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私、桃になる。

 その日は、冒険者育成学校で最初の授業が行われる日だった。

 予定としては、ホームルームの時間を使ってクラスメイト同士、各々自己紹介をさせたあと、学校施設を案内して3時間目からはオリエンテーションを交えた授業の説明。時間が余ればそのまま授業――という形だった。


 当然、ここ普通科1回生の集うクラスの1つ、1-6組の教室でも同じ日程で進んでいた。


「今日から担任を務めるフランシスカ・フランキスよ。

 担当科目は冒険者基礎の地理と歴史。

 得意な武器は投擲斧(フランキスカ)

 よろしくしなさいね」


 彼女の自己紹介が終わってしばらく。

 しんと静まり返った教室は、次第にざわざわとざわめき出した。


 その中には『小さい』だの『可愛い』だの『お人形さんみたい』だとかいった感想が殆どだったが、中にはちらほらと『あれガキじゃね?』『子供じゃん』『マジかよ、あんなのが先生なのかw』といった中傷的な文句も混じっていた。


 それもそのはず。

 彼女は確かに、この学校で一番背が低いと言ってもいいほどの低身長である。

 おまけにかなりの童顔。

 もはや小学校に通っていたとしても納得してしまうほどの出で立ちである。


 だが、彼女はそれだけではない。


 フランシスカは確かに人形のような――精工に作られたビスクドールのような美貌も持ち合わせていたからだ。


 容姿は幼い。

 にも関わらずどこか妖艶な雰囲気をもつ彼女は、確かに生徒が騒ぐほどのものであった。


 と、そんな騒々しいざわめきの中で、パンパンと手を叩く音が教室に響く。


「静粛になさい。

 あんまり煩いと放り出すわよ?」


 透き通るような、絹のような金色の声が、一瞬の後に生徒たちを魅了し、言葉を封じた。


「さて、いいかしら」


 フランシスカは、小さな脚立とも言えそうなお立ち台の上に立ち、教卓から体を乗り出しながら話を始めた。


「まずは自己紹介といきましょうかしら。

 名前を呼ばれたら起立して、名前と……それから適当に何か自己紹介してほしいわ」


 そんなホームルームの最中。

 外の景色を眺めるフリをして、隣の空席を睨みつける生徒の姿があった。


 彼の名前はルーク・レデオロス。

 『はじまりの街』の門番の息子で、いつもムスッと怖い顔をしている。

 彼は今日も例に漏れず――いや、今日はより一層ムスッとした顔をしているようだ。


 本来であれば、そこには銀色の髪をした少女が座っていたはずなのだが、どういうわけか空席である。

 ちなみに、なぜそこに彼女が座るという事を彼が知っているのかは――お察しのとおり、座席が最初から決められているからだ。


(そういえば、昨日ぶっ倒れてから姿見てねぇな。

 あのあと大丈夫だったのか、あのチビ)


 彼が思い出していたのは、昨日の組分けテストでの事だった。

 ちょうどイトーやその友達っぽいエルフがリンカーイラッシュを終えた直後だった。


 遠目に2人の(正確にはイトーの)様子を観察していたルークは、全く回復(・・・・)する様子(・・・・)が見えない(・・・・・)イトーの体力の疲労具合を不審に思っていた。


 少なくとも、彼女が脱落してからリンカーイラッシュが終わるまで、悠に15分以上もの時間が残っていた。

 にも関わらずイトーの体力はなかなか回復の兆しを見せなかった。


 どれだけ体力が少なくても、それを出し切ってスタミナ切れになっていたとしても、普通は10分以上もスタミナ切れの症状を見せることはない。

 たとえ長くても2、3分程度で粗方治まるはずなのだ。


 しかし、それが15分以上も続いた。


 この時彼は、どうやら彼女の当時の状態が尋常ではないと確信していたのだ。

 だからか。

 彼は予想通り彼女が50メートル走が始まる前に気絶したとき、誰よりも早くイトーを医務室に運ぶ事ができていたのだ。


「じゃ、次はルーク・レデオロス。

 自己紹介なさい」


 不意に、追憶に耽っていた少年の耳に、透き通るような金色の声が意識を刺激した。


「んぁ!?」


 ――ガタッ!と机と椅子が音を立てる。


 呆けていたからか。

 不意に呼びかけられた声に驚いたルークは、そんな奇声を挙げて、思わずその場に起立した。


「んぁ!?じゃないわよ。

 早く自己紹介してくれないかしら?

 名前さえ言ってくれれば、あとはテキトーでいいわよ?」


 クスクス、と教室中から生徒たちの笑い声が聞こえる。


(くそっ、馬鹿にしやがって)


 ルークは不機嫌そうな顔のまま、至極不愉快そうに頭をぐしゃぐしゃと掻き毟ると、言葉少なに自己紹介を終わらせた。


「ルーク・レデオロスだ。

 オレはお前らなんかより腕っぷしは立つし頭のいい天才児だから、話しかけるなら相応の態度を持って接してくれ」


「頭のいい子はぼーっとしながら窓の外なんて眺めないかしら。

 そういうのは人とのコネを無くすから控えた方がいいわよ?」


 間髪入れずに放たれた担任教師のツッコミに、クラスメイト達が細かく震えた。


「……」


(駄目だ、ここで怒鳴っちゃクールじゃねぇ……!)


 そう口の中で呟きつつ、舌打ちして席に戻る。

 周囲のバカにしたような笑い声が、一層彼の羞恥心を湧き上がらせた。


 そんな様子のルークをスルーしつつ、フランシスカはその隣の空席に視線を移した。

 しかしそこには誰も座っておらず、彼女の手に持つ出席名簿にも、欠席届が出されていたという情報は記載されていなかった。


「イトー……は遅刻かしら。

 誰か、何か聞いていないかしら?」


 言いつつ、クラスを見渡すが誰も反応を寄越さないのを見て、彼女はどうやら遅刻か無断欠席のどちらかだろうとあたりをつける。


「まったく、初日から遅刻とは舐められたものね……」


 彼女はため息をつくと、そのまま出欠確認を進めるのだった。


 欠席者や遅刻者の処理は、案外面倒くさいものなのだ。

 それを思うと、彼女の心は憂鬱になる。


 だが、このとき彼女は知らなかった。

 現在、その当の人物が国すらも巻き込む様な、そんな大きな陰謀の渦中に居るということに――。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 どうも。

 囚われの姫状態のイトーです。


 ……いや、どちらかというと彼らの話を聞く限り、逃げ出したモルモットが再び捕まったという表現のほうが的確なのだが。


 ……なんか嫌だな、自分がモルモットって。

 お前らの方がよっぽど見た目が動物なのに、なんで私が実験動物みたいに扱われてんだよ。

 私は別に人間至上主義とかないけど、許諾した覚えのない人体実験とかホントにやめてほしい。


 ――だが、そんなことをいつまでもグダグダ考えていたって、助かるものも助からない。

 またあいつに頼るのは癪だし、なんとか自分で助かる方法を探さなければ。


「……いてて」


 私は背中に感じる硬い感触に顔をしかめながら、上体を起こした。


 馬車の中で眠らされてからしばらく経つ頃。

 私はどうやら牢屋らしいところで目が覚めた。


 どこかで見たことのあるような景色の気がしたが、生まれて1度たりとも犯罪を犯したことはないし、犯すつもりもない。


 ……いや、覚えていない部分の前世とか、今世の覚えていないところで何かあったかもしれないけど。


 それでも、妙な既視感を覚えるのは確かだった。


「ん?」


 ふと、首に違和感を覚えた。

 何か硬くて重いものが首についている。

 触って確認してみると、どうやらそれは首輪のようだった。


 無骨な首枷。

 小さくて白い首には似合わない。

 今着ている体操着と合わせて見れば、なんとアブノーマルな格好をしているのだろう。


「なるほど。

 実験動物というより、これは囚人と言ったほうが良さそうだな」


 私は苦笑いを浮かべると、ここからどのようにして脱出するかを考えてみることにした。


「……まず、観察から始めるか」


 牢屋の広さは、だいたい四畳ほど。

 狭いが、中にトイレと思われるツボと、洗面台っぽいのがある。

 洗面台についている蛇口は、魔法道具とかじゃなくて、普通に蛇口を回して出すようなものだ。


 そりゃそうだよな。

 こんなところに魔道具なんて使うわけないし。


 ちなみに、ツボの中は空だった。

 ……まあ、ナニか入っていても困るんだけどな。


 他に部屋にあるものは……特にないな。

 格子窓はついていないから外の様子がわからない。

 もしかすると地下という可能性だってある。


 ……いや、もしかしなくても地下だろうな。

 だってめっちゃ寒いし。

 首枷んところめっちゃ冷たかったもん。


 代わりに、独房とそれに続く廊下を隔てる鉄格子があるばかりだ。

 隙間はだいたい、私の腕が通るかどうかといったものだ。

 頭は無論、肩すら外には出せないだろう。


「出られる場所があるとすれば、この鉄格子だけか」


 だが、たとえこれを突破してもまだ問題が残る。

 格子の向こう、この部屋に通じるための鉄門扉だ。


 見た感じはこの格子と同じ素材らしい。

 両脇には明かり用の鉱石ランプが取り付けられていて、その明かりに反射する鉄扉が、2つ目の関門として堂々と聳えている。


 ……さて。

 どのようにして脱出したものか。


 私は床に座り込むと、頭を抱えて悩み始めた。


 筋力を魔力で強化して、強引に開けるか?

 いや、それだと魔力が保たないかもしれない。

 最悪気を失うか死んでゲームオーバーだ。


 他に使えそうなものは……。


 排便用のツボ……は土器だから、すぐに壊れる。

 蛇口を壊して、それを武器に……はできないな。

 水は最低限必要だし、それを無くすのは勿体無い気がする。


 やはりスキルに頼るしかないか。

 だが、私の持ってるスキルに脱獄に使えそうなものってあるか?

 強奪も逃走も隠蔽も泥棒も詐欺も交渉も、何の役にも立ちはしない。

 最近手に入れた短刀術スキルや抜刀術スキルも、道具がなければ意味がないし、それだって扱いがうまくなる程度の効果しかない。

 持っていたとして、鉄格子をどうにかできるかと聞かれれば、間髪入れずにノーと答えられるだろう。


 ……今のままでは無理だ。

 どうあがいたってここから1人で脱出するなんてできっこない。


 そう、この状況に絶望しかけたときだった。

 ふと、脳裏にいいアイデアが浮かび上がった。


「いや、待てよ?」


 私は、ガバリと頭を持ち上げた。


 私は何かの被験体として捕まっていて、2年前に脱走した……とかあいつらは言っていたよな?

 つまり私は彼らにとって実験のサンプルなわけであって、私が被験体ということはつまり、実験を行う際には私をこの牢屋から出さなければならないだろう。


 その瞬間を狙えば、あるいは逃げられるのでは……?


 だが、そこまで考えてみたものの、そういえばあの人攫いは私より遥かに強い力を持っていた。

 入学式のあのテストでさえ、私は周囲の人たちに及ばないほど非力だったのだ。

 うまく行く可能性は限りなく低いだろう。


 あの三毛猫のときみたいに、虚を突いて攻撃したとしても無駄に終わる未来しか見えない。


「いい考えだと思ったのになぁ」


 まあ、だからといって決行しない理由にはならないが。

 それで駄目な場合は……いや、失敗の可能性の方が大きい。

 もっと確実な計画を考えよう。


 私はそう考えると、再び新しい作戦を考え始めるのだった。

裏話的な何か。


女子生徒  「フランキス先生!

       フランキス先生ってかなり美人ですよね!

       何か美容の秘訣とかあるんですか?」

フランシスカ「そうね。

       毎日していることがあるわ」

女子生徒  「そ、それはいったい……?」

フランシスカ「簡単よ。

       毎日、誰かに見られているかもしれないという緊張を感じながらオフニーするの」

女子生徒  「お、オフニー……?」

フランシスカ「シュノークローゼンの美容法でね。

       下着姿になって、いろんなバリエーションで『おっふ』と喘ぐの」

女子生徒  「な、なるほど……(困惑

       でも、先生が言うんですし、本当なんでしょうね。

       わかりました!

       今度やってみます!」

フランシスカ「くれぐれも、しているところを他人に見られないようにね?」

女子生徒  「はい!

       お話、ありがとうございました!」


こうして、オフニーの闇は広まっていくのであった……。

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