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俺、私になる。

 どうも。

 車に数メートル引きずられて死んだと思ったら銀髪の少女にTS転生した挙げ句、ほぼ記憶喪失になっていたことに驚きの伊藤(仮)です。


 ……ほんと、何で女の子になってんだろうね?

 まあ、別人の男の姿で裸で森に放り出されるよりは何万倍もマシなわけですが。


 それはさておき。

 ある程度余裕が出てきた俺は、これから先街に入った時のことを考えることにした。


 どういうことかって?


 あー、ほら、アレだよアレ。

 女の子の姿で一人称が“俺”っていうのは、流石に拙い気がするんだよねぇ。

 だからさ、これからは自分のことを“私”と呼ぶことにしようと思うんだよ。


 ほら、敬語だったりしたら、普通に一人称は私になったりするだろ?

 アレと普段の口調を組み合わせる感じだから、たぶん慣れればどうということもないと思うんだよなぁ。


 てなわけで、これから練習も踏まえて一人称は“私”に変更することにした。


「私は伊藤と申します、よろしくお願いします。

 ……うーん、なんか固い……。

 こう、もっとラフな感じで――

 やっハロー♪私伊藤!仲良くしてね♪

 ……いやいやいや、それは違うだろ。

 それラフっていうかノリがかるすぎるだけでしょうが」


 うーん、なかなか定まらない。

 一人称変えるのって、こんなに難しかったっけ?


 と、そんな事を考えている間に、俺……じゃない私は森を抜けることに成功した。


「んーっ!

 やっと抜けたぁ……」


 体力的にはまだまだ大丈夫だが、もうそろそろ足がキツイ。

 早く街に入って、宿にでも泊まろう。


 私はそう考えると、少し早足になりながら長い街道を歩いた。


「にしても、のどかな風景だなぁ」


 空は青いし、空気は美味しい。

 高い遮蔽物もなく、見渡す限りの地平線がよく見える。

 東京とは真反対だ。


「……私、本当に来ちゃったんだなぁ。異世界」


 なんだか感慨深いものがこみ上げてくる。

 自分に関する記憶はほとんど無いが、知識や知恵といった類のものは消えていないようで、どうやらそのおかげか郷愁に駆られてしまったらしい。


 俺……じゃない私は、胸いっぱいに空気を吸い込むと、大きく息を吐いて街道を歩いた。


「あ、そうだ。

 流石にこのポーチ一つだけじゃ、門番とかに疑われそうだし、もう一個ダミーのカバンでも背負っておくか」


 アイテムボックス持ちの定番アクションとも言える、ダミーカバン。

 これを背負うことで、無用ないざこざを避けるのだ!


 というわけで、私は少し街道からそれた位置に腰を下ろすと、アイテムポーチの中から大きめのリュックサックを引っ張り出した。

 そしてついでにダミー用の荷物も入れておくことにする。


「ダミー用は何を入れておこうか……」


 とりあえず、ポーチを没収されたときのことを考えて、服と少々のお金、それからあとは……嵩増しに毛布でも入れておくか。


 詰めるだけ詰めて、ある程度ダミーに見えるくらいリュックサックが膨らんだら、よっこらしょとカバンを背負う。


「うおっ……ちょっと入れすぎた……」


 毛布ちょっと戻そう……。


 今の自分には少し重すぎたカバンの内容量を調整して、再び私はリュックサックを背負い直した。


「うん、これならオッケー」


 私はカバンの肩紐を調節すると、再び街道沿いにあるき始めた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 しばらく歩くと、高い壁に囲まれているように見える街が見えた。

 壁の高さは約5、6メートル程。

 壁の外には農地らしい場所が広がっている。


「うわぁ、すげぇ……」


 思わず、感動してそんな声が出る。

 高い壁に囲まれた街。

 街の周りには農村。


 うん。

 剣と魔法の異世界定番の都市だ!


 と、そこで私は、とある重大なイベントを思い出した。


「そうだ、こういう街に入るときって、大抵身分証明になるものを提示しないといけないんだったっけ」


 身分証明……つっても、私今日初めてこの世界に来たんだけどなぁ。

 身分証明書になりそうなものなんてどこにもないし。


「ま、いっか。

 なるようになれの精神で行くことにしよ」


 考えても無駄。

 ということで、この件については思考を放棄することに決めた私であった。


 それから数分後。

 私はようやく街の前までたどり着いた。


 門の前には馬車に乗った行商人や旅人、冒険者っぽい出で立ちの人が三列くらいに並んでおり、その最後尾には看板を持った人が、『最後尾はこちらでーす』と案内をしていた。


「へぇ、文字じゃなくて絵なんだ」


 その看板に書かれていたのは、リュックサックに杖のマークと、盾と剣のマーク、それからお金と旗のマークだった。


 たぶん、お金と旗は商人で、剣と盾は冒険者、リュックサックと杖は旅人と一般人って意味だと思う。


 ということで、私は一番左のリュックサックと杖の列に向かった。


「旅人ですか?」


「はい、そんなところです」


 最後尾の案内をしていた女性が尋ねてきたので、短くそう答える。

 すると彼女は、ニコリと営業スマイルを浮かべて、『もしよろしければ待ち時間の間、この街の概説をお聞きになりますか?』と尋ねてきたので、これはいい情報源を手に入れたと彼女の話を聞くことにした。


 曰く、この街は一人の冒険者によって興された街のようで、武器や防具、その他冒険者にとっての必需品と言えるものが全て揃うため、『はじまりの街』と呼ばれているそうだ。


 因みに、近くの森や平原に出る魔物もそれほど強力ではないため、冒険者を始めたい!という人がたくさん集まるので、冒険者育成学校とよばれる施設まで存在するらしい。


 まあ、簡単に言えば『冒険者の、冒険者による、冒険者のための街』ということだな。


「ちなみに聞きたいんですけど、この街を興したっていう冒険者って誰なんですか?」


「そうですね。

 この国で初めてAランクまで上り詰めた冒険者で、アブラハム・リンカーイと聞いております」


 リンカーイて……。

 もしかしてとは思っていたけど、いやでもリンカーイて……。

 リンカーンじゃねぇのかよ。


 閑話休題。


 それからしばらくして、列に並んぶ人の数も減っていき、ようやくして私の番が回ってきた。


 審査員は、ごつい顔をした髭面のオッサンだった。


 なんて言えばいいかな。

 アクション映画に出てきそうな顔って感じ?


「入街の目的は?」


 そんなことを考えていると、彼はゴホンと咳払いを一つして、審査を開始した。


「冒険者になろうと思いまして」


「なるほど、冒険者登録ですね。

 どこに泊まるか決まってますか?」


「ここに来るのは初めてなので、どこかいい宿を紹介してくれますか?」


「予算は?」


 予算……。

 うーん、今のところ物価とかよくわかんないしなぁ。

 でも、とりあえず銅貨100枚で銀貨1枚と、貨幣が100進数ということはアイテムポーチにお金を詰めたときに判明した。


 また、銅貨の下に鉄貨があって、これは10進数で価値が上がることも判明していた。


 ということは、鉄貨1枚1円と計算して、銅貨1枚10円、銀貨1枚1,000円、金貨1枚100,000円だから……とりあえず2、3万円くらいのところにするかな。


 だって、今私お金持ってるし。


「銀貨で30枚ほど」


 すると、彼はそんな私のセリフに驚いたのか。

 片眉をピクリと持ち上げると、しばらくの間私を観察した。


 な……なんだ?

 何か拙いこと言っちゃった?


「……でしたら、ギルドの近くに黒猫亭という宿があります。

 埋まっていれば、そこから6ブロック西にある夕焼け亭がおすすめですね」


 彼はペラペラと分厚い本を捲りながら、そう答える。


 どうやらこの時代の紙はかなり分厚いらしい。

 それによく見ればちょっと黄ばんでいる。


 羊皮紙か。


 ……となると、ノートとか買うにしても、かなりお金掛かりそうだなぁ。

 こういう時代の紙は貴重だし……。

 羊皮紙、一度触ってみたかったなぁ。


 ……よし、買えたら買うか。


「ありがとうございます、では、そのどちらかで」


 私は審査官のおすすめにお礼を言うと、そのどちらかに泊まることにすると告げた。


「かしこまりました。

 最後にお名前をお聞かせ願えますか?」


「伊藤です」


「イトーさん……ですか?

 少し変わったお名前のようですが」


 やっぱりかぁ。

 やっぱり、西洋系の名前の方が良かったかぁ。


 でも、まあ別にいっか。


「よく言われます」


 私は、当たり障りない返答をして、さっさと質問を終わらせる事にする。


「そうですか。

 では、これで入街手続きは終了となります。

 今回は冒険者登録に来たということですので、滞在期間は二ヶ月までになります。

 それ以上滞在なされる場合は、ギルドに隣接している役所にて、滞在延長許可証を発行してください。

 もし無断で滞在期間を延期した場合は金貨1枚の罰金が課せられますのでご注意を」


 うへぇ、何これ厳しいなぁこの街の条例。

 違反したら罰金金貨1枚……100,000円かよ……。


 二ヶ月だけか。

 よし、忘れないように覚えておこう。


「わかりました、肝に銘じておきます」


 私はそう答えると、審査官に礼を言った。

 すると彼はニコリと笑顔を浮かべて、挨拶を返した。


「では、良き冒険者ライフを」


 こうして私は、異世界に来て初めての街への入街を果たしたのだった。

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