私、冒険者になる。
どうも、伊藤(仮)です。
ギルドに登録に向かう前に下着を買おうとランジェリーショップに立ち寄った結果、何故か変態に目をつけられました。
はあ、今日もついてないなぁ、私。
昨日だってチャラ男に追っかけ回されて嫌な目にあったのに、今日はロリコンかよ……。
私はそんな感想をいだきながら、いきなり目の前に現れて、抱きついてくる黒尽くめで金髪な少年を睨みつけた。
「わっはー!
髪サラッサラ〜!
いいねぇいいねぇ!お肌もすべすべだし、お目々もぱっちり!
特に何がいいかってこの造形美だよ!
いやはや、北方の幼女はやっぱり美形が多い!」
「や、やめろ!?
くっつくな!」
全力で抵抗するも、どこから来るのか全くわからない怪力にどうすることもできない私は、ただミラと呼ばれた少年の頭を押しやることに精一杯になっていた。
「いやぁ、やっぱりシュノークローゼンの美幼女はいいね!
なんたってこの銀髪!
世界中どこを見ても、こんなに立派な銀髪で統一された国家は見たことがない。
さすが幼女大国シュノークローゼン。
ビバ!シュノークローゼン!」
が、それもすぐにマダムの一撃によって終わりを迎えられた。
「いい加減に離れてもらえるかしら?
ちょっとウザったらしいのよ」
「ひっどいなぁ、マーリンは。
ボクが何したって言うんだよ?」
いや、これ思いっきりセクハラ行為だから。
ミラは心外だとでも言う様にそう返しながら私に頬ずりをすると、満足したのか私から離れてくれた。
ふう、やっと終わったか……。
男に頬ずりされるとかホントもう二度と勘弁願いたい。
何だか穢された気分で恨めしい眼差しをミラに向けると、私はその場から本能的に離れた。
「ごめんなさいね、イトーちゃん。
本当は食事を振る舞ってあげたかったのだけど……」
彼女はダイニングテーブルに散乱した昼食の残骸に目を向けると、言外に『もう食事は振る舞えないから、また今度何かお詫びする』と伝えてきた。
「い、いえ。
お気になさらず」
うん、本当に気にしないでください。
下着買ってくれたことは感謝しますけど、できればもうこの変態には近寄りたくないんで早く帰りたいんです。
私は机の側に置いていたポーチを肩にかけると、この家を出る準備を始めた。
「イトーちゃん!
またいつか遊びに行くからね!」
うげ、名前覚えられた……。
もうホント最悪だわ……。
こうして、私は逃げるようにマダムの家を後にしたのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
さて。
マダム――マーリンさんの家で一悶着あった後。
宿の部屋で下着を着けて、股間のスースーする何とも言えない背徳感から開放された私は、仕方がないので昼食はそのまま夕焼け亭で済ませることにした。
……なんか、これ言ったら勘違いされそうなんだけど、ほぼ2日中ノーパンで過ごしたせいか、パンツ履くとお股のところがちょっと変な感じして気持ち悪いんだよなぁ。
パンツが履きなれたトランクスじゃなくて、履きなれていないショーツだから……っていうのもあるのかも知れないが。
「んぅ……。
足の付け根のところがムズムズする……」
あと股。
息子がお亡くなりになった場所には、今や娘が君臨している。
ノーパン時代が長かったからか、ここを押さえつけられる感触がまだなかなか慣れない。
ちょっと当たり具合が気持ち悪くてモゾモゾ手を突っ込んだりしてたら、指が……その……このあとはご想像におまかせします。
これはもう、慣れるしかないか。
……え?
ブラはどうなのかって?
いやいや、こっちはさすがにまだ着けてないから。
いやだってさ。
ブラまで着けたら、男としての矜持というか何というか……。
そういうものが崩れて無くなりそうで怖いじゃん?
……え?
肉体は女なんだから関係ないって?
いやいや、関係なくないでしょ。
少なくとも俺……じゃない私は気にするよ?
……うーん、まだ一人称定着しないなぁ。
気を抜いたらまだ“俺”って言っちゃう。
ギルドで緊張してボロが出ないように気をつけないと。
私はギルド広場へと続く商店街を抜けながら、そう心に刻んでおく。
あ、因みに下着買ったのもこの商店街。
こっちは衣料品やアクセサリー、防具などが主に売られている通りで、ギルド広場を抜けた反対側には、工業区が並んでいる。
因みに武器を売っているのは工業区の鍛冶屋だ。
商店街を抜けて、大きな噴水のあるギルド広場へと出る。
巨大なギルド会館は、パッと見た感じモスクとキリスト教会の中間のような見た目をしていた。
「あ、そうだ。
忘れずにスキル隠蔽しておかないと」
チャラ男の件があったから、あまり信頼はできないけど、隠さないよりはマシだと思う。
私は隠蔽スキルをイメージして、自分の持っているスキルを隠した。
たぶん、これで隠せたと思う。
「よし、行くか!」
私はうんと頷くと、ギルド会館に向けて足を踏み出した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
冒険者ギルド。
そこは、異世界物のラノベを読んだことのある人ならば、誰でも一度は憧れる場所。
荒くれ者の冒険者たちが、日夜足繁く通い、依頼を受注し、報酬を受け取ったり、素材の売買をする。
冒険者の起源は、西部劇に登場する酒場の壁に貼られた賞金首を狩る流浪の傭兵だったことから、この様に冒険者=荒くれ者という公式が成り立っているのかも知れない。
しかし、昨今の冒険者ギルドには、役所仕事という色が付き始め、中には酒場を兼用しないギルドも現れ始めた。
はてさて。
そんな男心くすぐる冒険者ギルドであるが、果たしてこの世界のギルドはどんなものなのだろうか。
私は期待を胸に、しかし同時にテンプレである『冒険者の通過儀礼イベント』がどうにか無事に終わりますようにと心の中で祈りながら、その門をくぐった。
「……」
ギルド会館の中は、思っていたより喧騒に溢れていた。
冒険者たちの自慢話や笑い声がそこら中から響き渡り、酒臭い臭いや素材品の生臭い臭いが蔓延していて、少し噎せ返る。
なんか思ってたのと違う。
残念なような、何というか。
少しがっかりした気分になりながら、しかしこれも冒険者になるには必要なことかと諦める。
(なるべく絡まれないように、体にも隠蔽スキル使っておこう)
こんな酒臭いやつらに絡まれたら絶対面倒くさいし。
私は少し顔を顰めて、受付カウンターまで歩いていく。
カウンターの前に辿り着く。
カウンターは私の肩ほどの高さまであり、このままだとちゃんと見えない。
ちょっと複雑な気分だ。
「あの、すみません。
冒険者登録に来たんですけど」
隠蔽スキルを一部解いて、私はカウンターに座る受付嬢に声をかけた。
「……?」
しかし、どうやら彼女は私に気づいてくれてはいないらしく、どこからか聞こえた声に戸惑いながら、周囲をくるくると見回す。
う……。
これ、実際にやられると結構腹立つな。
身長の低さをからかわれるちびっこの気持ちがちょっと理解できた気がする。
「ここ!
こっちです、受付さん」
仕方がないので、私は腕を上に掲げて、受付嬢の注意をこちらへ向けた。
「あ、すみません私ったら」
「いえいえ、お気になさらず」
私は苦笑いを浮かべて、話を促した。
「それで、私冒険者登録に来たんですけど、どうすればいいですか?」
「はい、冒険者登録ですね。
あちらの席で少々お待ちいただけますか?」
彼女はそう言うと、左腕を窓から伸ばして、すぐ近くにある座席を指し示した。
「わかりました」
私はそう答えると、早速テーブルの方へと向かっていった。
テーブルは木製だった。
円形の天板に、円柱状の脚が一本ついた簡易的なテーブルで、そのテーブルを挟むように2つの椅子が向かい合っている。
椅子は恐らく酒樽だったものをリユースして作ったものだろう。
私は樽椅子に飛び乗ると(私の今の身長では少し椅子が高かったのだ)、職員がやって来るのを待った。
「……ん?」
そんな事をしていると、何故かものすごい数の視線がこちらを向いているのを感じた。
気がつけば喧騒は止み、みんな黙りこくってしまっている。
な、何だ……これ?
なんかちょっと怖い。
今まで騒いでいた荒くれ者たちが、急に静まり返って私を見ている。
何この状況。
ホント何この状況!?
ちょっとしたどころかかなりの恐怖体験ですよこれ!?
ちょっと怖すぎておしっこちびりそうだし。
脚ガクガク震えてるし。
あー、なんて言えば伝わるかな。
たとえば……そう!ヤクザの集団に囲まれて、リンチ寸前になってる状態……?
……いや、経験ないからどうかわかんないけど。
私は、ちょっと不安に思いながら、チラリと視線だけ動かして周囲を見る。
といっても、然程様子がわかるわけではないが。
「お待たせしました」
「うおわっ!?」
と、次の瞬間だった。
私は不意に呼びかけられた声にビクッ!と驚くと、そんな奇声をあげて樽椅子から滑り落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いった……ぁ。
びっくりした……」
私は差し出された彼女に立たせてもらうと、お礼を言って樽椅子に戻る。
(あ、さっきと違う人だ)
黒い髪をセンターに分けて、広いおでこを見せつけている。
髪は長くストレート。
目はアーモンド型でちょっと吊り目気味。
瞳は紫色で、唇は薄い桜色。
……うん。
率直に行って、この人結構美人だ。
ただ、これにメガネがあれは尚良しだったんだけどなぁ……。
んで、教鞭をもって黒板の前に立って……って、俺は何を考えてるんだ一体。
……あ、いっけね。
また一人称忘れてた。
「落ち着きましたか?」
「あ、はい。
ありがとうございます」
彼女はそう言うと、『それでは』と間を置いて業務を再開した。
「えーと、先ずはですね。
冒険者登録をしたいということで、間違いありませんね?」
「はい」
「では、これから2、3質問させてもらいます。
これは、冒険者登録に必須なものですので、はぐらかさずにはっきりとお応えください」
「はい」
「まず、お名前を教えていただけますか?」
「伊藤です」
「イトーさんで間違いありませんね?」
「はい」
「では、冒険者になりたいと思った動機をお聞かせ願えますか?」
え、動機!?
動機、動機……。
んー、まあ、これは無難に『興味があったから』……でいいかな。
別に嘘じゃないし。
「興味があったからです」
「なるほど、わかりました。
では最後に、文字の読み書きはできますか?」
え、読み書き?
うーん、まあ……読むことはできるにはできるけど、書くとなると……どうだろう?
この世界の文字、また一文字も書いたことないしなぁ。
……まあ、なんとかなるでしょ。
というわけで、これも一応頷いておく。
「はい、できます」
「ありがとうございました。
質問は以上になります。
では、こちらの冒険者登録用紙に、必要事項を記入してください」
彼女はそう言って、羊皮紙っぽい紙とインク壺、それからペンを私の前に差し出した。
(おお、これが羊皮紙……!)
初めて見た。
うん、思ったよりザラザラしてるなぁ。
ちょっと分厚いし、固い。
ハリー・○ッターとかだとよく羊皮紙って出てくるけど、こんなのに書いてたんだなぁ……。
ちょっと書きにくそうだ。
私はそんな感慨に浸りながら、ペンにインクを付けて各項目に従って筆を走らせた。
因みに、紙にはこんなことが書かれている。
1.名前は?
2.性別は?
3.種族は?
4.年齢は?
5.誕生日は?
6.希望の戦闘スタイルは?
7.持っているスキルは?
8.希望のジョブは?
9.PRお願いします。
うーん。
なるほどなるほど。
名前と性別は良しとして、誕生日と年齢か……。
年齢……。
明らかにこの体って、前世の自分より若いよな?
何歳くらいだ、これ?
9歳?10歳くらいか?
んー、切がいいし、10歳ってことにしておくか。
誕生日は……そうだな。
いちいち覚えておくのとか面倒くさいし、そもそも前世の自分の誕生日と同じにしようとしても、前世の誕生日なんか覚えてないし、1月1日でいっかな。
次の年が来れば年齢が1つ上がる。
うん、わかりやすくていい。
希望の戦闘スタイルか……。
どうする?
近距離で格闘戦……というのも、強い敵とか出てきたときとか困るしなぁ。
そもそもゴブリン殴ったときでさえ、相手を殺さないように無意識に手加減してた気がするし。
異世界といえば剣でしょ!ソードマン一択!……とか、現実ではそうも行かないしなぁ。
それにほら。
魔物でもさ、生き物をこの手で直接殺すのって、かなり躊躇いがあるっていうか。
まあ、虫は別だけど。
でも、できたらそういう手応え?とかそういうの感じたくないし……。
ここはやっぱり、魔法職かな。
それも、遠距離から安全地点で一方的に叩く。
あとは……広範囲にデカい魔法打ち込んで一掃……とか?
……うわ、想像したらちょっと気持ち良さそうかもって思ってしまった……。
よし。
決まりだな。
異世界と言ったらやっぱり魔法!
俺は……じゃない私は魔法使いになってみせる!
めざせ、大魔導師だ!
閑話休題。
さて、次の項目に移るとしよう。
えーっと、持っているスキルは何か……。
うーん……。
やっぱり、書かなきゃだめかな?
だって私のスキルって、全部犯罪みたいな名前だぞ?
完璧にどこかの山賊が持ってそうなスキル構成だし……。
なんか面倒なこと起きたら嫌だし……。
あ、いや。別に持ってません!でもよくないか?
それか、隠蔽スキルだけ書いといて、あとは全部伏せておくとか。
下手に全部隠しちゃうと、逆に疑われたりしそうだもんな。
よし。
というわけでスキル欄には隠蔽スキルだけ開示しておこう。
……あれ?
ふと、私は今まで紙に書いてきた文字を見直して、筆を止める。
今まで本当に無意識だったけど、私この世界の文字普通に書けてるじゃん。
……え、あれ。
なんでだろう?
……。
ま、いっか。
深く考えたところでわかるわけでもないし。
というわけで、次の問に進む。
Q.希望のジョブは?
まあ、これはさっき書いたとおり、魔法職だわな。
遠距離から安全地帯でバンバン撃ちまくる生きる魔導砲台。
というわけで回答欄には魔法職と記入。
PRは適当に『大魔導師になりたいです。よろしくお願いします』でいいかな。
……。
……大丈夫だよな?
なんか、どこかのお偉いさんに怒られたりとかしないよな?
……まあ、なったらなったで、その時考えよう。
頼んだぞ、未来の自分!
……というわけで、最終項目。
10.最後に。
冒険者育成学校に入学を希望しますか?
はい。
もちろんこれはYESだ。
YES以外の選択肢なんて私にはない。
だいたい、魔法の使い方とか、魔物狩りの経験とか、素材の知識とか何にもないのに、どうして1人で冒険に出られようか。
『はじまりの街』に来るときに、列整理のお姉さんが言っていた。
冒険者になりたいなら、まず学校に通うことをおすすめすると。
ここに通えば、冒険者として最低限生きていくための知識と力量を身につけられると。
だからYESだ。
私は最後に『入学する』の選択肢にチェックを入れると、目の前の女性にそれを手渡した。
すると彼女はにっこりと笑みを浮かべて、『ありがとうございました』と定型句を述べた。
「ありがとうございました。
では、これから冒険者手帳を発行いたしますので、しばらくお待ちください」
こうして、私はようやく念願の冒険者になることができたのだった。




