後編
校門の前、私は殺気に満ちた表情でそこに居た。辺りはいつの間にか激しい雨が降っている。何が何でもあいつからお守りを取り戻す。殴り倒してでも。私はそう決意を固めていた。
「…今度は絶対に負けないんだから。」
校舎裏に行こうと歩き出したその時だった。前方から、見覚えのある人物が駆け寄ってくる。高橋君だ。
「お、おい! 安藤! どうした、そんなおっかない顔して…岩松となんかあったのか?」
高橋君は心配した様子で私に声をかけてくれた。だけど、私は高橋君に構っている場合じゃなかった。
「いや、あいつがなんか妙に機嫌良かったからさ。こりゃあ良くないことがあったと思って…っておい!どこ行くんだよ!」
無視して走り出そうと思ったが、私の腕は高橋君の手に捕まれた。私はそれが心底うっとうしかった。
「離してよ! 私はあいつに用があるの! 絶対に行かなくちゃ行けないの!」
「お、落ち着けよ! お前、よく見ると制服もボロボロじゃないか! 何があったんだよ!」
必死で振り払おうとしたが、私は動きを止めた。両目からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
「…何でなの…」
「…え?」
抑えていた私の中の思いが溢れ出す。高橋君が居るのにも関わらず、私はそれを抑えることができなかった。
「なんでこんな酷いことされなくちゃいけないの! なんでこんな悔しい思いをしなきゃいけないのよ! 私だってこんなことしたくないのに… 私だって、普通の女の子なんだよ… でも、悔しくて悔しくて…」
私は泣き崩れてしまった。声を上げて泣いたのは何年ぶりだろうか。子どものように泣きじゃくる私に、おせっかいな高橋君は肩にそっと手を置いた。
「…なぁ、安藤。お前って本当に負けず嫌いなんだな。でも、全部一人で抱え込んでしまうのは弱い人間がやることだぜ。」
高橋君を見上げると、彼は優しく微笑んでいた。いつの間にか私が雨に濡れないように傘をそばに置いたみたいで、彼はずぶ濡れになっていた。
「お前は一人じゃない。困っているときは助けてやるよ。悔しいときや悲しいときはそばに居てやるよ。気が済むまで愚痴も聞いてやるよ。えーと、要するにだな…」
高橋君はにかっとした晴れやかな笑顔で言った。
「一人で強がんなって。俺がそばにいるからさ。」
とくん。私の心の中で何かが生まれた。暖かいほっとするような感覚が全身を巡っていく。こんなの、初めてだった。
「…高橋君、どうしてここまでしてくれるの?」
「そ、それはその~、あれだ。危なっかしいじゃん、お前。目が離せないからさ~、俺って正義感強いし~、な、なんてな!」
彼は顔を赤らめてあたふた言い訳をしている。ああ、なんて分かりやすい子なんだろう。
「…ふふふ、分かったよ。正義のヒーローがせっかく手を差し伸べてくれたもんね。」
私は笑顔だった。さっきまで泣きじゃくってたせいで、目は腫れぼったかったけど。
「…なぁ、俺も一緒にあいつの元に行くよ。何があったか知らないけど、説得するからさ。」
「…うん。一緒に来て、高橋君。」
岩松は偉そうに待ち構えていたが、一緒に来た高橋君の姿をみるとぎょっとした表情になった。事情を知った高橋君は必死になって岩松を説得してくれた。
「なぁ、ただじゃ気が済まないなら、俺が土下座するよ。それでどうか返してやってくれ!」
この一言で岩松は動揺し、そんなつもりはなかったなどと言い訳しながら、渋々お守りを私に返してくれた。私は戻ってきたお守りをぎゅっと握りしめた…
「良かったな! 安藤!」
帰り道、高橋君は満足げに私に笑顔を向ける。
「うん! …高橋君、お願いがあるの、聞いてくれるかな?」
「な、なんだ? おせっかいはやめろってことか?」
私は静かに笑みを浮かべながら首を横に振る。
「ふふ、違うよ。…あのね、私のことはこれから美優って呼んで。」
「え、ええ!? ど、どうして?」
大げさに慌て出す高橋君。そんな姿がなんだか可愛らしかった。
「どうしても。私も豊って呼ぶからさ。いいでしょ?」
「…お、おう。」
いつの間にか辺りの雨は止んでいた。明るい夕日が私たちを照らし出す。…私の心は、優しく包み込んでくれる春の陽気のような、暖かな感情に包まれていた。
新学期。教室の窓の外には遅咲きだった桜が舞っている。今日から私は心機一転二年生として新たな歩みを始める。始業式の後、校門の前には豊が先に待っていた。
「よぉ! 美優! へへ、やっぱお前明るい表情になったよな!」
確かに私は、前と比べて笑顔で過ごすことが多くなったと自分でも感じている。…特に豊の前では。
「ねぇ、豊。今日はもう学校ないし、早く豊の家で対戦しようよ。」
私と豊は最近流行の対戦ゲームにはまっていた。負けるとついむきになってやりたくなるのである。
「おいおい。俺が勝つに決まってんだろ? ん?」
豊はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。私はそれに少しむっとしながらも、堂々と言ってやった。
「何よ。次はもう負けないんだからね!」