前編
私の名前は安藤美優。いたって平凡な高校生。だけど私はいつも負けず嫌い。そのせいで余分な苦労ばかりしている。
「お前、女のくせに生意気だぞ!」
ある日、同級生の岩松(通称ゴリラ)が私に掴みかかってきた。彼は自分が一番偉いと思い込んでいる正真正銘の馬鹿である。この日も、私が見下すような視線を向けてきたとか文句つけて駆け寄ってきたのだ。ほんと迷惑な男だ。
「知らないよ。あんたが勝手にそう思ってるだけでしょ。さっさとこの手を離しなさい。」
「て、てめぇ!」
岩松が手を振り上げた。私はさすがに怖くなって、思わず目をつむった、その時である。
「や、やめろよ!岩松!」
後ろから岩松は取り押さえられた。誰だろう?と後ろをのぞき込むと、それは同じく同級生の高橋豊君だった。
「は、離せよ高橋!てめぇまで俺に逆らうのか!」
「さ、さすがに暴力はやり過ぎだろ! 無茶はすんなって!」
しばらく岩松は抗っていたが、結局高橋君の説得に応じて怒りが静まったようだ。おかげで私は殴られることをなんとか回避することができた。
「……ありがとう、高橋君」
私がお礼を言うと高橋君は少し恥ずかしそうにしていた。
「なぁに、お互いに怪我がなくて良かったよ。」
私は、こんなことを言うのはおかしいのかもしれないと思ったけど、思わず厳しい口調で言ってしまった。
「ねぇ、高橋君。お節介もほどほどにした方が良いよ。」
「え、え?」
予想していなかったであろう私の一言に高橋君は明らかに動揺していた。
「そういうことばっかりしていると、いつか高橋君がひどい目に遭っちゃうよ。」
高橋君は、少し気難しそうな顔をしてから答えた。
「まぁ、それは一理あるかもな。なぁ、俺にそんなことさせいためにも、どうかお前も岩松も穏便に頼むぜ。」
……高橋君はへらへらしながら答えた。どうやら彼はあまり真剣には捉えてない様子だ。
「ふぅ…… 分かったよ。なるべく静かに過ごすからさ、高橋君はあまり気にしないでね。」
「へいへい。」
高橋君は果たして本当に分かっているのだろうか。私はなんだか気まずくなったのでその場から去ることにした。
中学の時も、私はこの性格のせいからかいつもトラブル続きだった。性悪な三人のギャル風の生徒からありきたりないじめを受けていた時も、されるがままなのが嫌だったので反撃に出たことがある。
「ひ、ひどいよ!何もここまでしなくてもいいじゃない!」
私は自分の上履きがボロボロにされたので、仕返しに全く同じ事を三人に行った。彼女たちは、自分達が同じ事をしていたにも関わらずその場で泣き出したのである。
「ごめんね。でも、あんた達が先にやったんだから、しょうがないよね。」
鬼畜女!悪魔!そんな罵声を背に受けながら、私は何でこんなことを言われなくちゃいけないんだろう?と思いつつその場を去ったのを、今でも鮮明に覚えている。
放課後、私は普段から人気の少ない商店街を一人で歩いていた。そしたら、ゴリラ…岩松が向かい側から歩いてきて私にわざとらしくぶつかってきた。
「何よ、岩松。あんたって案外ねちっこい性格なのね。」
私は睨み付けながら言ってやった。岩松はなんだか不気味な笑みを浮かべながら私に近づいてくる。
「へへへ、美優ちゃんよぉ。今朝は俺が退いたからって調子に乗ってんじゃねぇだろうな? あ?」
岩松は下品な表情を浮かべたまま、私に再び掴みかかってきた。
「な、何よ。あんた、頭がおかしいんじゃないの?」
恐怖が襲ったが、ここでそれを悟られたら負けだと思って私は強気な口調で言った。
「こんな寂れた商店街にはおめえを庇ってくれる王子様も現れやしないよ。…つまり、殴り放題ってわけさ」
ばんっと岩松は私を前方に乱暴に投げ出した。私は背中から地面に叩きつけられ思わず咳き込んだ。
「かはっ…」
激痛が体に走って私はうずくまってしまう。そんな中、岩松は私の鞄をひったくって中を漁りだした。
「…や、やめろ! 屑野郎…」
私はかすれた声で罵倒したが、岩松はやめようとしなかった。そしてあいつは、ヒューッと口笛を吹きながら、私の鞄からあるものを抜き取った。それは…三年前に亡くなったお婆ちゃんが私にくれた小さなお守りだった。
「! それに触れるなぁ!」
私は必死の思いで岩松に飛びかかろうとしたが、あいつは簡単に私を押しのけた。私は再び地面に崩れてしまう。
「…ぐっ。」
「へへへ、美優ちゃんよぉ。どうやら、随分とこれが大切みたいだなぁ。」
「だ、黙れ! さっさとそれを私に返して!」
岩松はゲラゲラと笑った。今までに聞いた笑い声の中で最低最悪の胸くそが悪くなるような笑い声だった。
「さぁて、どうしよっかなぁと…… そうだ、おめえが俺に土下座して、もう二度と逆らいませんって約束するなら、寛大な心を持って返してやるよ。」
その言葉を聞いて、私の心の底からこみ上げるように悔しい思いがあふれてきた。こんなやつに、負けたくない……!
「い、嫌に決まってるでしょ! 誰があんたなんかに従うものか! 私を怒らす前に、さっさと返しなさい!」
岩松はいらついた表情を一瞬浮かべたが、再び気味の悪い笑みを浮かべて私に告げた。
「けっ、少しは物わかりのあるやつだと思ったが、おめえは相変わらず負けず嫌いの馬鹿女なんだな。」
岩松はくるっと踵を返すとそのまま立ち去ろうとした。
「待ちなさい! 返しなさいよ! それは私の大切なお婆ちゃんの……」
思わず私は泣きそうになる。でも、こんなやつに頭を下げて言いなりになるなんて真っ平ごめんだった。だから、どうすることもできなくて私は悔しさのあまり気がおかしくなりそうだった。
「気が変わったら、今日中に校舎裏に来い。そこで土下座したら返してやるよ。もし来なかったら…」
「川にでも捨てちまおうかな。こんなもの。」
ゲラゲラと笑いながら立ち去る岩松の後ろ姿を見ながら、私は悔しさと悲しみに打ちひしがれて地面に自分の拳を叩きつけた。周りはぽつぽつと、大粒の雨が降り始めていた。