私、カエルになる。
どうも、伊藤(仮)です。
翌日、私は黒猫亭を出発して、審査官のおすすめの宿『夕焼け亭』の角部屋に移動しました。
……え?
いつ移動したのかって?
そんなものロビーが開いてすぐに決まってるじゃないか。
幸い、ロビーで例のチャラ男と会うことはなかったが、次にいつどこに現れるかわかったものじゃないからな。
早めに宿を移して損はないだろう。
「さて、ポーション飲んだら筋肉痛も回復したし、早速出かけるかな」
私はポーチを肩にかけ、中身をほぼ空にしたリュックを背負い、夕焼け亭を後にした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
朝日が壁の向こうから差し込む中。
冒険者ギルドにほど近いところに建てられた大きな時計塔が、9時の鐘を鳴らす。
鐘の音に驚いた白い鳥が時計塔の上からバサバサと飛び立ち、活気に湧いた商業区のざわめきが、私の目を覚ましてくれる。
こうして1日経ってみて、私は本当に異世界にやってきたんだと実感した。
何もかもが日本とは違う。
澄んだキレイな朝の空気。
夜露に濡れた街路樹の葉の光。
活気賑わう商業区。
そして何より、街を行き交う冒険者たち!
「あの大剣かっけぇ……」
たしか、ドゥサックって言うんだっけ。
分厚い鉄板を刀剣状に加工し、グリップとナックルガードを残して穴をくり抜くことで、剣のブレードとグリップ、ナックルガードが一体となったフォルムをしている。
柄には革が巻かれているだけで、他には何の飾り気もない。
かつて某国が戦争で歩兵に与えた量産型の武器だ。
何故この様な武器ができたかと言えば、予算と時間の省略が目的だったと言われており、このようにして作ることで、態々柄と刃、鍔を分けて作り組み立てる必要がなくなり、より多く、より早く、より安く兵士に供給することができるのだとか。
魔物の蔓延る異世界なのだから、そういった武器が開発され、多くの冒険者に支給されるのは、まあ当たり前の事なんだろう。
「ああ、私も早く武器を振り回したい……ッ!」
私は、すぐそばを通り過ぎていった大柄な戦士を見ながら、そんな感想を漏らした。
戦ったのなんて、初日のゴブリンとの1戦のみ……いや、あれは戦ったとは言い難いか。
早く冒険者になって、武器を振り回して魔物を狩ってみたいものだ。
そんな男のロマンとも言える冒険者になった自分を夢想しながら、私はとある店の前に立った。
しかし、その店は武器屋ではない。
防具屋でも、魔法屋でも、ましてや道具屋でもない。
「うぅ……。
いざとなると、ちょっと恥ずかしいな……」
しかし、それは未知の領域。
男だった私の前世では、まず関わるはずもない聖地。
そう、その名前は――
「でもやっぱり、ノーパンで冒険者登録しに行くのはちょっとなぁ……」
――所謂、ランジェリーショップであった。
元男とあっては、こういったお店に入るのにはかなり抵抗力がある。
こちらはまだ思春期真っ只中のピュアな男児。
こんないかがわしい(?)ところに、本当に自分が足を踏み入れていいのか?
いや、まて。
だがしかし今の自分は女だ。
どこからどう見ても銀髪の少女!
何も恐れることはない!
……そ、それに、女物の下着を身につけるということに、ちょっとばかり興奮しないでも……。
いやいや、俺は変態か!?
いや違う。
決して違う。
……だったら、もう諦めてこれからノーパンで過ごすか?
……無いな。
それは無い。
じゃあどうする?
諦めて帰るか?
……。
「ええい、こんなところでウジウジらしくねぇ!
いざ参ろう!そして死んで帰る!いざ、南無三!」
私は大声でそう叫んで葛藤を打ち消すと、いざとその店に足を踏み入れた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
決死の覚悟をして店に踏み込むと、1人の店員さんが、こちらに振り向いて固まった。
「いらっしゃいませ、お客さ……」
「どうしたのドーラ、ちゃんとご挨拶……」
「……かわいい」
続いて、その様子を窘めようとしたのか。
彼女の先輩っぽい店員がドーラと呼んだ店員に声をかけ、私の方を振り向き、また固まる。
続いて、その異変に気がついた客の一人が、チラッとこちらを向いて、そしてそのまま固まった。
……なに、この空気。
え、まって、私なにか悪いことした?
そ、そりゃ店前で大声で叫んだのは悪かったと思うよ?
指摘されるなら謝る。
……けど、これはどうもそういう雰囲気でもない。
はっきり言って、全く持って理解不能。
そんな彼女たちの反応に半分ビクビクと怯えながらいると、早くも再起動を果たした先輩店員さん(仮)が、笑顔を浮かべてこちらにやってきた。
え、何その笑顔。
ちょっと怖いんだけど。
反射的に退こうと後ろ足を引くと、ガッシリとその店員さんに肩を掴まれて動きを止められた。
「し、下着……買いに来たん、です、けど……?」
逃げられないと悟った私は、とりあえず目的だけ彼女に伝えることにした。
すると近づいてきた先輩店員さんが、『うんうんそっか』と嬉しそうな(?)笑みを浮かべて、次のような質問を始めた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「い、伊藤……です」
「イトーちゃん……。
北方の出身なのかな?」
いや知らねえよ。
私は彼女の質問には答えず、次に何をされるのかと怯えながらジッと待った。
「ふむふむ……。
身長は132センチ、バストは66センチ、ウエストは50センチ、ヒップは71センチね。
ドーラ、メモした?」
「はい、バッチリと!」
……あれ、この人今メジャー使ってなかったよな?
何で言い当てられるの?
いや、自分でもサイズわかんないけど。
……。
……じゃなくて!
え、何これ?
今私何されてるの!?
超怖いんだけど!?
そんな私の感情が伝わったのか。
先輩店員さんはニコニコと笑顔を浮かべながら私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ。
貴女、その年にしては結構いいスタイルしてるから、将来ぺったんこになんてならないわ!」
「いやそっちじゃねぇし!?」
何これ……。
今から何が始まるの……?
そんなふうに流されるまま先輩店員さんについていくと、今度は個室に移されて色々な事をされた。
もう何がなんだか覚えてないが、最終的には何故かそこにいたお客さんに下着を奢ってもらうことになった。
……何が起きたの、これ?
気がつけば、私の両手には布袋いっぱいのかわいいデザインのブラとパンツ、それからシャツ。それからえーっと、これはネグリジェか?
(いや、何でネグリジェ?)
私がそう顔を顰めていると、ふと上の方から声が聞こえてきた。
「ねえ、イトーちゃん?
ちょっと良いかしら?」
「は……はい?」
穏やかなマダムの声に、若干の恐怖を覚えながら上を向くと、そこには何か悪巧みでもしていそうな笑顔を浮かべる女性の姿があった。
無論、その人が下着を奢ってくれたお客さんだ。
「そろそろ12時だけど、お腹空いてないかしら?
良ければ、私の家でランチでもどうかしらね?」
うぐ……。
絶対何か裏がありそうだなぁ。
だけど、下着をおごってもらった手前、断ることもできない。
なので、私は渋々といった様子でそのお誘いに乗ることにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
マダムは紫色のローブを着ている。
体型はボンキュッボンで、ローブの胸元が開いているためにその胸の豊満さと自信がよく伝わってくる。
他には、大きな宝石をはめた指輪や、金銀でできたリング、金色の大きなイアリングに、首には様々な宝石があしらわれたネックレスが引っ掛けられており、彼女がかなりの金持ちであることが伺えた。
もしや、これが噂に聞く成金貴族か。
そう身構えていたのだが、彼女に連れてこられたのはあまりパッとしないちょっと広めの一軒家だった。
「あら、驚いたかしら?
これが私の住まいよ」
よく言われるのか、それとも私の顔に出ていたのか。
ゆったりした所作でこちらに微笑みを向けながら、彼女は門に向かって指を振った。
「?」
何をしているのだろうか。
そんな疑問を思い浮かべながら彼女の様子を見ていると、視界の端でひとりでに開く門が映った。
「……自動ドア?」
「貴女、面白い事言うわね」
彼女はそう言うと、私をその家に招き入れた。
広めの庭には家庭菜園でもしているのか、いくつかに分けられた畑の畝から、植物の葉が覗いている。
白塗りの木で出来た玄関テラスを抜けて家に入ると、私はマダムにダイニングへと通される。
「何か食べたいものとかあるかしら?
オムライス?それともハンバーグかしら?」
「あ、じゃあオムライスで」
私は彼女の質問にそう答えると、ひらひらと手を振ってキッチンへ向かうマダムの背中を見送った。
……といっても、ここダイニングキッチンなんだけどな。
何もすることがなく手持ち無沙汰になった私は、とりあえず買ってもらった下着をポーチの中に布袋ごと突っ込むと、物珍しそうに部屋を見渡した。
マダムの家の中は、結構普通だった。
彼女のあの見た目だ、もっときらびやかなのかと予想していたが……。
何者なんだろうか、この人。
普通の暮らしをしている割には、見た目が完全に成金貴族。
お金持ちなのは合計して金貨1枚近くになるくらいの大量の下着を買ってくれたことからも明らか。
でも、どうして見ず知らずの人にこんな大量に下着をプレゼントしてくれるのかよくわからない。
「謎だ……」
思わず、口をついて出た言葉を聞いたのか。
マダムは妖艶な笑みを浮かべながらオムライスを盛り付け、机に運んできた。
「そういえば、まだ私だけ名乗ってなかったかしらね」
彼女は椅子に腰掛けると、少し間を開けて自己紹介を始め――ようとした、次の瞬間。
「マァーリィーーンッ!!」
――ブワォン!
突如、食卓の上空に巨大な紫色の複雑な菱形の魔法陣が出現し、何か黒い塊が二人の前に配膳されたオムライスをグチャリと踏み潰した。
「幼女ッ!
幼女はどこだぁ――ってあ痛ッ!?」
が、それとほぼ同時に、上から降ってきた襲来者に黒い棒状の何かが振り抜かれた。
「グッヘェ〜っ……」
襲来者はその棒に殴られ、あり得ない勢いで吹き飛んでいき、やがて壁にぶつかって静止した。
……え、何が起きたの、これ?
あまりに急な出来事に唖然としていると、マダムは盛大なため息を付きながら、棒をパシパシと掌に打ち付けつつ、その襲来者の元へ歩みよった。
「ミィ〜ラ〜ァ?
何度言えば気が済むのかしら?
あれ程何度も何度も食事中に転移してこないでって言ってるわよね?」
「ま、待ってそれ不可抗力だから!?
偶々!偶然いつもボクが転移してきたときに君が食事を始めてただけだから!?」
マダムの脅迫じみた詰問に、ミラと呼ばれた少年が両手を上げて敵意が無いことを示しながら、青い顔でブルブルと首を振っている。
「どこにそんな偶然があるのかしら?」
――が、その弁解はどうやら彼女には聞き入れてもらえなかった。
そりゃそうだろう。
私だってそんな言い訳されたらそう返すぞ。
「だいたいね、貴方。普通は転移先を確認してから飛んでくるでしょう。
どうしてあなたはいつもいつもこう……」
彼女は呆れながらそう続けるも、尚も彼は弁明を続けた。
「だって!
だってこんなに強い幼女センサーは初めてなんだよ!?
これは絶対会いに行くでしょ!たとえ火の中水の中、君の食卓の上にだって!」
――ねぇ待って?
今なにか物騒な名前が聞こえた気がするんだけど。
「火の中ならともかく、私の食事の邪魔はしないでくれるかしら?
せっかく作った料理が台無しになったじゃない」
「え、マーリンが料理……?
冗談でしょ?どうせいつもの『簡単!温めるだけでできるお惣菜シリーズ!』を茹でただけでしょ?」
そんなマダムの反論に、彼は耳ざとく反応して茶化し始めた。
うわぁ、ミラさんめっちゃ煽ってるなぁ。
ていうかあるんだな、この世界にもレトルト食品。
「……そんなこと無いわよ」
彼女はそんな彼の茶化し言葉を聞くと、プイとそっぽを向いて小声で反論する。
よく見れば少しだけ耳が赤い。
……おや?
さっきまで威勢が良かったマダムの勢いが、目に見えて衰え始めたぞ……?
段々と二人の口喧嘩が微笑ましく思えてきた私は、その喧嘩の外野にいることをいいことに、傍観者気分で二人のやり取りを眺め始めた。
「え〜?
絶対嘘だー。
だってボク、君が料理してるところなんて見たことないよ?」
「それは貴方がいつも私の食事時に落ちてくるからでしょ?
いい加減、別の場所から出てきてくれないかしら?」
「……ごめん。
あ、ところでボクの幼女はどこだい?
ボクの幼女センサーだとこの辺に――」
――と、思って油断していたのが間違いだった。
(あ、これヤバい予感しかしない)
彼はそう言いながら、今更ながらにマダムの家の中を見渡し始め――そして、私はミラと呼ばれた少年と目が合ってしまった。
――ゾクッ、と悪寒が背筋を駆け抜けるのを実感する。
と、次の瞬間だった。
私の目の前に、紫色に輝く複雑な菱形の魔法陣が展開したと思った刹那、私の目の前で、彼は私の顔を覗き込んでいた。
「ミツケタ♪」
ああ。私、今日はついてないわ……。




