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私、巌窟王になる。4

 どうも。

 内蔵破裂したっぽいけど、何とか敵アジト(?)から脱出できたイトーです。


 まったく、運がいいのか悪いのかよくわかんないよねぇ……ホント。


(まあ、脱出できたのは不幸中の幸いだったけど……)


 私は苦笑いを浮かべると、隠蔽スキルを使いながら森の中を歩く。


 それにしても、体力がどんどん削られていくわ、めちゃくちゃお腹気持ち悪いわでどうにかなりそうだ。

 そもそも、屋敷から出ることができたとはいえ、ここがどこかすらも分かっていないのにこの行動は無謀だったか……?


 あまりの苦痛からそんな考えに至るが、しかし私は首を横に振って考え直す。


「いや、いつまでもあそこにいてはそれこそ危険だよな。

 やっぱり脱出して正解――っ」


 と、そんな風に森の中を突き進んでいた時だった。

 進行方向にゴブリンと思しき集団が、キョロキョロとあたりを見回しながらこちらに向かってきているのが見えた。


 たぶん、狩りでもしている最中なのだろう。


 私は独り言を飲み込むと、さっと手近な木の影に隠れた。


 もうこんなことがあの屋敷を出て五回もあった。

 どうやらこの森にはよくゴブリンが湧くらしい。


「……行ったか」


 しばらくそうしていると、足音が遠のいていくのがわかって、私はほっと胸をなでおろす。

 あのゴブリンがもし一匹だけだったなら、魔物退治の練習代わりにしようと思ったんだけど……いや、今の私じゃ体力がなさ過ぎるか。

 きっと返り討ちになって、苗床になるのが目に浮かぶ。


「けほっ、かはっ……」


 私は、ゴブリンの苗床になる自分の姿を想像して気持ち悪くなり、喉に溜まった変な感覚と一緒に吐血した。


 こんなにゴブリンが多いと、野営をする場所もなさそうだ。

 とにかく今は、まっすぐに森を抜けることだけを考えよう。


 私は重い体を幹に押し付けながら立ち上がると、木に手をついて更に前へと進もうとした。


 ――ドサッ。


 しかし、血を吐きすぎたせいか脚に力が入らない。

 自分の足で自分の足を引っ掛けて、その場にドサリと転がった。


 森の腐葉土が体操着に染み込んでくるが、下に着た水着がその冷たさから身を守る。


(畜生、もう限界か……)


 自分の体力のなさに、心の中で愚痴をつぶやく。

 もう言葉にして罵詈を吐き出す体力が、今の私にはもう無いのだ。

 自分の体力がみるみる衰えていくのを実感しながら、私は気がつけば眠りに落ちていた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 あれから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 気がつけば私は、温かい何かに包まれていた。


 いったい、何が起こったんだっけ?


 働かない頭を無理やり動かして、覚えている最後の記憶を追想する。

 しかし、あのテロ組織の隠れ家から脱走することに成功したところまでは覚えているが、どうも毒のせいか頭の中に霞がかかったようでハッキリしない。


「……ここは」


 ――どこだ?

 力が抜けているせいか、そこから先が口から出なかった。

 おかげでか細い、蚊の鳴くような小さな声しか私の鼓膜には届かなかった。


 チカチカと眩しい鉱石灯のランプが天井から吊り下げられている以外、薄っすらと開かれたまぶたの隙間からは見えない。


(組織に連れ戻された……訳ではないみたいだな)


 だんだんと覚醒してくる意識に、次第に論理的な思考が回復してくる。

 おそらく演算スキルが働いているのだろう。

 スキルに意識を傾けてみると、やはりそのスキルが働いている感触があった。

 頭の中で、何か歯車が動いているような、そんな感覚である。


 次第に戻ってくる体力で、私は自分の現状を把握しようと試みる。


(さっきから温かいこれは……布団か?

 それに、なんだか酒臭いにおいがする)


 気になった私は、臭いのする方へ目を傾けた。

 するとそこには鉄製のパレットのようなものが置かれたサイドテーブルがあった。

 パレットの他にはブランデーらしきものが入ったガラス瓶も置いてある。

 あと、パレットの上には巻糸のようなものが立てられているのも見えた。


(何をされたんだ私は!?)


 思わず叫びそうになって腹部に力を込めた瞬間、鋭い痛みが腹部を襲った。


「っいたッ」


 思わず痛みの指した場所に手を触れる。

 するとそこには、何やら触りなれない感触があった。


 それを触った瞬間、私の脳裏に一つのイメージが過った。

 

(これは……縫われてるのか?)


 布団の下で腕をモゴモゴと動かして、もう一度そこに指を這わせてみる。

 するとたしかにそこには、縫ったような感覚がお腹に張り付いていた。


「まさか!」


 そこで、私はサイドテーブルに置かれたものと自分のお腹が縫われていることを結びつけた。


(まさかとは思うけど、私手術されてたの?)


 恐る恐る、私は別の方向にも視線を飛ばした。

 するとそこには、疲れ果てたのか真っ白な服をところどころ赤く染めた青年の姿があった。


 治療していたのは、多分彼だろう。


「……ということは、このお酒の臭いは消毒に使ったアルコールの臭いか」


 なるほど、納得した。

 鉱石灯の明かりが強いと感じたのは、たぶんこれを照明にして施術していたからだろう。


 彼の治療の腕が良かったのか、気がつけば森の中で感じていた腹痛はなくなっていた。


「ほう、アルコールに殺菌作用があるだなんて、よく知ってるな」


 そんなことを考えていると、不意に高い女性の声が聞こえてきた。

 同時に、椅子から人が立ち上がる物音が聞こえたので、もしやと思いながら椅子に座っていた青年の方へと視線を向けた。

 するとそこには、不敵に笑う青年の姿があるだけで、先程の女声に結びつきそうな人物はどこにもいない。


「……?」


 改めて首を振って周囲を確認するが、しかしここに他人はこの青年しかいなかった。


「ねぇ、キミ。

 もしかしてアタシにケンカ売ってるの?」


 ……どうやら、この声の主は目の前の青年で間違いないようだった。


「いえ、とんでも!

 助けていただき、ありがとうございます!」


 なので、私は慌てて謝罪と感謝の言葉を彼(彼女?)に述べた。


 青年(それとも少女?)はそれを聞くと、胸の前で腕を組んで『わかればよろしい』と大仰に頷いてみせる。

 その時、その組んだ腕で胸のあたりが少しばかり盛り上がったのを、私は見逃さなかった。


 ……どうやら、オカマではなく本当に女の人だったみたいだ。


「アンタ根性あるね?」


「いえ、滅相もございません」


 慌てて両手を突き出して首を左右に振り、そんなつもりは一切なかったと誤解を解く。

 そんな私を見て、彼女はフンと鼻を鳴らすと、ポケットの中からガラス版のようなカードを取り出して一瞥すると、またそれをポケットに戻して私に言った。


「まぁいい。

 とにかく、もう今日は遅い。

 説明は明日にしてやるから、飯食ってさっさと寝ろ」


 彼女はそう言うと、私をベッドから起こしていつの間にか用意されていた車椅子に移した。

 椅子の後ろに回り込んで、少女が車椅子を押してくれる。


「あ、ありがとうございます」


「その体じゃあ、あと三日は安静にした方がいい」


 彼女はぶっきらぼうに答えると、車椅子を押してその部屋を後にした。

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