私、兎になる。
桜舞い散る並木道。
新しい制服に身を包んで、わいわいとお話しながら歩く1年生の姿は、その初々しさも相まって風流――なんてことは、この異世界では、まして冒険者になろうという人たちの集まるこの学校で見られるはずもなく……。
「はぁ……。
どうしてこうなった……」
私はため息を付きながら、校門から校舎へと続く並木道を眺めてため息をついた。
……あ、どうもイトーです。
今日は待ちに待った入学式の日です!
どんな人と出会えるのか、はたまたどんな事を教えてくれるのかと期待に胸を膨らませていたためか、少し寝不足気味なのはご愛嬌。
新ピンの制服に身を包んだ私は、半ばルンルンとスキップを踏みながら冒険者学校まで来ていたのですが……。
ああ、がっかりだ。
いや、これぞ異世界クオリティと褒めるべきか。
私は苦笑いを浮かべながら、私を――正確には私を取り囲む集団を遠巻きに迂回しながら去っていく同級生を眺めていた。
「おう、嬢ちゃん新入生かい?」
「は、はい……まぁ」
そう尋ねるのは、如何にもヤンチャしてますという風を装っているスキンヘッドのガタイのデカイニーチャンである。
ここの制服を着ているということからここの生徒であるということに間違いはないのだろうが、紺色のブレザーは袖が破り取られてタンクトップみたいになっており、ワイシャツはといえば襟がボロボロになっている。
正直言って、クソダサい。
「……てか、どこの世紀末だよその服(ボソ」
「あぁん?
なんか言ったかコラァ?」
続いて金切り声でつかみかかってきたのは、緑色の髪をモヒカンにセットし、まるで鶏のトサカみたいになっているこれまたどこの世紀末だよ感満載なチンピラである。
「いえ、何でもないです。
何でもないですから、ここ通してくれませんかね?」
ちなみにコイツもスキンヘッドと同じような服装である。
ような、とつけたのは、なぜか知らんがトゲトゲの生えたベルト?みたいなのを肩に巻いているからだ。
うん。
こいつらのセンス疑うわ。
「いや、断る。
お前はちょっと調子に乗りすぎた。
制裁が必要だ」
「は、はぁ……?」
そして、極めつけは黒髪リーゼントにサングラスという、これまたどこの世紀末だよ感満載な出で立ちのボスキャラっぽい(?)男子生徒。
正直、こんなの前にしたら普通ビビると思うんだけど、なんだろう。
私の中には、変な感動とがっかり感がないまぜになったよく分からない感情が渦巻いていた。
故に、私は冷静だった。
……まあ、変人は何人も(というほど多くはないが)見たからなぁ。
動揺しなくなったのは、イヤな慣れとでも思えばいいか。
さて、そんな事よりも。
「それで、制裁?って何するんですか?」
物騒な言葉が飛び出してきて若干身構える私。
するとリーゼントはその頭の髪の毛を櫛で一撫でして答えた。
「それはここでは言えねぇなぁ。
……ちょっと体育館裏来いや」
……そんな事よりも、一瞬その髪の毛つかんでモフってみたいと思ってしまった私であった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「それで、制裁って何ですか?」
その後。
彼ら3人組に連行されて体育館裏に連れてこられた私は、体育館の壁を背にして3人に尋ねた。
……え?
どうしてこんな事になっているのかって?
そんなの私が知りたいよ。
朝学校来たら突然囲まれてさっきの冒頭みたいな感じになっちゃったんだよ。
ほんと突然だよ?
何の前触れもなく。
それで急に『調子に乗ってる』だとか『制裁を与える』だか言ってくるんだから、こちらとしてもさっぱりなんだよ。
心底ウザったいが、こういうのはテキトーに聞いて隙きを見て逃げるくらいしか手は無さそうだ。
そんなことを考えながら機を伺いつつ尋ねると、スキンヘッドの男が無言でこちらへと近づいてきた。
そして、いきなり私の胸ぐらを掴んだ。
「っ!?」
――ドンッ。
掴んだ襟を絞りながら、壁に押し付けるスキンヘッド。
指で喉を抑えているのか、叫ぼうにも声が出ない。
「かは……ッ!?」
(しまった、面白い見た目のチンピラだと思って完全に油断してた……!)
咄嗟に私は押さえつけられた拳に手を伸ばすが、如何せん相手の筋力が高すぎる。
私が何をしようとも、その拳はビクともしない。
気管は開いてるから息はできる……。
けど、ピンポイントに声帯を抑えられているからか、声が出せない……!
ジタバタと暴れる私。
足を振り上げ奴の体を蹴りつけるが、どうやら大したダメージにはなっていないらしい。
「お前、俺の弟泣かせたんだってな?」
ヤンキー座りでこちらを見上げながら、リーゼントの男が話し始めた。
(はぁ……?
何言ってんのこいつ?お前の弟なんか知らねぇよ)
半分パニックになりながらも抗議しようとするが、如何せん声帯を抑えられているために声が出ない。
自然、わたしの口はパクパクするだけで声らしい声は発せられない。
「……俺の弟はなぁ?
今日入学式なんだよ。
だから今日さぁ、あいつの入学祝い仕入れなくちゃなんねぇくてな?」
「……っなん…のっ……はぁっ……ししてっ……!」
ヤバイ……!
なぜか知らんが、話の方向が変な方向に向かってるぞ!?
私は本能的にそんな恐怖を嗅ぎ取ると、一刻も早くこの場から脱出しようと考えを巡らせる。
が、パニックに陥った頭ではただ『どうする?』の自問の声しか頭に響かない。
リーゼントはそんな私の様子を見ると、ケッとツバを地面に吐きつけてその場に立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「でさぁ。
ちょうど俺の弟ってまだ童貞なわけよ?
んで、ちょうど復讐したいって相手は女だって言うし?
ちょうどいいかなぁって思うんだが……どうよ?」
「ッ!?」
こいつまさか!?
まさか俺をその弟とやらの童貞卒業にプレゼントするつもりなのか!?
私は、彼の考えていることを理解すると、睨む目つきを一層強めて、出ない声を振り絞って暴れ始めた。
「〜〜ッ!!
〜〜ッ!!」
やめろやめろやめろやめろ!?
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
息が切れ、体力がどんどん奪われていく。
だめだ。
早くなんとかここから脱出しないと……!
リーゼントの男が目の前まで近づき、ベロリと舌なめずりをする。
やめろ。やめてくれ!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
「よく見りゃお前、結構な上玉なんだよなぁ……?
……終わるまでまだ時間あるし、先に俺が頂いとくか」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!?
男はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、腰のベルトに手をかける。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
「あ、アレ?
引っかかってうまく取れねぇなぁ」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!?
ガチャガチャとベルトのバックルが金属音を鳴らす。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
私は力の限り脚を振り回して攻撃するも、虚しく空を切るにとどまる。
それでも、私は諦めなかった。
諦めるはずもなかった。
「お、やっと外れた」
――と、その時だった。
奴のベルトがようやく外れたのとほぼ同時に、聞き覚えのある声が私の鼓膜を打った。
「世界で幼女が泣くのなら。
応えてあげるが我がポリシー。
そこに幼女がいるのなら、ボクはいつでも飛んで行く!」
続いて、その言葉が終わると同時に放たれたのは、紫色の閃光。
それはまっすぐに目の前のリーゼント野郎に直撃すると、ドガン!と轟音を立てて吹き飛ばしていった。
瞬間、スキンヘッドの意識が吹き飛んだリーゼントの方へ傾く。
「我こそはミラ・アドルミニ」
その隙きに、スキンヘッドの懐に黒い影が潜り込んだ。
「何っ!?」
黒い影はわずかばかり足に力を込めると、その右手に握った拳を一直線に男の顎先めがけて突き上げた。
同時に、それは正体を名乗るべく口上を締めくくる。
「幼女を守る正義の味方ぁ……パァーンチ!!」
男は、突如として現れた黒尽くめの少年にアッパーを食らい、数メートルも上空へと突き上げられていった。
「ふぅ……」
黒尽くめの少年――ミラはパンパンと手をはたきながら一息つくと、最後の1人を睨め上げた。
「ひっ、ひぃ〜〜っ!?」
最後の1人のモヒカン頭は、そんな彼に恐れをなしたのか。
目の前に落下してきたスキンヘッドと向こうへ吹き飛ばされたリーゼントを脇に抱えると、すたこらさっさと逃げて行った。
……助かった、のか?
力が抜けて、地面に崩れ落ちる。
しかし、その私のお尻が地面につくことはなく、途中でミラによって体を支えられた。
「よく頑張ったね、イトーちゃん」
ぽん、と私の頭に、彼の少し小さめな手が乗せられる。
そのことに安心したのか。
私の目から、勝手に雫が溢れ出し始めた。
「わっ、わっ!?
ど、どうしたの?そんなに怖かった!?」
慌てるミラ。
私は手で涙を拭いながら、ただ溢れ出してくる感情に任せて泣く事しかできなかった。
「……いいんだよ、泣いても。
怖いときはいつでも泣いて」
嗚咽が、体育館裏に響く。
「ッ来るの……ッ……遅いんッですよ……ぉッ」
後から思えば、なぜこんな変態野郎に慰められてるんだろうって思ったけど……。
「ごめんね……遅くなって……」
私は、彼のシャツに顔を埋めながら、なおも嗚咽を漏らす。
対し、彼は優しく私の頭をぽんぽんと叩き、撫でて慰めてくれていた。
「本当ッ……ですッ……よぉッ……。
何してたんれすッ……かぁ……」
「……ごめんね」
ミラはそう言いながら、私の背中を撫でた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
やがて、しばらくして落ち着いた私は、彼から離れた。
「……あの、助けてくれてありがとうございました」
正直な気持ち、こいつに感謝するなんて癪でしかないが、助けられたことには変わりない。
私はペコリと頭を下げて、お礼を口にする。
「いいよ、そんなこと。
幼女を助けるのはロリコンの役目だからね」
「はい……」
とりあえず幼女とロリコンの話はスルーしておこう。
……にしても、これで助けてもらったのは2度目か。
あぁ。嫌いなヤツに助けられて、挙げ句なんの礼も返せていないなんて……。
何たる屈辱。
これは、早々になんとかしなければ……。
と、そんなことを考えていたときだった。
ちょうど体育館裏に入る曲がり角の方から、前髪が少し長い銀髪の男性がやってきた。
白衣を着ていることから、おそらくここの先生なのだろう。
白衣の下は赤いベストで、高身長であることやその体格も相まってよく似合っている。
「凄い魔力を感じてきてみればアドルミニ先生でしたか……。
……おや、そちらの生徒は……新入生ですか?」
彼はちらりと私の胸元を一瞥すると、そう言ってミラの方に視線を戻した。
(……ん?
今アドルミニ先生って言わなかったか?)
聞き慣れない呼び方にクエスチョンマークを頭に浮かべながら、近づいてくる男性教員を見上げる。
「ああ、失礼。
私は1回生の錬金術基礎の授業を担当しているミネクラという者だ。
よろしく新入生」
彼はそう言うと、白い手袋を外して、握手を求めてきた。
対する私も、反射的に彼の手を握り返す。
「あ、どうも。
イトーです」
ミネクラ先生か。
日本人みたいな苗字だなぁ。
私は苦笑いを浮かべると、握手を切る。
「それで、アドルミニ先生。
一体何があったんです?もうすぐ組分けテストが始まってしまいますが」
組分けテスト。
それは、この冒険者育成学校において、1回生の各クラスのレベルを均等にし、授業スピードを安定化させる目的で作られた試験だ。
また、他にもレベルの高い生徒と同じ教室で学ぶことで、レベルの高い生徒のいいところを自然と吸収できるようにという目的もある。
「あー、暴行をしていた生徒がいたので片付けてたんだよ。
詳しくは彼女から聞いてほしいけど、今はそっとしておいてあげてほしいかな」
ミラは怪訝な顔をするミネクラ先生に簡単にそう答えると、近くに落ちていた学生鞄を拾って土を払った。
「ほら、イトーちゃん。
早く行かないと試験間に合わないよ?
女子更衣室は体育館の壁に地図があるから、それ参考にしてね」
言いながら、鞄を渡すミラ。
私は再度礼を述べると、学生鞄を受け取ってそそくさとその場をあとにした。
組分けテストかぁ。
一体どんなことするんだろう?




