私、義娘になる。
どうも。
現在『ツィトの街』から『はじまりの街』に帰還中(二日目)のイトーです。
さっき二度目のゴブリン襲撃があったけど、護衛の冒険者がパパッとなんとかしてくれました。
後で聞いた話なんだけど、こういう戦闘技術とかは全部学校で習うんだってさ。
……ということは、私もいずれは弓を習うことになるのかぁ。
ちょっと楽しみ。
ちなみに、倒されたゴブリンは骨と皮を剥ぎ取られて残りは燃やされていた。
なんでも、骨は粉にすれば煙幕や爆弾の材料になるのだとか。
皮の用法は、鞣して革にしてグローブにするんだって。
ゴブリンには細かい鱗が生えてて、それが滑り止めになるんだとか。
肉は不味くて食えたものではないらしいけど。
……ていうか、魔物とはいえよく人形の生き物を食べようだなんて発想が出てくるものだなぁ。
「いや、食えないわけじゃないんだぜ?
南方のリーラ共和国じゃあ、石灰水で灰汁抜きして、小麦粉で揚げる料理が家庭料理として出てくるくらいだからなぁ」
「え、マジかよ!?
あんな臭くてブヨブヨしたもの食うのか!?」
同じく客席に腰を下ろしていた冒険者の二人(曰く、予備要員という役割で、盗賊に遭遇して外の冒険者が倒れた時に、奇襲をかける役割を担っているらしい)が、私の放った質問から花を咲かせる。
「マジマジ。
俺も一回食ったけど、あれはなかなか面白かったぞ。
食感はシュノークローゼンの“悪魔の舌”に似てたな」
「ほえ〜、お前いろいろグルメだなぁ」
「ま、俺は二度とゴメンだけどな!」
「つまり不味かったってわけかw」
「バッカ、お前!
そういうのはハッキリ言っちゃまずいだろ」
「『二度とゴメン』って言った時点でもうアウトだろw」
言いながら、冒険者Bは冒険者Aの肩を叩く。
その会話はとても賑やかで、他の乗客も彼らのコントに笑い声を上げている。
華やかというか、これは酒場でのバカ話に雰囲気は近い。
そんな風にわいわいと楽しく馬車に揺られていると、先程の襲撃とは違ってゆっくりと馬車が速度を落とし始めた。
何事かと幌の隙間から外を見てみれば、そこには懐かしの外壁が存在していた。
どうやらようやく『はじまりの街』に到着したようだ。
私は幌の隙間から見える外壁に、どこか郷愁にも似た感覚を覚えながら、ようやく帰ってこれたという事実を噛みしめるのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「ふぅ……。
やっと帰ってこれたぁ……」
私は、水着と体操服が入った巾着袋を部屋の隅に放り投げると、下着姿になってベッドの上にダイブした。
ちなみに、この下着はエレオノーラさんに作ってもらったモノだ。
と言っても、端切れを縫い合わせて作ったトランクスみたいな感じの下着なんだけどね。
と、そんな風にベッドの上で寝転がっていると、トントンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「あ、やっべ」
私は急いで服を着直すと、部屋の入り口まで来客を迎える。
すると、そこに現れたのはこの宿『夕焼け亭』の中居さんだった。
「イトーさん。
一階にお客様がお待ちです」
「私に?」
「はい。
冒険者学校の校長を努めているハーゲンとおっしゃる方です」
……え?
校長?
あの禿頭でなんか半分悪口みたいな二つ名つけられてる、あの校長先生?
「……なんで?」
「詳しくは直接お話するみたいです。
どうしますか?」
中居さんは膝を折って私に視線を合わせながら用事を告げる。
んー。
校長自らってところになんか違和感あるんだよなぁ。
お見舞いくらいなら、担任の先生かカウンセラーさんの担当だろうし……。
いや、そう言えば『ツィト』でミラが何か変なこと言ってたな。
自分の学校に犯罪者が入り込んだことが許せないだとか、見せしめになんたらかんたらだとか……。
犯罪者が侵入した程度で、あんな数の冒険者を動員して討伐に当たるとは考えにくい。
ミラさんは生徒の実践授業の一環としても意味のある行動だと言ってたけど、あの面子は生徒と呼ぶにはかなり歳が古いように感じる。
(なにか……引っかかる)
私は指先を顎に添えて、更に深く思考の海に浸る。
何か裏の事情がありそうな気がしてならない。
……まあ、当時は深く考えたところで答えは出ないってことで思考放棄したんだけど……。
今考えてみると、私というよりも、私がこの体に憑依する以前……つまり、『ギンコ』に関する何かがその裏事情に関わってる気がしてならない。
ほんと、私が憑依する前のこのギンコって人は一体何者だったんだ……?
「イトーさん?」
つい思考にふけってしまっていたのか。
急に黙りこくって何も発しなくなった私に怪訝な顔をしながら、不意に中居さんが私に声をかけた。
「ん、あー。
そうだね、行くよ」
まぁ、今ここでいろいろ考えたところで何も出て来やしないし、話は直接本人に聞いた方が早いだろう。
私はそう考えると、中居さんに連れられて一階の応接室まで足を運ぶのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
『夕焼け亭』は冒険者ギルド提携の宿だ。
故に、ここに泊まる客層はほとんどが冒険者であり、そのため冒険者同士の会談というものが良く行われたりもする。
その会談では、関与したパーティの個人情報や秘匿したい情報などが飛び交うため、その秘密保護のためこのようにギルド提携の宿には会談室と呼ばれる部屋が複数用意されている……らしい。
「……失礼します」
私は三度ノックを打つと、入室許可の返事を待って会談室に足を踏み入れた。
すると、次の瞬間だった。
一瞬の意識の隙間をついて接近してきたそれは、ニンマリと笑顔を浮かべながら私の脇の下に手を差し込んで、なんと高い高いを繰り出してきた。
「のわっ!?」
思わず、変な悲鳴が口を突いて出る。
「おおギンコよ!
無事そうで何よりだ!」
私を抱き上げた犯人――スキンヘン・ハーゲン校長は、満面の笑顔で今度は私を胸元に抱き寄せる。
その瞬間、頭の片隅に、デジャヴにも似た感覚が走った。
……なんだろう。
男の人に抱きつかれるのは嫌いなんだけど、この人に対しては別の……そう、父親のような暖かさを感じて、嫌とは言えない。
「……?」
私は、そんな不思議な感覚に戸惑いながらも、とりあえずむさ苦しいのは嫌なので、両手で彼の頬ずりを押しのけて下ろしてもらうことにした。
それから、お互い簡単な挨拶を交わすと、二人は会談室のソファに向き合って座りながら話を始めることになった。
「にしても、二年も経つのに相変わらずだなぁ、ギンコは。
あれから、メンデルのおじさんとはどうだ?
うまくやれてるか?」
運ばれてきたコーヒーのカップを手に持ち、ハーゲンから話を切り出す。
(メンデルって誰だ?)
おそらく、私がギンコだった頃にお世話になった人なんだろうけど、あいにく今の私にはその記憶がない。
とりあえず誤魔化しても仕方ないことだし、正直に知らないと答えてしまうか。
私は首を横に振ると、二週間くらい前から記憶がないことを彼に話した。
「……そうか、記憶がないのか」
「はい、ですから私がそのギンコという人物なのか、それとも人違いなのかもわからないんです」
そうだ。
話している途中にこの可能性について思い至ったけど、私が別にギンコであるという確証はない。
みんながギンコギンコと呼んでいるのは、もしかしたら顔の似ている別人という可能性もあり得る。
「いや、それはない」
……と思ってたけど、あっさり否定されてしまった。
しかも即答。
なんでそんな即答できるんだこの人。
たしかに私の髪は銀髪だし目立つ。
だが、それは個人を特定する材料にはなり得ないのではないだろうか?
「……なんでそんなこと言えるんですか?」
「吾輩、元々聖職者でな。
若い頃は真偽官をしていた。
要はその頃の観察眼がなせる業だな」
え、マジで?
この人聖職者だったの!?
全然そうは見えないんですけど。
むしろどこかのマフィアで頭とってた方がめちゃくちゃ似合うと言うか……。
私は信じられないものを見るような目で、ハーゲンの顔を見上げた。
「……見ただけで嘘ってわかるものなんですか?」
「わかるぞ。
瞬きの回数、瞳の向き、呼吸の音、脈拍、爪先の向き……。
見ればわかる場所は、数え上げれば切りがないな」
……うそぉん。
こんなの、絶対隠し事とかできないじゃんめちゃ怖いじゃん。
私は目の前に置かれていたジュースに口をつけると、緊張で乾いた口を濡らした。
ちなみにこのジュース、りんごとみかんを足して二で割ったみたいな味がする。
……何のジュースなんだろ、これ?
「まあ、嘘云々は置いておいてだ。
記憶喪失の件はわかった。なにか聞きたいことがあれば、いつでも校長室かギルドに顔を見せに来てくれ」
彼はそう言うと、机の上のコーヒーを飲み干すと、手元のベルで中居さんを呼び出し、コーヒーのおかわりを注文した。
「あ、じゃあ私もジュースおかわりで」
「かしこまりました」
ちょうどジュースも空になってしまったので、ついでとばかりに私もおかわりを注文する。
さすがギルド提携なだけあって(かどうかは知らないけど)動きがスムーズだった。
閑話休題。
「そういえば、校長先生。
わざわざ宿まで来たくらいです、ただの挨拶に寄ったわけではないんでしょう?」
私は飲み物を運んできた中居が会談室を後にするのを見計らって、校長先生に尋ねた。
挨拶をしに来た程度なら、わざわざ会談室を用意しなくても一階の食堂で十分だったはずだ。
それなのに会談室という、第三者の目が届かない密室に呼び出すあたり、それ相応の用事があったことは容易く想像できる。
さっきまでは、彼の口走った“メンデルのおじさん”という単語から、私が記憶喪失であるという話になっていたわけだが、これは私の口出しで曲げられた流れであって、本来ハーゲンがしたかった話の内容ではない。
つまり私は、まだ彼の本題を知らないのだ。
「あぁ、そうだったな。
まずは、これを返しておくとしよう」
彼はそう言うと、生活魔法の《出納箱》から見覚えのある鞄を引っ張り出してきた。
見覚えのある、というのも当然で、それは私が入学式の日に持っていっていた学生鞄であったからだ。
「あ、それ!」
紺色の外装に、比較的大きなサイズ(私の身長で言えば、だいたい私の膝上くらいの大きさ)をしたリュックと手提げ鞄がくっついた鞄だ。
そしてその中には、大切な大切な、私の全財産が詰まったアイテムボックス機能付きのポーチが入っている。
私は、ハーゲンがニマニマしながらそれを机の上にポンと置くのを見届けると、急いでその鞄を回収して中身を確認する。
ポーチよし、体操着入れてた巾着袋もある。
脱いだ服も下着もちゃんと入ってる。
ポーチの中は……おお!
お金!私の全財産無事だったぁ!
ポーション類もある、刀も入ってる、スクロールも全部入ってる!
「良かったぁ〜!
校長先生、ありがとうございました!」
私は中身が無事なのを確認すると、鞄を床においてペコリとお辞儀をした。
今度からはこういうことがないように、お金は銀行に預けるなりして、一度に全財産を失う事態に陥らないように注意しないといけないな。
「それは良かったな、ギンk……イトー。
その様子だと、盗られたものとかは特になかったみたいだな」
「はい!」
……とは言っておいたけど、私自身あのポーチの中に何が入ってるのか、全部をちゃんと確認したことないからなくなっててもわからないんだけどね。
まあ、大事なものがなくなってなかったわけだし、問題無しでいいよね。
「それと、これだ」
彼はそう言うと、再び《出納箱》に手を突っ込むと、一冊の冊子と、見覚えのない鍵二つを取り出して机の上に提示した。
「これは?」
「商人ギルドの倉庫と銀行の鍵と、預金通帳。
吾輩からの入学祝いだ」
なん……だと……!?
銀行の通帳だと!?
今まさにだよ?
今まさに全財産を同じ所において、一瞬で全財産を失う事態にならないように気をつけようと思ったその時にだよ?
なんてグッドタイミングなプレゼントなんだ!
「銀行の名義はギンコの名前で登録してある。
その鍵があれば、自由に金庫を使えるはずだ」
「ありがとうございます!
本当に助かりました!」
「いや、何。
吾輩にとって、ギ……イトーは娘のようなものだ。
甘えたいだけ甘えればいい」
彼はそう言うと、すっくとソファから立ち上がった。
どうやら用事はこれで終わりのようだ。
……なんか、ちょっと申し訳ない気もするけど、甘えていいと言うならその言葉に甘えさせてもらうことにしよう。




