩で隣を走るクラスメイトの足音はもう聞こえなくなった。


 和巳は泣いていた。シン、ヒョウ、セイとの思い出だけを思い浮かべながら走っていた。忍など、どうでも良かった。


 風となった和巳は音すらたてずに100メートルを駆け抜けた。皆が唖然としていた。しばらくして、隣を走っていたクラスメイトもゴールする。


 和巳はゴールして30メートル離れた場所にうずくまっていた。担任がその姿を心配しつつも、興味に勝てずストップウォッチを持った生徒に尋ねた。


「な、何秒だ? 今の」


「…………8秒37……です」


 和巳は人目を憚らず泣いた。


 担任の教師もクラスメイトもどうすれば良いのか分からず、立ち尽くしていた。あまりの衝撃に次の走者を走らせられない。皆で和巳の周りに集まる。


「……うぅ……シン……ヒョウ……セイ……うぅ」


 和巳は三匹との別れを受け止めきれず、名前を呼びながら号泣している。


 目の前にウサイン・ボルトの記録を大幅に超えた世界記録保持者がいる。その世界一速いクラスメイトが、おいおいと泣いている。どうやら世界記録を出して、それに感動しているようでもないらしい。


 皆、思った。


 カオス過ぎる、と。


 スポーツテストが終わった。


 学年中がざわついていた。


 それもそのはず。この滋賀県の何もない公立高校で、おそらく3つの世界記録が生まれていた。


 数百メートルの距離を投げた白烏結人、背筋計を引きちぎった道河原玄武(どうがわらげんぶ)、そして世界記録を1秒以上も上回った犬走和巳。


 野球同好会主将、副島は忙しかった。


 隣のクラスで泣いているという犬走のもとへ急ぐ。二年生の体育祭で見たあの走りはやはり本物だった。バットにさえ当たれば、全てヒットとなる最強一番打者になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ