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私、ギンコになる。

 どうも。

 なんか色々あって疲れ気味なイトーです。


 今日は変なやつに絡まれて屈辱的な思いをしたり、熱中症でぶっ倒れたりといろいろありすぎて正直もう眠いです。


 ……明日から授業――といってもオリエンテーションだけど――があるみたいだから、もう早めに寝てしまおうかなって思ってるんだけど……。


「はぁ……」


 私は盛大なため息をつくと、医務室のベッド(・・・・・・・)で寝返りを打った。


 時刻は、さっき5時の鐘がなったばかりの頃合いだ。

 ミネクラ先生の話では、テストが終わるまで待ってろって事だったけど……どれだけ待たせるんだろう?


 ちょっと寒くなってきたし。


(まあ、そりゃこんな格好でいれば寒くもなるわな)


 昼間は春と夏の間くらいの気温とはいえ、日が暮れるのに近づき気温は下がるものだ。


「くそっ。

 帰ってきたら絶対文句言ってやる」


 てか、これ絶対忘れられてるパターンだろ。

 なんか知ってるぞ、こう言うの。

 隠れんぼしてたら一人だけ存在忘れられてて、そのまま残されて帰られるっていう哀しいやつ。


 ……うん。

 これは絶対に文句言わないと気がすまねぇな。


 いくら暇つぶし用に本をくれたとはいえ、2時間も放置とか普通ありえねぇから。

 誰か絶対様子見に来るに決まってるだろうが。


 と、そんな風にイライラを蓄積させながらベッドの上でボーッとしていると、奥の方で扉の開く音が聞こえた。


(お、やっと帰ってきたか)


 私はベッドからゆっくりと降りると、衝立から身を踊りだした。


「遅い!

 いったいどれだけ待ってたと思って……る……って誰だ?」


 しかし、その勢いも衝立の外に見つけた人物の存在によって、怒りも次第に怪訝へと変わっていった。


「見つけたぞ、ギンコだ」


 そこには、白い虎の獣人を筆頭に、ヒョウ、猫の獣人の3人がいた。

 海老茶色のローブを纏うその佇まいは、明らかにこの学校の生徒、あるいは教師のものとは違う雰囲気を持っている。


 ……明らかに、部外者。


「報告にあったとおりだな、シロ」


 ヒョウの獣人が無表情のまま、シロと呼ばれたホワイトタイガーの獣人に耳打ちする。


「ああ。

 今はイトー、なんて名乗っているみたいだが、確かにこいつは2年前に脱走した被験体の1人で間違いない」


 被験体……?

 2年前に脱走……ってどういうことだ?


 とりあえずなんだかヤバそうな雰囲気を感じた私は、この場から逃げる選択をすることにした。


 だって、この人たちなんか怖いし。

 カタギじゃなさそうな雰囲気だし、捕まったらなんかヤバそうだし。


 本能が警鐘を鳴らしている。

 自然、私の足は一歩後ろに下がった。


 しかし、逃げると言ってもどうすればいいのか。


 残念なことに、外に続く窓までの距離は約10メートルほど。

 私には体力も脚力もないし、当然このままで逃げれば捕まってしまうのは必至だろう。


 ……大声で助けを呼ぶか?

 うん。

 逃げるよりはそっちのほうが現実的だな。


 私は、なるべく大きな声が出るように意識して、魔力を声帯へと集めた。


 きっと、筋肉に魔力を流せば筋力が強化されたように、喉に魔力を送れば声が大きくなるかもしれないと思ったのだ。


「――ァッ!?」


 しかし、その叫びが私の口から発せられることはなかった。


「《黙れ》ニャ」


 三毛猫の獣人が、スッと目を細めながら黄色い瞳で睨めつける。

 それとほぼ同時に、声帯に流していた魔力の流れが妨害され、それと同時に、掌で口を覆われるような不快感が私を襲った。


「!?!?!?」


 瞬間、数時間前に不良に首を絞められて声が出せなくなった記憶がフラッシュバックする。

 パニックになって、思考が上手く纏まらない。


 この時、私は恐慌状態に陥っていた。

 いや、それだけじゃない。


 ――ズキリ。


 殴られたような痛みが、一瞬だけ意識を吹き飛ばした。

 その瞬間は極めて刹那的なものだったが、その刹那の間に、私は1人の男の記憶を見た。


 暗い、鉄格子が嵌められた檻の外で、こちらに向かって手を差し伸ばす、赤いコートにに黄色いバックル、茶色いマントの男性の姿。

 しかし記憶はぼやけていて、霞が掛かった様に姿ははっきりしない。


 ……これは、いつの記憶なのだろうか。


 その刹那的な記憶の復活が、奇跡的にも完全には私を恐慌状態に陥れるには至らせなかった。


 ――故に。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 私は、自力で恐慌状態から復活して見せることができた。


(……かと言って、声が出せなくなったことには変わりないが)


 私は足を踏ん張ると、口元から垂れた唾液を、体操服の短い袖で拭い去った。


 口元の違和感は、未だ拭えないままだが。


「言い忘れていたが、たとえ声を出せて助けを呼べたとしても無駄だニャ」


 やけに低い声で、海老茶色のローブを纏った三毛猫の獣人が諌める。


(どういうことだ?)


 さっきの魔法……ぽいやつで、防音系の結界でも敷いたのか?

 魔法についてはよくわかんないから断言できないけど。


 学校が占拠された、っていうのは考え難い。

 なぜなら今は『閃光ワンパンのハーゲン』とかいう強そうな冒険者上がりの校長がいるし、転移魔法をつかうミラもいる。

 それに、立地的にもギルドに近いわけで、そうなれば冒険者ギルドの人たちが気付かないわけがないし。


 ……となると、ブラフか。

 防音系の結界でもない限りは、その線が濃厚だろう。


 ……が、さっき言っていた2年前の脱走した被験体っていうのも気になる。

 今回の騒動は、あのヒョウや虎のセリフからして間違いはないと思うが、正直そんな記憶はない。


 文脈から、多分現世の私の記憶が無い部分に秘密がありそうな気がするが。


「反応が薄いニャ。

 普通はもっと戸惑うものニャが?」


 猫は怪訝に片眉を吊り上げると、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

 対して、私はじりりと窓のある向かって右側に足を動かした。


 ……何にせよ、逃げるという選択に変更はない。


 どうにかしてこの場から逃げる!


「!」


 空気を読み取ったのか。

 猫の獣人は、ぐっと脚を撓ませた。


 同時、私も脚部に魔力を流して局所的な身体能力強化を行った。

 ブルマから覗く細く白い美脚が、一瞬にして黒く染まる。


 並行して、隠蔽スキルと詐欺スキルを行使。

 咄嗟に思いついたスキルの応用で、詐欺スキルで自身の虚像を作り出して隠蔽スキルで虚像を固定化。

 実体は左に(・・・・・)飛び出しつつ、虚像を窓がある右側に弾き出した。


 咄嗟に思いついたブラフだ。

 三毛猫の獣人は、おそらく先程見せた右足を見て脱出口のある右に向かって飛び出すと、無意識に思い込んでいるはずだ。

 それを逆に利用して、私は真逆の左側へと跳ぶのだ!


 反射速度や諸々のスペックで劣るなら、頭を使って相手を騙し尽くして、勝利を導き出す……!


(来たっ!)


 案の定、虚像に釣られて三毛猫の獣人は虚像が飛び出した右に向かって跳んだ。


 私はそれを確認するが早いか、手を拳銃の形にして三毛猫へと向ける!


(トリモチッ!)


 ギュルギュルギュル!と白濁した粘着質な液体が、一瞬で指先に集中する。

 そして、そうやって集まったトリモチは、弾き出されたように敵に向かって弾け飛んだ。


 ――ドピュッ!


「ニ゛ャッ!?」


 小さな指鉄砲から弾き出された巨大なトリモチは、想像していたより遥かに大きな音を立てて三毛猫の獣人に襲い掛かり、その動きを封じた――


















 ――んだったら、どんなに良かったことか。

 いや、どちらにしろこの刺客を排除しても、まだ2人残っているのだ。

 結果は見えていたと言っても良かったかもしれない。


 三毛猫の獣人が撃ち出されたトリモチに驚愕の表情を浮かべたのは、一瞬だった。


(嘘ッ!?)


 一閃。


 海老茶色のローブから抜き出したレイピアは、小数点以下の刹那の時間しか残されていないトリモチの到達時間の内に、銀色の尾を引きながらそれを横一閃、真っ二つにしてしまった。


「残念だったニャ、ギンコ」


 それは、華麗なステップを踏みながら体を捌いてトリモチを真っ二つにすると、広く大きな1歩を踏み出して一瞬の後に私との距離を詰めた。


 猫の獣人がレイピアの柄をくるりと回して逆手に持ち替える。

 レイピアのナックルガードにあしらわれた金色の装飾は、どうやらナックルダスターの役割も担っているらしい。


 私は、咄嗟に鳩尾を守るために腕をクロスさせようとするが、間に合わず獣人の腹パンを諸に受けて気を失ってしまった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


「終わったか」


 まだ青い空が、徐々に赤みを増してきた頃。

 冒険者育成学校の医務室には、3人の不審な人影があった。


 3人とも同じ海老茶色のローブを身に纏っている。

 その中の1人、レイピアを鞘に収めて目の前で気を失っている女子生徒を肩に担いでいる三毛猫の獣人に、白い虎の獣人が話しかけていた。


「ああ、終わったニャ。

 それに、実験の成果も十分と得られたニャ」


「ああ、見ていたから知ってる。

 どうやら上手く行っていたみたいだな」


 虎の獣人が、衝立に飛び散った白濁液を一瞥する。

 先程ギンコと呼んでいた少女が撃ち出した、本来魔物にしか使うことのできないスキルの残滓である。


「全くだぜ。

 あの頃は実験中にあの巫山戯たハゲに邪魔されたからなあ。

 結果オーライだったが」


 ヒョウはやれやれと肩をすくめてそんな冗談を言ってみせるが、残りの2人は苦い笑みを返すだけで反応は示さなかった。

 三毛猫が話を戻す。


「しかし、見たところまだ調整も必要だろうニャ。

 これ、歳の割には肉体が稚すぎるニャよ」


「副作用……か。

 確かに、カルテを見直す必要があるかも知れんな」


 白い虎の獣人はそうぼやくと、ローブの中から1つの銀色の懐中時計を引っ張り出した。


 すると次の瞬間には、この学校のどの場所にも彼ら3人と連れ去られた少女の姿は無くなってしまっていた。


 残された医務室の空気だけが、静かに夕刻の訪れを待っていた。

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