ルーク、怒られる。
どうも。
実はまだ敵からダメージを少しも受けていないけどピンチに立たされているイトーです。
ゲーム風に言えば、HPは満タンだけど、次の攻撃を食らったら全損するような状態かな。
……にしても、この世界のゴブリンって思いの外強いよね。
いや、ゴブリンじゃなくてホブゴブリンか。
まあ、そんなに変わらないだろうけど。
「すぅ……はぁ……」
浅い呼吸を整え、刀を構え直して隠蔽スキルを行使する。
こちらを睨んで再び突進の準備をする巨大な緑の塊の意識から、私の姿が見失われるのが、なんとなく感覚的にわかった。
人間を含む動物のほとんどは、その知覚の約三分の二を「視覚」に頼っていると、たぶん前世のどこかで聞いたことがある。
だから強敵と戦うときは、肉体の機動力もそうだが、視覚を奪うという行為は非常に有効的な手段と言えるだろう。
そして今の私が、確実にこのデカ物の視界から私を消すことができる方法と言えば、それはもうひとつしかない。
──疑似透明人間戦法。
隠蔽スキルで姿を隠し、一方的にボコる駆け引きも引ったくりもない超卑怯技。
(まぁ、今日の使い方はちょっと違うけどね)
これなら発狂を引き起こしてさらに凶暴化するようなことはないし、ある程度は安全だろう。
……だが、これだけではまだ足りない。
私は自分から少し離れた位置に自分の分身を配置すると、態と目立つような動きをしてヤツを誘った。
この分身は囮だ。
興奮してこの分身に向かって突進してきたところを、この蓬莱刀『桜吹雪』で斬り伏せる作戦である。
「グルルルルルルルル……」
煽るような動きでホブのヘイトを稼ぐ分身に向かって、デカ物が唸り声をあげる。
具体的にどんな動きかっていうと、お尻ペンペンからのあっかんべーとか、変顔して舌を突き出して『ベロベロベロベロ』とかやって、例えば泣いている赤ちゃんをあやす時にやる変顔を連発してみたりとか、そんな感じ。
正直言って、めちゃくちゃ怖い(二重解)。
けど、だからといって逃げるわけにもいかない。
さっさと倒して、ルークたちを助けにいかないとだしね。
……まぁ、あれは放置しててもいずれなんとかなりそうではあるが。
私は、都合のいい立ち位置で、ちょうど野球でバッティングするような形で刀を構えると、両手を赤く輝かせるデカブツに意識を集中させた。
私の魔力は残りあと少し。
黒く変色した、局所強化によってブーストされた握力で、刀が抜け落ちないようにしっかりと握った。
──と、次の瞬間だった。
「グルルォォ!!」
盛大な土煙を上げて、柔らかい森の地面を抉り飛ばしながら、緑色の巨体が私(の分身)に向かって突っ込んできた。
正直、予想よりかなり早い。
《ステータスグロー》の魔法が無ければ、間違いなく巻き込まれていただろう。
しかし。
「くっ……ぐぅ……ぅぅうおおおおおお!!」
私は、体全体の力を使うようなイメージで、刀に、体に、脚に、私を構成している全ての部位に魔力を押し流しながら、赤い光を纏わせた刀を一気に振り抜く。
この私の持てる全て、残り最後の魔力の一滴まで、この一瞬の攻防に賭ける!
「グルルォォ!!」
ホブゴブリンの分厚い脂肪が、肉が、骨が砕け散る感触が、スキル越しに刀のヒルトを震わせ、私の手に届く。
ガリガリガリとも、ボリボリボリともつかない衝撃は、私の雄叫びと混ざり合いながら、デカブツの咆哮と混ざりながら森を駆け抜けていった。
「うああああ!!」
──次の瞬間、静寂が空間を支配したかのような錯覚に見舞わられた。
一瞬とも数秒ともつかない、あの激しい手応えが刀を握る柄から消え去り、瞬間的な空虚が、私とあいつの間に流れたのだ。
──ズドン。
遅れて、何か重い衝撃のようなものが私の全身を流れた。
空があった場所には赤い雲か霧のようなものが生まれており、気がつけば横殴りの血の雨が私に降りかかっていた。
「やった……のか」
私は、血糊で汚れた髪の隙間から振り抜いた刀を数瞬見つめると、急に訪れた虚脱感に片膝をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体が前に倒れそうになるのを、刀を地面に突き刺して杖の代わりにして、膝立ちになる。
チラリと後方のデカブツを振り返ると、そこにはどうやら上半身と下半身が分離しているらしい緑色の肉塊が、血だまりの中に転がっていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
私達三人が『はじまりの街』に到着した頃には、既に日は落ちかけ、空はオレンジ色に染まっていた。
街の中央にある噴水広場から見える高い時計塔には二、三羽の濡れ羽色のカラスが羽を休めていたが、突然鳴り出した夕刻の鐘の音に驚いてか、カァカァとどこか郷愁的な気分にさせる鳴き声とともに飛び去っていった。
このくらいの時間になると、そろそろ街の門が閉ざされてしまうので、それまで街に駆け込んできていた旅人や冒険者の数が少しの間勢いを増す。
冒険者は今日の戦果をギルドに報告するために足早に門をくぐり抜け、旅人は野宿の心配をして駆け込むのだ。
だからか、当然のようにそれなりにギルドの中も混み合っていた。
「うっぷ」
相変わらず生臭い上に酒臭くて噎せる、変な匂いに私は思わず口元を抑えた。
同じように口元を抑えながら、サエルミアもすかさず《消臭》の魔法を使う。
「ありがと、サエルミア」
「いいわよ、これくらい」
短く言葉を交わしながら、私たちはギャーギャーと騒がしい冒険者たちの間を縫って、カウンターまで足を進める。
「あら、昼間の生徒さん。
いらっしゃい、討伐の報告ですか?」
「そうよ。
ちょっと数が多いから大変かもしれないけど」
サエルミアはそう言うと、生活魔法の《出納箱》から、五つほどの麻袋を取り出した。
中身は全て、今日討伐してきたゴブリンの討伐部位であるゴブリンの耳だ。
「これ、もしかして全部ゴブリンの耳ですか?」
「そうよ?」
受付嬢の質問に、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
ホブゴブリンとの死線の後、私たちは二人を取り囲んでいた大量のゴブリンの掃討に成功していた。
この麻袋に入っているゴブリンの耳は、ほとんどがその時のものだったりする。
……え?
あんなに疲労していた状態で、どうやってあのゴブリンを討伐したのかって?
簡単な話だ。
ポーチに入っていた体力回復ポーションを飲んで、無理矢理回復させて助太刀に入ったのだ。
お陰で、今酸欠やら何やらでめちゃくちゃ頭が痛い。
……それはさておき。
「えっと、もしかして、これ全部あの近くの森にいたゴブリンのものですか?」
受付嬢が、差し出された麻袋の数を見て、少し戸惑ったような、それでいて不安がるような表情で確認をとる。
……なんだ?
なにかまずいことでもあったのか?
私は、彼女の表情の意味を教えてもらおうとルークの方に視線を送った。
しかし、彼はいつものむすっとした表情のまま眉ひとつ動かさない。
……なんか隠してるな、こいつ。
「ルーク、何か隠し事とかしてない?」
「……」
スッ、と視線をそらすルーク。
(ふむ……。
コレは絶対何かあるな)
不可解な彼の挙動に怪訝な表情を浮かべながら、私は目を細めた。
おそらくだが、タイミングから見て、彼の隠し事はこの受付嬢の反応と何か関係があると見て間違いない。
そして、この受付嬢の不可思議な表情のきっかけはなんだったかといえば、それはつまりゴブリンの耳の数──正確には、ゴブリンの討伐数。
そこで変な顔をしたと言うことは、討伐したゴブリンの数が、通常に比べて多かったと言うことだろうか。
少なくとも、狩った数が少なければ、あんな質問の仕方はしないだろうし、こんな不安そうな表情になんかなったりはしないはず。
「そうよ?
あ、あとついでにコレもあるわ」
サエルミアはそう言うと、そんな受付嬢に追い打ちをかけるように、同じく《出納箱》から今日の最大戦果と言ってもいいホブゴブリンの首を引っ張り出してきた。
「こ、これは……」
「ホブゴブリンの頭よ。
大量のゴブリンを率いていたわ」
瞬間、彼女の顔が少し青ざめたように見えた。
まぁ、それは普通の反応だわな。
いくら魔物とはいえ、人の頭とほとんど変わらない造形の生首を突然持ち出されたら青ざめるのも無理はない。
それに、ホブゴブリンの討伐部位も実は耳だけで、頭ごと持ってくる必要は実はない。
頭ごと持って来たのは、耳だけだと『ちょっとサイズの大きいゴブリンの耳』とか言って難癖つけられそうだと私が思ったからだ。
ほら、ラノベとかでよくいるじゃん。
新米冒険者の成果に難癖つけてくる不良冒険者の人。
……と、その時だった。
「おいおいそこのエルフの嬢ちゃん、嘘はいけねぇなぁ。
ホブゴブリンだと?
熊ですら倒すのが難しそうなちびっこが三人集ったくらいでホブゴブリンが倒せるわけねぇだろw
ましてやそこの白髪のガキはまだ十歳にもなってねぇようなチビだろ?
正直、戦力としてはあまり認められねぇよなぁ?」
これが、所謂『噂をすれば』と言うやつなのだろうか。
ていうか、誰が白髪だ!
これは銀髪だっつうの!
あとチビつったの絶対許さないからな、コイツ!
私は、難癖をつけて来た冒険者に向けて、キッと鋭い視線を向けた。
「やめなよザックw
あの子達が可哀想だろ?
あいつらよく見てみろよ、すげぇ生臭ぇ。
きっとどこかの優しい冒険者のお兄さんに体でも売ってもらって来たんだろうよ。
それをいちいち貶すってなぁ、そりゃ酷ってもんよw」
続けて、同じテーブルで酒を呷る、少し日焼けの目立つアフロの冒険者がザックと呼ばれたモヒカン男を嗜めた。
……とはいえ、その内容は十割私たちを侮辱する内容ではあったのだが。
正直、こういう大人から喧嘩を買うのはめちゃくちゃ怖い。
けど、せっかくはじめての収穫を、私を慰めるために一緒に狩りに来てくれた二人とのはじめての冒険の成果を貶されるのは、それ以上に腹が立った。
「ふざけ──ッ!」
私はそう叫ぶや否や、腰に穿いていた刀の柄に手をかけて飛び出そうとした。
飛び出して行って、あの赤い衝撃波で以って二人組を木っ端微塵にしてやるつもりだった。
しかし、そうはならなかった。
「ふぐぉ!?」
次の瞬間、アフロの方の冒険者が弧を描いて吹き飛んで行き、無関係の冒険者たちが歓談していたテーブルの間に落っこちて彼らを驚かせた。
その拍子にいくつかのジョッキがテーブルから落ちたり割れたりしたが、彼らが騒いだりすることはなかった。
「お前も一発食らっておくか、ゲス野郎」
フーッと息を吐きながら、いつの間にか前に出て拳を振り抜いていたルークが、冷たい視線を向けながら今度はモヒカンの方の冒険者に問いかけた。
その拳は真っ黒に染まっており、その一撃が局所的な筋力強化を行った全力の殴打であったことを、その場にいた全ての人物に知らしめていた。
「フレッドォッ!
……テメェ、何しやがんだガキィ!」
モヒカン男が怒声を上げながら腰の曲剣を抜き、ルークに向かって斬りつけようとした、その時だった。
その振り上げられたシミターを持つ手首を、ガシッと掴みあげる手があった。
「おぅおぅ、元気いいねぇお兄さん。
何、君ってひょっとて前世はカマキリなのかい?」
「な……ッんだテメェ……は……!?」
ザックと呼ばれていたモヒカン男が、驚いて背後を振り返る。
すると、徐々にさっきまでの威勢が嘘のように尻すぼんでいき、やがてその目は驚きに丸く見開かれることになった。
背の高い男だ。
桜色の髪をつんつんと逆立てたその顔には、私にも見覚えがあった。
たしかこいつ、今日ギルドの玄関で絡んできた人だ。
今は背中にあのデカい西洋版の長巻のような武器も、黒いプレートアーマーも装備してはいないが、あの存在感は間違いようがない。
「まったく、ギルドの中で剣を抜くなんて、おイタが過ぎるぜ?
そこの嬢ちゃんも。
あまりムカついたからって不用意に刀抜かない、わかったか?
ルドルフ──じゃねぇ、ルーク、お前にも言ってるんだからな?」
彼はヤレヤレといった風にその場で流血沙汰にしかけた三人を叱りつける。
その叱責に驚いたのか、ザックがシミターを手放した。
カランカラン、と曲剣の刀身がギルドの床に跳ねて乾いた音を立てた。
大男が、その鋭い瞳で取り押さえていたザックを見下ろす。
「……」
「……ちっ、悪かったよ。
さっきの言葉は取り消す」
「お前らは?」
「……受け入れたわけじゃない。
いきなり殴ったことは謝る。
悪かった」
彼の催促を受けて、ルークが渋々という風に、本当に渋々という風に腕に流していた魔力を収めた。
まぁ、私も腹が立ったとはいえ、斬りつけるのは確かにやり過ぎだった。
せめて、もう少し冷静に対応するべきだったんだ。
『ん?』という男の視線を受けて、私は刀の柄から手を下ろした。
「私も、粉々にしようとしたことは謝るよ」
瞬間、少しの間だけギルドの中が少し騒ついた気がしたけど、多分気のせいだな。
男はうんうんと頷くと、ザックの手首を解放して胸の前で腕を組んだ。
「おぅおぅ、最近の子供は聞き分けが良くて助かるな」
「ちっ」
満足したように言いつつも、子供いう言葉を強調されたことに腹が立ったのだろうか。
ルークは本当に嫌そうな顔で静かに舌打ちを返した。
「あ?」
「……」
しかし、それもつかの間。
男が威圧するかのように放った言葉に、ルークは誤魔化すように視線をあさっての方向に流す。
いや、ホントあいつあの人のこと嫌い過ぎだろ、何があったんだよ。
私は、横目でアフロの男性をおぶってギルドを後にするモヒカンの冒険者を見送りながら、ルークの様子に苦笑を浮かべた。
誠に勝手な都合ながら、すでにTwitterの方でお伝えしていた通り、この度『私、イセカイで冒険者やってます!(旧題:私、ソロで冒険者やってます。)』を、下記のリンクの方でリメイクすることになりました。
以降次話の投稿はこちらではなく下のリンク先(『私、イセカイで冒険者やってます!(リメイク版)』)にて行いますので、お手数ですが現在読まれている方はそちらの方を読むようにしていただけると嬉しいです。
申し訳ございませんでした。
↓『私、イセカイで冒険者やってます!(リメイク版)』URL↓
https://ncode.syosetu.com/n2962fn/




