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私、狐になる。

 どうも。

 執拗にナンパしてくるチャラ男を、ようやく自力で退治することができて、ちょっと嬉しいイトーです。


 新しく獲得できたスキル、トリモチが、まさかこんなところで効力を発揮するとは思わなかった。


 案外、このスキル結構使えそうな気がする。


 トリモチスキルちゃん、使えないゴミスキルだなんて思ってゴメンよ〜?


 閑話休題。


 まあ、そんなわけで。

 今日までいろいろあって汚れて疲れ切った体を癒やすために、私は今、『はじまりの街』の歓楽街にある温泉宿にやってきていた。


「お泊りですか?それとも入浴ですか?」


「入浴でお願いします」


 温泉に浸かりに来て、あとはここで夕飯を食べたらちょっと観光して直ぐに帰るつもりなので、お泊りはしない。


 私は短く答えると、カウンターで受け付けをする女性のサルの獣人からロッカーの鍵を受け取る。


 女風呂のロッカーを示す、赤いタグのついたキーだ。


「……」


 いや、わかってはいたさ。

 今は女。

 女風呂に入るのは、至極当然の権利。

 というか、この状態で男湯なんかに入ったら絶対ヤバイ。


 全員が全員、ミラさんやチャラ男のような人ばかりではないとはいえ、男に体を見られるのはかなり抵抗感がある。


 だからといって、女湯に堂々と入る覚悟は整っているのかと聞かれれば……どうだろう。


 女湯。

 それは、男のロマン。


 うら若き女性たちが、肌を晒し、立ち上る湯気の向こうでキャッキャウフフと乳繰り合う桃色空間。


 そんな世界で、果たして私は正気を保っていられるのだろうか。


「入浴は1時間銀貨1枚になります。

 また、1時間未満の入浴でも、最低銀貨1枚の料金が発生しますのでご注意ください」


 1時間で銀貨1枚……つまり日本円に直すと1000円相当か。


 高いのか安いのかわからないけど、貰ったパンフレットによれば、一般人がよく利用するお風呂屋と書いてある。

 多分、この世界では一般クラスのグレードのお風呂やさんなのだろう。


 だが。

 これは最低でも1時間はその桃色空間で待機しなければ金銭的に損、いや、精神的にも損するということを示す。


「1時間……私は、正気でいられるのだろうか……」


 私はドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えながら、ロッカールームへと足を踏み入れた。


 ……あ。

 ちょっとクラっとしそう。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 脱衣所に入ると、そこには誰も居なかった。


 どうやら向こうに見える木の扉から響いてくる水音を聞くに、キャッキャウフフなうら若き女性諸君は、未だあの宝物殿の向こう側に居るらしい。


 やっべぇ。

 めちゃくちゃドキドキしてきた……!


 お風呂に浸かる前から逆上せそう。


 私は、少し湿ったフローリングの床をぺたぺたと踏みながら、空いているロッカーの前に立った。


「なるほど、コインロッカー式なのか」


 この世界にもコインロッカーなんてあったんだな。


 現実逃避か。

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は服を脱ぎ始めた。


 衣料品店で購入したベージュ色のフードを脱ぐ。

 サラサラとした長い銀髪が川のように流れ、少女の端正な顔立ちを顕にする。


 フーデッドケープの木製のボタンを1つ1つ丁寧に外せば、彼女の白く細い、柔らかな首元と妖艶な鎖骨の先が顔を出した。


 次に、綿製の布生地で織られた紺色のベストのボタンを、小さな白い手が1つづつ丁寧に外していく。

 ぱちん、ぱちんという小さな音が静かな浴場に響き、脱衣のもつエロスを更に昇華していく。


 スルスル、と柔らかい音を立ててベストを脱げば、次はワイシャツに取り掛かる。


 白を基調とした前合わせのシャツで、生地は何でできているかはわからない。

 ただ、ツルツルしていて肌触りのいい生地なのはわかった。


 また丁寧にボタンを外して行くと、その前合わせの隙間から白い柔らかな肌が淡い水色のキャミソールに包まれて現れた。


 キャミソールはシンプルなデザインで、淡い水色を基調に、裾には緩やかなフリルがあしらわれている。

 フリルは2段。

 上段に黒いフリルがあしらわれることによって、少女の持つ幼さの影に、なんとも言えないアブノーマルな色香を与えている。


 キャミソールの両腰には、小さくスリットが入っていて、そのスリットが小さな淡い水色のリボンが縛っている。


 正直に言おう。


 めちゃくちゃかわいい。


 ――と、ワイシャツの襟から肩を出して服を落とそうとしたところ、後ろから話しかけてくる声があった。


「あら、イトーちゃん。

 私が買ってあげた下着着てくれてたのね」


 その声に若干驚きながら振り向くと、そこにはいつかのマダムが立っていた。


「あ、えっと……マーリンさん!」


「あら、名前覚えてくれたのかしら?

 嬉しいわね、ありがとうイトーちゃん」


 彼女はにっこりと笑みを浮かべると、私の頭を撫でてくれた。


(ふぅ……。

 正直、ずっと心の中でマダムって呼んでたから、名前合ってなかったらどうしようかと思ったけど……)


 よかった。

 間違ってなかったみたいだ。


 私も彼女ににっこりと笑みを返してあげた。

 すると、次の瞬間だった。


「ぶふっ!?」


「ぅえっ!?」


 マダム・マーリンは、そんな私の様子をその瞳に映した瞬間。

 盛大に鼻血を噴いて仰け反り、床に倒れた。


「な、何っ!?」


 なんだ!?

 何が起こったんだ!?


 突然吹き飛ぶように倒れたマダムに驚きながら、私は彼女に駆け寄って様子を確認する。


 鼻血のせいか、自分の返り血で顔が真っ赤になって大変なことになっている。


「だ、大丈夫よ、イトーちゃん……。

 少し、私には刺激が強すぎただけだから……」


 彼女は霞む瞳でそう言いながら、なぜかサムズアップを決める。


「し、刺激……?」


 刺激って、何のことだろう?

 何か急に体が吹き飛ぶような衝撃なんかあったか?


 ……いや、私には感知できなかった。

 きっと、常人の知覚速度を上回るような、何かものすごい速さの攻撃でも食らったのだろう。


(ということは……!?)


 つまり、ここにマーリンさんを狙う暗殺者がいる!?


 彼女はそれに気がついて避けようとしたけど間に合わなかった?


 ……ありうる。


 ミラさんは転移魔法みたいなのを使っていた。

 きっとこの世界には、空間魔法的な、距離を無視して攻撃する〜みたいな暗殺スキルか魔法みたいなのがあるに違いない。


 だとしたら、マーリンさんが危ない!


 私は、バッと周囲を確認すると、とりあえずマダムをここから非難させることにした。


「マーリンさん!

 早くここを出ましょう!ここにいては危険です!」


「え、ええ……そう……ね……ぶはっ」


 息が荒い。

 たぶん恐慌状態になってるんだ。


 私が彼女を起こす為に肩をかそうと近づくと、再びマーリンさんは鼻から血を噴き出した。


「ぶっ!」


 また!?

 ていうか暗殺者、鼻を執拗に狙いすぎじゃねぇか?

 鼻になんの恨みがあるんだよ?


 と、そんなことを考えながら彼女の状態を抱えあげると、またマーリンさんは鼻血を噴き出した。


「イトーちゃん……。

 ちょっと、離れてくれないかしら……?

 貴女がいると――」


「――何言ってるんですか!

 ここには見えない敵がいます!

 ですから早く立って、ここから出ましょう!」


「……敵?」


「ここにマーリンさんを置いていけば、絶対リンチされるに決まってます。

 鼻ばかり狙って攻撃するのは、きっと私という他人の目を早く遠ざけたいからでしょう?

 なら、なおさら私も一緒にいた方がいいはずです!」


 急にキョトン、としだした彼女に、私は自分の考えを話した。


 すると、どうしたことか。


 なぜかマーリンさんは私の腕の中で急に笑い始めた。


「ふふふ。

 貴女、本当面白いこと言うわねぇ」


 クスクス、と、どこか馬鹿にするような口調で彼女は話す。


 ……え?

 どゆこと?


 私はそんな彼女の態度に怪訝に思いながら尋ねると、マーリンさんは話を続けた。


「ここに、そんな敵なんていないわよ。

 居るとすれば……そうね、貴女の頭の中だけかしら?」


 ……?

 どゆこと?


 ここに敵はいない?

 いるなら私の頭の中?


 頭の中の敵……妄想?


 ……え?

 でもマーリンさんありえないくらいの勢いで鼻血出してたよな?


「……まさか!?」


 私は、ハッとした表情で彼女の顔を見た。


 まさか、なにか持病があって、それが発作を起こした……!?


「ええ、そのまさかよ」


 彼女はそんな私の様子を楽しそうに眺めながら、体を起こした。


「私、実はイトーちゃんの下着姿に興奮してただけなのよ。

 びっくりさせたかしらね?」




 ……持病って何だっけ?


マーリン

 「やっぱり、私の目に狂いはなかったわ!

  イトーちゃん、ぐっじょぶ!(鼻血噴出レイバックイナバウアー」

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